36 これからのこと
しばらく歩いて、人通りがいなくなったところで白状した。
「あのね、エイダン。実は馬車はないのよ」
「え? じゃあ村長さんに頼んでもらった方がよかったんじゃ――ん? それなら二人はどうやってここまで来たんだい?」
「ぼくだよ! ぼくがママンをつれてきたの!」
「お、おう、そうか。頑張ったんだな」
「うん!」
「説明してくれ」と言いたげに、エイダンがわざとらしく片方の眉尻を上げた。
「ええとね。話すと長いから、まずはゆっくり話ができるところに行きましょう。驚かないでついて来てほしいんだけど」
「どうして俺が驚くと思うんだ?」
「それはね――」
「ママン! せいれいおうさまのところにもどるんだね? そうでしょう?」
ダニエルが屈託のない笑顔ではしゃいでいる。
娘さんに会えるのが嬉しいのかな?
その場でスキップをするように飛び跳ねている。
「おい、精霊王様だと?! 何の話をしているんだ?」
「ええとね――」
「あっ。ぼく、あそこにいけるよ? パパン。ぼくとてをつないで!」
「ダニエル、待って!」
待ってくれなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
人の話を最後まで聞かずに転移しちゃうなんて、ダニエルは誰に似たんだろう?
いや、いつからそんなふうにせっかちになったんだろう?
「ママン! ここだよね?」
こんなにも緑が眩しいところは他にない。
間違いなく精霊王様の里だ。
「マリラ。ここはいったいどこなんだ? じゃなくて! さっきまで村の小道を歩いていたのに、急にここに――は? どういうことなんだ!」
そりゃあ理解が追いつかないわよね。
「あ、あのね、エイダン。実は――」
「ダニエルじゃないか。こんなにすぐに戻ってくるとはな。そんなに私に会いたかったか?」
いきなり娘さんが現れたので、エイダンはギョッとして娘さんを凝視した。
「おい、魔女。今度は大きい人間を連れて来たんだな」
「パパンだよ! ぼくのパパンなんだ!」
「なんだ。ダニエルの父親か」
「ダニエル。お友達かい?」
エイダンはいったん思考を放棄して、目の前の娘さんに集中することにしたようだ。
「うん! このまえともだちになったんだ。これももらったんだよ?」
「ん? 指輪? どうしてそんな物を――」
「私がやった精霊石にケチをつける気か!」
「せ、精霊――え? ええっ?」
あ、今度こそ本当に固まっちゃった。
「あ、あの、お嬢さん。またダニエルのお稽古をお願いしてもいいですか?」
「まあ、そうだな。弟子だからな。よし! ダニエル。ついて来い!」
「うん!」
シュパッと二人がほぼ同時に消えたので、エイダンは呆然と立ち尽くしてしまった。
「ええと。エイダン?」
「…………」
「ねえ、エイダン?」
「…………」
うーん。どうしよう。
ダニエルを娘さんに預けたりして、私にとってはもうここが実家みたいなんだけど。
エイダンとはここじゃなくて、別の場所で話をするべきだった?
「おお、お主か。また何か用ができたのか?」
精霊王様が登場しちゃった。
エイダンはもう魂が抜けてしまっているので、無反応だ。
「はい。といっても精霊王様に用がある訳ではありません。ちょっとこちらの場所をお借りしたいだけです。誰にも邪魔されずに話がしたかったので」
「おう? そんな用件で来るやつがおったか。あっはっはっ」
「すみません。それほど時間はかかりませんので」
「構わん。うん? その人間はもしや?」
「はい。ダニエルが探し当てた私の夫です」
「おお、そうか。子ども人間め、やりおったな」
ピクリとエイダンの指先が動いた。
見れば頬がピクピクと痙攣している。
「……この方が……精霊王様?」
顔色が真っ青なんだけど、大丈夫?
「おう。そうじゃが?」
「エイダン。落ち着いて。深呼吸して! 精霊王様。二人だけにしていただけますか?」
「あい分かった」
精霊王様の姿が消えると同時に、エイダンが膝から崩れ落ちた。
「……マリラ?」
「あのね、実は私も記憶を取り戻したの。実は私――」
「さっき、君のことを『魔女』と呼んでいた――。君にそっくりな人の手配書も見た。先の筆頭魔女様の」
頭が働き始めたのね。
それならもう答えは出ていると思う。
「そうなの。私、筆頭魔女だったの」
「…………‼︎ そうか。そうだったのか。それにしても、精霊王様というのは実在するんだな。童話の中の存在じゃなかったのか……。となると、精霊石の逸話とかも本当なのか?」
「まあ、ざっくりとはね」
「……そうか。君は魔女だったのか。それも筆頭魔女。もしかしてダニエルも魔法を使ってここに来たのか?」
「そうなの。ダニエルも私の力を継いで魔法が使えるみたいなの」
「……そうか」
それっきりエイダンが黙りこくったので、私も隣に座ったまま何も言わずにいた。
言葉を交わさなくても、こうして隣にエイダンがいるだけで幸せ。
エイダンの存在を思う存分堪能していたら、彼が俯いたままポツリポツリと話し始めた。
「実は、俺も君に話していないことがあるんだ」
そういえばエイダンの過去については知らないことだらけだ。
「俺は本当は隣国の人間なんだ」
「え?」
「俺の父が、君と同じようにあの海岸に流れ着いたんだ。ドワテ村で看病してくれた母と結婚して俺が生まれたんだ。父からは隣国の話をよく聞かされていたよ。万が一の時には、どうやって隣国に戻ったらいいか。祖父母の名前や、住んでいる街のこと。俺はもしかしたら、ここマイセン王国よりも隣国の方が詳しいかもしれない」
「そうだったのね」
「だから――君がこの国で生きにくいなら、いっそ隣国へ逃げてもいいと思うんだ」
「……‼︎ 逃げる……? 隣国に?」
「ああ」
いい案のようにも思えるけれど。
本当にそれでいいのかしら? それで幸せに暮らせる?
アリソンは諦めてくれるかしら?
手配書は? それって隣国では無効なの?
「ねえ。隣国で暮らすにしても、何も解決しないままだと常に不安がつきまとうわ。あなたやダニエルを巻き込んでしまうかもしれない。だから私――決着をつけてくるわ」
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