10 おばあさん
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リッタさんは優しい人で、早めに休憩を挟んでくれた。
最初の休憩はアロー渓谷の見晴らしの良いところを通った時だった。
「あんたら、初めてならちょっと見とくか?」
と、わざわざ私とダニエルが景色を見る時間を取ってくれたのだ。
子どもはじっとしていられないから、途中途中で歩き回れる時間を作ってくれるのはありがたい。
「ママン! みてみて! すごいよ!」
ダニエルが「うわあ」と口を開けたまま眼下の景色に見惚れている。
向かい側に大きな山があり、私たちが立っているところとの間は深く削り取られたようになっていて、下の方に川が流れている。
緑に覆われた山々とキラキラと水面が輝いている川。まさに絶景。懐かしい風景――――え?
何かしら――この懐かしいという気持ち。
見たことのある風景だから?
見たことの――ある?
「ママン?」
「……! ダニエル。よーく見ておきなさい。滅多に来られないところだから」
「うん!」
「リッタさんにお礼を言わないとね。こんな素敵な景色を見せてくれて」
「うん!」
観光に来た訳じゃないからと自分に言い聞かせて切り上げ用としたら、ダニエルがわざわざ御者台のところへ走って行きお礼を言っていた。
「おじさん! ありがとう! すごくきれいなけしきがみれたよ!」
「お、おおう。そうか。よかったな」
ダニエルの笑顔が効いたのか、リッタさんそれからも一時間おきに休憩を挟んでくれた。
三回目の休憩が終わった時に、リッタさんが真面目な顔で言った。
「次はブールワの森に差し掛かった辺りで昼休憩になると思うが……。まさか本当に森で降りるつもりじゃないよな?」
えーと。そのまさかなんですけど。
「とりあえず降ろしてもらえれば大丈夫ですので」
「大丈夫って、あんた――。詮索するつもりはないけど、本当に降りる気かい?」
「はい」
「……はあ。分かったよ」
リッタさんは、母親のくせに子どもを危険に晒している私に腹を立てたのかもしれない。
そこからは押し黙ってしまった。
まるでペリーみたいだ。あぁデジャブ……。
しばらく走ると、周囲の風景が『綺麗』から一気に『薄気味悪い』に変わってしまった。
街道沿いの木が背の高い木になり、前方に木々が生い茂っている広大な森が見えてきた。
いったいどこまで広がっているんだろう。
「あれがブールワの森……」
不意に脳内に見たことのないはずの景色が浮かぶ。
遥か上空から見たブールワの森の景色……。
リッタさんの大きな声で我に返る。
「どうする? 本当に降りるかい?」
「はい! 降ります!」
馬車から降りた後も、リッタさんは馬車を出すギリギリまで私たちのことを心配してくれた。
「気をつけろよ。間違っても奥に入って行かないようにな。夕方にはこの道を戻ってくるから、その知り合いって人に会えなかったら、おとなしく道端にいろよ」
「ご親切にありがとうございます」
「ふう。じゃあな」
言われるまでもない。
当てもなく森の中を彷徨うようなことはしたくない。
かといって、このまま街道沿いを歩いていても埒があかない。
「はぁ」
「ママン? どうしたの?」
「ううん。なんでもない。ダニエル、疲れてない?」
「へいき! いっぱいあるけるよ!」
ダニエルがそう言って私の手を引っ張って走り出した。
「あ、こら! 走っちゃ駄目よ」
そう言ってダニエルの小さな背中を見ていたはずが、急に目の前の景色が変わった。
◇◇◇ ◇◇◇
「ダニエル!」
「ママン」
よかった。
ちゃんとダニエルの手を握っていた。
いったい何が起こったの?
「ママン? ここどこ?」
「そうねぇ」
「だれのおうち?」
外にいたはずなのに、私たちは今、部屋の中にいる。
落ち着いた調度品に、掃除が行き届いている様子から、住人の丁寧な暮らしぶりが窺える。
ドアを開けて住人を探し、事情を聞かなくては――でもこれが拉致だったら?
ダニエルに危害を加えるような人だったら?
玄関を見つけて逃げるべき?
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら、バァンと勢いよくドアが開いた。
「きゃっ」
「ママン!」
反射的にダニエルを抱きしめたが、現れたのは老婆だった。
…………? …………あら? …………私……知り合いかしら?
…………見覚えのあるような……ないような……。
「お前――どうして」
老婆は心底驚いた様子で私を凝視している。
「あの――おばあさん? マリラです。私のことをご存じですか?」
自分でも間抜けな挨拶だと思う。
「……は? 何を言ってるんだ?」
うわ。怒らせちゃったみたい。




