12 杖
「どうりでお前から魔力が感じられないと思ったよ。キャスリーンと呼ばれてもピンとこないか。重症だね。でも記憶がないだけで魔力まで失くしてしまうものかね?」
「あの、師匠。私が魔女というのは本当ですか? 貴族だったことはぼんやり覚えているんですけど、魔女だったなんて」
でも、心のどこかでは、「やっぱり」と納得している。
ここに来る道中、魔法を使ったのだし――それも呼吸をするくらい自然に! ――ダニエルが魔法を使えたことも私の血を受け継いでいるせいだと説明がつく。
「あのう。それで、師匠と私の関係ってどういう?」
そう言うと、メリッサ様がケタケタとお腹を抱えて笑い出した。
「あっはっはっ。いやあ面白いね。傑作だよ。鏡で自分の顔を見てご覧よ。昔のお前に今のお前を見せてやりたいな。あっはっはっ」
何がそんなに面白いんだか。
ダニエルは大声で笑っているメリッサ様が怖いみたい。
私にぎゅうっとしがみついてきた。
「お前が魔女だった頃のお前でないから魔力を感じられないのか、それとも――おやおや」
メリッサ様は腰を屈めてダニエルの顔を覗き込んだ。
「ママン!」
たまらずダニエルが私の背後に隠れる。
「師匠! おやめください。子どもを怖がらせないでください」
「怖がらせるだと?! 失礼な! 誰に向かって言ってるのか分かってんのか! あー、分かっていないんだったな。それにしてもその子を見て分かったよ。本当にお前がこの子を産んだんだな」
ダニエルの顔を見て分かったということ?
「ところで旦那が亡くなったのはいつなんだい?」
「…………数日前です」
「それは――悪かった。その顔は、まだ傷が癒えてないんだな」
……エイダン。
「まだ癒えてない」だなんて、日が経てば癒えるような言い方。
そんな日が来るのかな……?
今だって側にいてほしいのに。
ダニエルが人の死を理解した時、何て言えばいいの?
『ほらほら! また駄目になるって悪い方に考えているだろ?』
『君は本当に分かりやすいからな。この鼻の先っぽに不安が溜まってるぞ』
『よーし。俺が不安を追い払ってやろう!』
エイダンはそんな冗談を言いながら、よく私の鼻先を摘んで揺らしていた。
「馬鹿馬鹿しいおまじない」だと私は言い返していたけれど、実際、効果覿面だった。
「あーそういえば。二人とも、そこでちょっと待ってな」
◇◇◇ ◇◇◇
すぐに戻ってくると思ったのに、五分経っても十分経ってもメリッサ様は戻ってこない。
「ママン。いすにすわってもいい?」
「そうね。座って待っていましょう」
有無を言わさない口調から、「そのままそこで待て」と言われた気がして動けなかったけれど、別に椅子に座るくらい問題ないだろう。
「ねえ、ママン。あのおばあさんとしりあいなの?」
「え? そうね。そうみたいね」
「おばあさんのおうちにあそびにきたの?」
「そうね、そうよ」
「おやつくれるかな?」
ああ、それは――そういうことには無頓着な感じに見えたけれど。
「後で頼んであげるわ」
「うん!」
「あいにく、うちには子どもに食べさせるようなおやつは無いよ」
メリッサ様が部屋に戻ってくるなり、にべもなく言い放った。
ダニエルを見た人は誰もが可愛いと言ってくれたのに。この子は村中の人気者だった。
こんなに可愛い子を見ても何にも思わないの?
「あの、師匠――」
「これを持ってごらん」
「え?」
メリッサ様に強引に持たされたのは短い杖だった。
「お前があんなことになる直前に尋ねて来た時に預かった物だよ。予期していたなら一言くらい相談してくれてもよさそうなものだけどね。まあ、今となっちゃどうでもいいか。ほら。相棒が記憶を呼び覚ましてくれるといいんだけどね。用心しな。魔力を全開で流すんじゃないよ」
「相棒……? この杖が……? 魔力を流すってどうすれば……」
「やれやれ。こっちに来な。念のために結界内でやるか。加減なしでやられたらたまったもんじゃない。ふう。よっし。いいよ。力一杯握ってみな」
力一杯握ればいいの?
「それなら、うっ…………‼︎」
私の力を押し返すように、杖を持つ手のひらから懐かしいものが体内に流れ込んできた。
それは一瞬で細胞の隅々まで広がり私を満たした。
キャスリーン・オルデンバーグ。子爵家の娘。それが私。
記憶が堰を切ったように溢れてくる。
異世界に転生したと気がついた時から、子ども時代、少女時代を経て、『魔女の館』でメリッサ様に出会ったこと。
あぁ全部思い出した。
ついでに前世の記憶の詳細も。
私――日本ではコミュ障で、こっちの世界に生まれてからも性格は暗いままで、あんまり変わらなかった。
平凡な見た目で、結婚市場では引き合いがないだろうと父親に見切りを付けられて、『魔女の館送り』になったんだった。
貴族令嬢が結婚もせず魔女として生きるというのは、周囲からは不幸だと思われるけど、日本人だった私は未婚に抵抗はなく、どちらかというと家のためだけに打算的に選ばれた相手と結婚する方が生理的に無理だったので助かった。
社交もしないでいいんだって小躍りして喜んでいた。
魔女の館では、誰とも話さずに一人で研究に没頭する毎日だった。
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