34 俺のマリラ
南の端にあるうちの村に待望の行商人がやって来た。
ほとんど自給自足をしている小さな村だが、生活の細々とした物は定期的に購入する必要があるので、ひとたび行商人がやって来ると押すな押すなの大行列ができる。
村の中央の広っぱに停まった馬車を村人たちが取り囲んでいる。
やっと順番が回ってきたので、まずは妻と息子に頼まれていた物を先に買う。話はその後だ。
買い忘れがないことを確認して行商人に尋ね人の依頼をしようとしたら、逆に手配書を渡された。
「誰だ、この女?」
「なんでも前の筆頭魔女らしい。例の大事件の」
「ん? あー、そういえば王様の暗殺を失敗して逆に殺されたって聞いたなー」
「そうそう。それが生きていたらしいんだ。さすが筆頭魔女だな。どうやって逃げたんだか……。とにかく見かけたら最寄りの町の騎士の詰め所に連絡してほしいんだと。有力な情報だと結構な謝礼が出るらしいから、家族にも見せるといいよ」
「あー。まー、こんな村には来やしないだろうけどなー」
「ははは。まあ、隠れるところもないか」
「それに騎士がいる町まで行くのが大変だよ。ああ、そんなことより、俺からもちょっとばかり依頼があるんだよ。実はな――」
◇◇◇ ◇◇◇
「おーい、帰ったぞー!」
家が見えてきたので大声で叫ぶと、息子が勢いよく飛び出してきた。
「父ちゃーん!」
「母ちゃんが先だ。家に入れ」
「うん」
「おかえり。どうだった?」
「ちゃんと買ってきたぞ。ほら、糸だろ? それに油と塩だ。あと――」
「ちょっと、アンタ。それよりも、ほら!」
妻が窓越しに、庭で薪を割っている男に視線をやった。
「ああ、それなんだが。依頼はしたが、逆にこの女を探しているって手配書をもらったんだ」
「手配書?」
「父ちゃん、オレにも見せて!」
「ああ、まあ見たところで、こんな辺鄙な村にいる訳ねーけどな」
それでも手配書自体を見るのが初めてなので、妻も息子も食い入るように見入っている。
「父ちゃん。魔女って綺麗なんだな」
「そりゃあ王都に住んでいたぐらいだからな。あと、魔女っていうのはみんな貴族だからな」
妻の前で、他人を「綺麗」とか言うなよな。
なんだかバツが悪くて手配書をくしゃっと丸めた時だった。
作業を終えた男が家に入ってきた。
何を思ったか、妻が、「あんたも見てみなよ」と、俺の手から手配書を奪い取って広げて見せた。
初めはポカンとしていた男だったが、「うぅぅ」と頭を抱えてもがき始めた。
「ちょっ、ちょっと! どうしたんだい? なあ、アンタ!」
「お、おおう」
男を支えて椅子に座らせてやったら、「――リラ――マリラ」と女の名前を口にした。
「父ちゃん! 今、『マリラ』って言ったよ?!」
「ああ、そうだな。なあ、あんた。記憶が戻ったのかい?」
「マリラ――」
「そのマリラってのは、あんたの大事な人かい?」
「マリラ――大事――うぅぅ」
「父ちゃん! マリラって人は、きっとこの絵の人に似てるんだよ! な? そうだろ?」
俺と息子が質問攻めにしていると妻が怒鳴った。
「そんなに急かしちゃ、思い出せるもんも思い出せないだろ!」
◇◇◇ ◇◇◇
「ねえ、ダニエル。ここで間違いないの?」
「うん!」
ダニエルと抱き合うような格好で転移してきたところは、見事に何もないところだった。
畑の合間に小さな家がポツポツと建っている。
ダニエルは私たちと同じ魔力を追って転移したと言うけれど。
うーん。ここは違うんじゃないかしら。
エイダンが事故に遭った崖など見えないし。
それでも頭ごなしに失敗したとは言えないので、本人が別の場所に移動したくなるまで違う話題でやり過ごすことにしよう。
「のんびりしていて素敵なところね。騒がしい人たちもいないから落ち着いて散歩ができそうよ?」
「え? おさんぽ? それよりパパンをさがそうよ」
「そ、そうね」
困ったわ。
ダニエルは父親がいると思っているのよね……。
「ママン! あっち! あっちのほうにいるみたい!」
「え?」
ダニエルが嬉しそうに駆け出してしまった。
道の先の家に向かっているようだけど、どうして?
「あ! ダニエル! よそ様の家に勝手に入っちゃ駄目よ!」
「ママーン! はやくはやく!」
どうしよう。
このままだと勢い余ってドアを開けて飛び込んでしまいそう。
「ダニエル!」
ダニエルに追いついて、なんとか止めることができた。
でも敷地内に入ってしまっている。家人に見つかると不審者扱いされてしまう。
「ダニエル。ちょっと落ち着いて。パパンに会いたいのは分かるけれど、よそ様のご迷惑になるから大きな声を出しては駄目よ?」
「パパン! いるんでしょう? パパン‼︎」
えぇぇ? なぜ叫ぶ!
「叫ぶな」って言ったのに、余計に大きな声を出すなんて。
くぅぅ。中に人がいたらどうしよう。うまい言い訳が思い浮かばない。
これじゃあ不倫相手が隠し子を連れて来たみたいじゃないの。
パタンとドアが開いた。
中から出て来たのは、驚きと怪訝な表情を浮かべた女性だった。
終わった――。
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