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「……けれど、お姉様は暫く屋敷に戻らないとお父様から聞きましたがゆえに、わたくし寂しく思いますの」
「ミア……」
まずい。これはわたしの後を着いてくる気だ。
きっとミアの目的はわたしを踏み台にして、エドワード殿下との仲を深めることーー現に彼女は意味深に彼の顔をチラリと見て、困ったように眉根を下げて項垂れていた。
(貴女がわたしと離れて寂しく思う訳がないじゃない)
そんな殊勝な気持ちを彼女がわたしに抱いているとは思えない。
恐らく先程わたしを誘ったのも八つ当たりを向ける矛先がなくなったことへの苛立たしさと、自身が王城に滞在を許されなかったことに対する不満を直接わたしにぶつけたかったからだろう。
だからこそ、彼女と話したくはなかったのだけれども――下手にわたしが口を挟めばミアの心は頑なとなり、事態はより悪い方に進むことは容易く想像出来る。
(……いいわ。たとえミアが着いてきたとしても二人が盛り上がった頃合を見計らって、わたしが抜け出せば済む話だもの。それで良いじゃない)
むしろこっそりと立ち去ることが出来るのならば、好都合というもの。込み上げる苦い感情を見なかったフリをして殿下の判断を待てば、彼は予想外のことを口にする。
「リリーは僕の婚約者候補として城に滞在することになったものだから、妹のキミには寂しい思いをさせることになってしまうね」
彼の発言により、ざわりと周囲がどよめく。
王家の人間の言葉は常に注目されているし、彼だってそのことを重々承知している筈だ。
今の話を聞いた何人かの中には使用人だけでなく、貴族の者も確かに混じって居た。きっとその者達が中心となって今の話はあっという間に社交会に広められることだろう。
(なんで、こんな事に……)
そもそもわたしが城に残るのは名目上、エドワードの『友達』としてだ。
候補と云えど『婚約者』の肩書きが付いては、城に残る意味合いが全く違うものとなる。
呆然とエドワードを見れば、輝かんばかりの微笑を向けられ、そしてそのまま腕を引っ張られて引き寄せられる。
それは周囲に自分達の仲を示す為のパフォーマンスでしかないと分かっているのに、急激に近くなった距離は心臓に悪い。
――恐ろしいのはその光景をミアが無感動な瞳で黙って見ていたことだった。
エドワードに腕を引っ張られた状態のまま、わたしは彼の私室に招き入れられるた。
豪奢な造りではあるが、彼は華美過ぎるものを厭う性格ゆえか、生活に必要な家具しか置かれておらず、シンプルと言っては聞こえが良いがどこか広い部屋を持て余しているような印象だ。
しかしそのような部屋でも、勿論座る為の長椅子はある。だというのに彼はわたしを部屋に入れると、扉の前から移動する気配はなく、そのままわたしと向かい合う。
二人きりの空間に彼はガチャリとわざとらしく大きな音を立てて廊下に繋がる唯一の重厚な扉を施錠して見せたのは逃げ場はないぞとわたしに仄めかす為だからだろう。
息が詰まりそうになる程の静寂が支配した空間に、黙ってわたしを観察し、やがて諦めたように溜息を吐いた。
「……リリー・スペンサー伯爵令嬢」
「……はい」
「僕と顔を合わせたのはこの前の茶会が最初か?」
「ええ、その通りにございます」
わたしの答えが気に食わなかったのか彼は顔を顰め、何かを考えるかのように顎に手を掛けた。
「…………」
「殿下、恐れながら質問をしてもよろしいでしょうか?」
「許そう」
「その、殿下はお茶会よりも前にわたしを見たことはあったのでしょうか?」
「いいや、ない。ないからこそ何故お前が僕を避けようとしているのか分からない」
分かりきった答えをあえて質問したのは、一応の答えを知りたかったからだ。
彼と出会うのはお茶会以降ーーそれはこのタイムリープにおいての絶対の不文律。
それは逆に云えば、お茶会以降わたしがどれだけエドワードを避けようとも絶対に彼と出会い、彼の婚約者になることも逃れることの出来ない絶対の不文律なのだ。
(呪いみたいな運命ね)
どうせミアに恋する癖に何故わたしなんかと婚約を結んでしまうのか。彼からしても呪いみたいな縁を結ばれて、ほとほと迷惑なことだろう。
同情めいた気持ちで彼を見つめ返せば、ますますエドワードの眉間の皺が深まる。
「教えてくれ、リリー。僕はキミに何かしてしまったか?」
「いいえ。何もされておりません」
「だったら何故僕を初めから除外しようとする?」
彼の詰問は答えにくく、切羽詰まった彼の表情を見るとその場しのぎの答えを許さない気でいるーーしかしわたしはその表情にある疑念を抱くのだった。




