9 サファール自由区
「ダニエル?」
ずっと気になっていたけれど、静かになったのはペリーだけではなかった。
ダニエルもまた、一言もしゃべらなくなっていた。
「ねえ、ダニエル? まだ怖い? ほら見て! ここは人でいっぱいでしょう? あんな恐ろしい生き物はここにはいないわよ?」
「うん」
サファール自由区という名前から、なんとなく前世で遊んだゲームにあった、砂漠にテントがあるような町だと想像していた。
それがどうだろう。
ドワテ村や最初に訪れた町なんて比較にならないほど大きな街だった。
建物が密集していて人口も多そう。
道幅も広く碁盤の目のように通っていることから、おそらく入念に計画された都市計画に基づいて建設されたようだ。
「ママン……ぼく……」
そういえば少し前からママンに戻っているけれど、仕方がないわね。
「なあに?」
「さっきてからブワッってへんなのがでたけど……ぼくっておかしいのかな?」
「……え?」
そうか。そうだよね。
私ですら、ぼんやり貴族に生まれたことを思い出していたから、魔法が使えるということに、それほどの驚きはなかった。
でも生まれて一度も魔法を見たことがないダニエルには恐怖でしかない。
「あのね、ダニエル。さっきの白いのはね、あれはねダニエルが勇気を出したから精霊が力を貸してくれたんだと思うわ」
「せいれい……? うわっ! せいれいってほんとうにいるんだ!」
当たり前じゃないの。
いえ、待って。どうしてそう思うの?
精霊がいるのが当たり前だなんて……お伽話を信じているの?
この世界でも童話に出てくるような存在なのに?
ふぅ。
一度ゆっくり記憶を整理しなくちゃね。
「とにかく、ダニエルは何も心配しなくていいの! それより疲れていない? もう少し歩けそう?」
できれば早めにブールワの森行きの馬車を確認しておきたい。
「うん! へいき!」
子どものスタミナってすごい。
でも元気いっぱいと思っていたら、次の瞬間にはぐったり眠そうにしていたりするから、どうなんだろう?
まあ、その時はその時ね。
◇◇◇ ◇◇◇
人の良さそうな老婦人とか、同じ年頃の子どもを連れている母親とかに道を聞いて、馬車の発着場に辿りついた。
「ママン! すごい! おおきなばしゃがいっぱい!」
数十台もの馬車が中央の広場に溜まっている。
長距離移動のためか、それとも大勢を乗せるためか、どの馬車もかなり大きい。
広場から東西南北に伸びる道それぞれに乗り場があり、馬車が一台、また一台と発車しては、次の馬車が乗客を乗せるために乗り場に入ってくる。
それぞれの乗り場には、行き先が書かれた看板が立っていた。
乗客たちは様々で、乗り場を知っている人は一目散に歩いているし、私と同じように自分の乗るべき馬車を探している人は看板を順に見て歩いている。
「ねえ、ママン。ぼくたちもアレにのるの?」
ダニエルは少し前に馬車から落ちそうになったことも忘れて興奮している。
「そうよ。でもどこから乗るのか確認しないといけないから、順番に見てみましょう」
「うん!」
王都行きの乗り場が一番人が多く、次いで私たちが来た東方面行きが多い。
北方面行きと、ブールワの森がある西方面行きの利用者は少ない。
馬車乗り場はすぐに分かったが、一つの乗り場から複数の馬車が出発している。
ペリーに尋ねたように、停車中の馬車の御者に聞いてみた。
「あのう。ブールワの森に行きたいのですが、この乗り場から出ているんですよね?」
「ああ、そうとも――え? あんた、子どもを連れて行くのかい? いったい何の用があるんだよ。あそこら一帯は物騒なことで有名だけど、知ってて行くのか?」
「え? ええ。知り合いの家が近くにあるので」
「はあ? 本当かい? あの辺に家なんかあったかなあ?」
どうしよう。本当はあるのかどうか定かじゃないんだけど、そんなことを言ったら乗せて行ってくれなさそう。
「まあ、いいけどさ。今日はもう出ちまったから、明日の朝来な。リッタっていう奴が馬車を出すから。今日一日ゆっくり考えることだね」
「はい。そうします。ありがとうございます」
明日の朝ね。
じゃあ次は宿探しだ。
「ママン?」
私の顔が引き攣っていたのかな?
ダニエルが心配そうに見上げてくる。
「なあに? これから色んなお店屋さんを覗きながらお散歩するのよ? それってすごく楽しそうじゃない?」
「うん! たのしそう!」
「うふふ。じゃあ、行きましょう!」
◇◇◇ ◇◇◇
翌朝。
昨日確認した乗り場に泊まっていた馬車の御者に尋ねる。
「あの、リッタさんですか?」
中年の男性が、私の顔とダニエルの顔をまじまじと見た。
「あんたかい? 昨日聞いたよ。ブールワの森に行きたいんだって? やめといた方がいいよ?」
そ、そんなに怖いところなの?
どうしよう……ダニエルを連れて行って大丈夫かな……。
「まあ、行きたい客を乗せるのが仕事だから別にいいんだけどさ」
「ご心配いただきありがとうございます」
「お? おぉ。ブールワ行きはあんまり人気がねえから、多分、今日はあんたらだけだよ。さあ、乗りな」
「はい」
荷台のベンチに毛布を敷いてダニエルを座らせる。
隣に座って肩を抱いて待っていると、リッタさんが声をかけてくれた。
「やっぱりあんたらだけみたいだ」
そう言うと、「ハイヨッ」と手綱を引いて馬車を出した。
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