11 【メリッサ視点】生きていた弟子
何の前触れもなく転移魔法が発動した。
まさかこんな日がくるとはね。
あの子の遺品にはなかったと聞いたから、誰かが盗んだんだろうと思ったけれど。
この私の――元筆頭魔女のメリッサ様の家と知っていて侵入してくるなんて、相当な自惚れ屋だね。
引退したら魔力がなくなるとでも思ってんのかね!
侵入者に、死にたくなるほど後悔させてやろうと部屋に入ると、まさかの人物が立っていた。
それも信じられない状態で。
「あの――おばあさん? マリラです。私のことをご存じですか?」
「……は? 何を言ってるんだ?」
本当に何を言ってるんだか――というよりも生きていたことに驚いた。
更に私を驚かせたのは、子どもを連れていたことだ。
にわかには信じがたい。
「あのう……ええと。おばあさん?」
「この私をババア呼ばわりかい?」
「え? えっと。すみません。お名前をお伺いしても?」
正気か?
「すみません。私、記憶がなくて。この五年間のことしか覚えていないのです」
記憶喪失だと?
「あの……できれば、おばあさ、あなたが知っている私について教えていただけませんか」
目の前のあの子はまるで別人だ。
自分でも動揺しているのが分かる。
「お前、いや、マリラって?」
「あ。それは、名前がないと不便だろうと、亡くなった夫が付けてくれた名前なのです」
「へえ……え? はあ?! 結婚?! お前が?!」
「はい」
そんな……嘘だろ。
あれほど人と関わりたくないと言っていたのに?
『私は口減らしのために家を追い出されたので、ここで衣食住に不自由せずに生きていければそれでいいのです』
『口減らし? 聞いたことないが、ふむ。言い得て妙だな。食べていけない平民は、食い扶持を減らすために子どもを捨てることがあるらしいからな』
『ですから研究職を希望します』
『お前……閑職と知っていて希望しているのか? 自ら希望していくところじゃないぞ。金を積んで他の部署へ変えてくれと希望するやつはいるがな』
『戦闘は武闘派の方にお任せします。今は紛争はないようですが、いつ何が起こるか分かりませんから。怪我をして戦力外となれば館を出て行かねばなりません。私は食べてさえいければいいのです』
『変わってるな。ま、いいだろう。だが、もう少し同僚と交流しろよ』
『もう貴族ではなく魔女なのですから、社交は不要だと思います』
『馬鹿なこと言っちゃいけないよ。どこだろうと他人と関わらずに生きていくことなんてできやしないよ。だったら最低限の社交はするべきだと思うがな』
『最低限の社交ですか?』
『ああ。お前は社交を避けているんじゃなく、人間そのものに興味がないようだが、それじゃあ誰も協力してくれないぞ。せめて毎日顔を合わせる奴の名前ぐらい覚えろ』
『必要ありません。一人で全てできるよう精進します』
人間ていうのは、記憶をなくすとこうも変わるものなのか?
他人を避けていたあの子が結婚だって?
しかも――。
「まさかそんな幼い子どもを拾って面倒を見ているとはな。どういう風の吹き回し、いや、晴天の霹靂と言った方が正しいな。小さい人間は手がかかるだろ? どうせ続きゃしないんだから、早いところ――」
「私が産んだ子どもです!」
「……は? お前が?」
「はい。私が産んだ可愛い息子です」
「……は? 産んだ? お前が?!」
「ママン。このひとだあれ?」
この子どもはいったい幾つなんだ。
さっき五年って言っていたな。
この子が死んで、いやいや、姿を消して五年だ。
じゃあ、あの日、あの家で起こった出来事が原因で記憶を失ったのか?
アリソンに嵌められたとは思ったが、まさか敗北するとは思わなかった。
その時の戦闘が原因で記憶をなくしていたとは。
「あのう? おばあさん?」
ちっ。おばあさんだと?
「私はメリッサ。私のことは『師匠』とお呼び」
「え? 師匠?」
今、笑ったか?
『本当に師匠とお呼びしてよろしいのですか? 魔女様が構わないだけで、実は不敬な行為だったりしませんか? 問題行動となりそうなことは避けたいのですが』
『私がいいって言ってるんだよ? この私より上がいるとでも? お前はアタシの一番弟子なんだから、アタシはお前の師匠だろ?』
『王城には国王がいらっしゃいますけどね。分かりました。この屋敷にいる時は師匠とお呼びいたしますが、一歩でも外に出たら国民同様、敬意を込めて魔女様とお呼びいたします』
『あーもう! お前は本当にいちいち細かいね。好きにしな』
顔色ひとつ変えずに、「面倒ごとになる可能性があるならリスクは取れません」とぬかしていたのにな……。
あの堅物が他人に気を許すどころか、結婚して子どもを産んだなんて……。
家族どころか人間全般に興味がないように見えたのにな。
長生きするもんだ。
「ママン……」
「ダニエル。大丈夫よ」
何をもって大丈夫だと?
おいおい。「ねえ、そうですよね?」と言いたげな顔で私を見るな。
「『ママン』とは何だ?」
「あ、それは……何というか、特別な呼び方をしてほしくて……普通に『お母様』という意味です」
あー、変わってないわ。
意味不明な単語をよく口にしていたんだったわ。
輪をかけてひどくなっているようだが。
はあー。それにしてもこの変わりようときたら……この子には驚かされてばかりだ。
「……メリッサ様、あ、ええと、師匠?」
「あー、悪い悪い。歳を取ったせいか、ついつい昔のことを思い出しちまってね。あー、それからお前の名前だけど、キャスリーン・オルデンバーグだぞ。オルデンバーグ子爵の娘のな」
「……え?」
そこまで驚くか?
まさか自分が貴族令嬢だったことも忘れていたのか?
「お前、本当に何も覚えていないんだな。まさか、自分が魔女だったことまで忘れちまったって言うんじゃないだろうね?」
「……え?」
おいおい。本当に忘れていたのか!
……あー、だからか。
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