35 再開と別れ
「す、すみません。こんなところで大きな声を出してしまって――」
嫌味でも言われるかと思ったら、女性はハッとした顔で、何も言わずに家の中に戻ってしまった。
あれ?
「パパン!」
うわあ。ダニエル。そろそろ黙ってくれないかなぁ。
ここはちょっと強引だけど力づくで連れて行くしかないか。
心を鬼にしてダニエルを後ろから抱き上げた時だった。
再びドアが開き、今度は大柄な男性が出て来た。
うわっ。
奥さんと揉めてないですよね?
「すみません。本当に申し訳ございません。子どもが大きな声を出してしまって。最近父親を亡く――父親と長いこと会っていないもので――」
「あんた、もしかしてマリラかい?」
「……え?」
……どうして私の名前を?
脱力してしまい、ダニエルの体がずり落ちてしまった。
ドアからは先ほどの女性と、もう一人男性が――。
「嘘……エイダン? エイダンなの?」
「……」
「エイダン!」
「マリラ……?」
「エイダン! ああ、どうして!? だって死んだって」
「パパン! ぼくすぐにわかったんだよ!」
「ダニエル……?」
ダニエルの方が先に走り出していた。
私も夢中で駆け寄り、エイダンにしがみつくように抱きついたダニエルごと腕を回して抱きしめる。
「エイダン……無事だったのね……よかった」
「すまない。ああ、なんてことだ。俺は何日留守にしていた? 心配をかけてしまったな。ダニエル。ママンを守ってくれたんだな」
「うん! パパンがいないときはぼくがママンをまもるもんね!」
エイダンが生きていた!
あぁエイダンが生きていた‼︎
「あ、あのう」
エイダンの背後から申し訳なさそうに男性が声をかけてきた。
エイダンしか目に入らなくて自分たちだけの世界に浸ってしまっていた。
そうだったわ。エイダンはどうしてこの方たちお宅にいたの?
「エイダン?」
「ああ。実は川に落ちて流されたところを、こちらのご家族に助けていただいたんだ。聞いてくれ。川に落ちたショックで、こうして君に会うまで俺は記憶をなくしていたんだ! どこかで聞いた話じゃないか?」
「まあ! うふふふ」
「でも君とダニエルの顔を見たら、嘘みたいに全部思い出したよ!」
ここは落ち着いて、お世話になった方にお礼を言うところなのに、エイダンはすっかり興奮してしまって私たちしか見えていない。
いつもの彼ならそつなく対応しているだろうに、それほど私たちに会えて嬉しいのかと思うと、ちょっとくすぐったい気持ちになる。
……でも、エイダンの後ろでご夫婦が呆れているのが分かる。
私がフォローしなくちゃね!
「あの。エイダンの妻のマリラと申します。夫を助けていただきありがとうございます。お陰様でこうして無事に再会することができました。なんとお礼を言ったらいいのか――本当に――本当にありがとうございます」
……あ、ちょっとヤバい。
この人たちに助けられなかったらと考えると涙が出ちゃいそう。
「こういうのはお互い様だからね。気にしなくていいよ。それよりも記憶が戻ってアタシらもほっとしたよ。家族が迎えに来るなんてね。よくここにいるって分かったね」
おっと。ここにいることが分かった理由は言えない。
「ええ。人伝てに夫らしき人物の噂を聞きつけまして。もしかしたらと来てみたのです」
命の恩人に嘘はつきたくないけれど、許してほしい。
「なあんだ。じゃあアレが役に立ったんだね。よかったよ。ああ、気にしなくていいよ。行商人への依頼料は、この人のお金で支払ったからさ」
ん? なんのこと? ま、いいか。
「そうだったのですね。助かりました。あ、それと。少ないですがこちらはお礼です」
エイダンの命を救ってもらい衣食住の面倒を見てもらったので、奥さんに小銀貨を三枚渡したら、目を飛びださんばかりに驚かれてしまった。
「えっ! あんたらって金持ちなのかい? たかが寝床と飯を分けてやっただけなのに?!」
あら? 相場はもっと低かった?
「夫の命に値段なんてつけられませんが、精一杯お礼をさせていただきたいのです。どうかお納めください」
「ああ、まあ、そうかい? そっちがそう言うんなら、ありがたくもらっておくよ」
「はい!」
ホクホク顔の奥さんを見て旦那さんの方も機嫌がよさそうだ。
「それで――あんたたち、どうやって帰るんだい? この辺りで馬車を借りるとなると村長に頼むことになるけど――」
「ああ、ええと。大丈夫です。ここまで乗せてもらった馬車を待たせてあるので」
さすがに魔法が使えるなんて言えない。
エイダンには何て言おう……。
驚くだろうなぁ。私が前筆頭魔女で、ダニエルも魔法が使えるだなんて……。
「そうか。それならよかった。それにしてもあんたは、つくづく運がいいんだなあ」
「ええ。自分でもそう思います。マリラと出会った時に一生分の運は使い果たしたと思ったんですが、マリラ自身が俺の強運の女神だったようです」
「妬けるねえ。アタシも言われてみたいもんだよ」
「なっ。おま、お前――」
「冗談だよ。何を本気にしてんのさ!」
「あ、ああ、なんだ。そうか」
あら? あらら? 仲の良いご夫婦だわ。
そろそろお暇しようと思っていたら、家の中から少年が飛び出して来た。
「父ちゃん! その人帰っちゃうの?」
「ああ。こうして家族が迎えに来たんだ。帰るに決まっているだろ」
「……」
まあ! 泣きそうな顔でエイダンを見ているわ。短い間なのにものすごく懐かれたのね。
「マリラ。俺を最初に見つけてくれたのはこの子なんだ。この子が俺の命の恩人だ」
「まあ! そうだったのね。本当にありがとう。あなたのお陰で私たちはまた一緒に暮らせるわ」
そう言って少年の頭を撫でたら、顔を真っ赤にして奥さんの後ろに逃げられてしまった。
「なんだい? お前、照れてんのかい?」
あ、奥さん。男の子にそれは――。
「違うよ! 帰るんならさっさと行けよ」
あー。言わんこっちゃない。
でもエイダンは優しいから、「皆さんとお別れするのは寂しいですが、お世話になりました」と、顔だけ出している少年の側まで歩み寄って、私以上にゴシゴシと頭を撫でた。
少年は嫌がらずにされるがままになっている。
「じゃあ、気をつけてな」
「元気でね」
「……」
さよならを言えなかった少年に、エイダンと私とダニエルは、大きく手を振って別れた。
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