第七十五話【別れ】
「もしあいつを殺してくれたら、レインくんと付き合ってあげる! いい提案でしょ?」
……。
「…………いい」
「ん、何? レインくん」
「もういいって言ったんだよ」
俺はいつもよりも低めの声でそう答えると、十人の男たちに向かって歩き出す。
「ま、待ってよ!」
後ろから引き止めようとしているであろう声が聞こえて来るが、知ったこっちゃない。
リーフ=リランディと俺は無関係なのだから。
「なあチンラさん? 俺と戦いたいのか?」
端っこにいる顔見知りのチンラさんに近付きつつもそう質問してみると、彼は首を振り、
「いや、戦いたくないに決まってんだろ。レインさんと対人戦をしたい奴なんてそういねぇよ。こら」
よく分かってんじゃねぇか。
物分かりが早くて助かる。
そんなチンラさんの言葉に、若い男が首を傾げた。
「チンラ、どういうことだ? 戦いたくないって」
「あ、いえ。詳しくは言えないんだけど、俺は一度レインさんと戦って負けてんだよ。こら」
そこで若い男の表情が目に見えて変わる。
「えっ!? お前がか?」
「はい。だから、何人で行こうと勝てないと思うぜ? こら」
「……」
よし、ひと段落着いたな。
俺は若い男の正面に立ち止まった。
そして、
「あの。ということなんで、俺は帰りますね?」
「……は? 何言ってんだ、リランディちゃんの彼氏とやら」
「もう一度しか言いませんから。……俺とリーフ=リランディは無関係なので、早々に帰ります」
俺は若い男の近くを横切って、大通り方向へと向かう。
「ちょ、待てよ! お前はリランディちゃんの彼氏だって……」
「いや、彼女は俺のことを何とも思っていなかったみたいだから」
そう言い返すと、後ろから大きめの声が聞こえて来る。
「ほんとに待って! なんでそんなに意地悪なこと言うの? 私たち恋人じゃん」
「は? さっき自分が言ったこと覚えてないの?」
「何よ?」
阿保か。
自分のセリフくらい頭の片隅にとっとけよ。
俺は近くにいる若い男を指さし、
「さっき、この人を殺したら付き合ってあげるって言ってたよね? じゃあつまり俺と君は今まで付き合ってなかったの? 君にとってはただ平民を適当に手の上で転がして遊んでいただけなのか?」
「そ……それは」
「無理して答えなくてもいいよ。すぐに回答が出ないところを見ると答えは想像がつくし」
「……」
彼女は黙り込んでしまった。
俺をもて遊んでいた女なんて知らん。
どうにでもなっちまえよ。
「じゃあ、リランディさんはあなた方の好きにすればいいですよ?」
俺は男性たちにそう言ってこの大通りをあとにした。
翌日。
何か知らんけど、リランディさんに放課後体育館裏へ来るように言われたので、制服のままで向かっている。
今更何の用があるのだろうか。
正直ここ数日の間は、すっかり貴族である彼女と平民である俺の身分差を忘れていた。
それほどまでに平等で楽しかったからな。
けど彼女の態度で改めて気付いた。
貴族は、やはり平民や町人を見下している。
悔しいが俺は、あの子と付き合っていると思っていたんだ。
実際向こうから告白して来たしな。
でもそれは違った。
あの子は自分の身を守る為に、強そうな俺に声を掛けただけだった。
好意なんて微塵もなかった。
そんな奴を関わるなんて今後一切ごめんだ。
もう自意識の高い貴族の女子どもなんてこちらから願い下げだぜ。
おおかた、今日リランディさんが俺を呼んだのは、昨日の腹いせだろう。
ただ単に文句を言いたいだけなのは分かってんだよ。
だから今日は面倒くさくなったらすぐに帰る。
体育館裏へ到着したのは、夕暮れよりもかなり早い時間帯だった。
帰りのホームルームが終わって直で来たんだから、そりゃーそうだわな。
今俺の目の前には、後ろ姿のリランディさんがいる。
まだ俺のことに気付いていないらしい。
あんなに綺麗に見えていた金髪が、今ではどす黒く見える。
そう、この子は自分の為なら人を騙してもなんの躊躇もしない女だ。
悪いな。
俺はそんな女の子を助けるほど、お人好しの主人公ではないんだわ。
婚約者から解放される為に使う男なら、他を当たってくれ。
さて、じゃあそろそろ話しかけよう。
「で、話って何?」
するとリランディさんは一度体をビクンッと震わせつつもこちらを振り向き、若干怖い表情で、
「……昨日のことなんだけどさ」
やっぱりな。
それ以外ないと思っていたよ。
「どうしたの?」
「なんで私を置いて逃げたの? 私あのあと色んな所を触られたり、恥ずかしい格好をさせられたりして大変だったんだから」
リランディさんは少し涙目。
「へぇ、そうなんだ。でも同情はしないよ? 彼氏を売るような子を可哀そうだとは思わないから」
「……あのさ、一つお願いがあるんだけど」
おいおい。
こいつ、いきなり願望をねじ込もうとして来やがる。
「ん? 突然何?」
「もう一度だけレインくんにチャンスを上げるわ。…………私の婚約者を殺してくれない?」
「は?」
こいつ、まだ言うのか?
流石にしつこすぎだろ。
そして、何故こんなにも上から目線なんだ?
「勿論会う状況は私が作るから。あ、もし成功したら付き合ってあげてもいいよ?」
「……別にいい」
「そんなこと言って……レインくん昨日まで私といて楽しそうだったじゃん。好きになった女の子を一度の裏切りで捨てちゃうの?」
「ああ、俺はこういう人間だからな。それに、裏切りとは言ってもあれは普通のレベルじゃない。もし俺が普通の子供なら確実に殺されていた」
およそ十人のヤクザ集団に進路を塞がれてリンチでもされたら、普通の人は生きて帰れない。
中には裏闘技場選手のチンラさんもいたしな。
昨日はチンラさんがいたから、スムーズに帰れたけどさ。
もし全員が知らない奴らでむやみに襲って来るようなら、殺すとまではいかないけど大ダメージを与えて気絶させていた自信がある。
そうなると、あいつらの恨みを買ってしまい、かなりだるいことになっていた。
「ふん。もし私のいうことを聞いてくれないなら、面倒くさいことになるよ?」
ふ~ん。
「例えば?」
「お父さんのお金を使って強い人を雇って、レインくんを痛めつける」
何だ、そんなことか。
「いいよ?」
「えっ!?」
「いや、だから別にいいよ?」
「そ、そう。じゃあ……今度覚えときなさい」
リランディさんはか弱い声でそう呟きつつも、俺の横を通っていく。
……そういえば。
一つ気になることがあった。
最後に聞いておこう。
「あのさ」
俺が不意に問いかけてみると彼女はこちらを振り向かずに、
「……何?」
「数日間、嘘で付き合っていてさ、本当に全く俺のこと好きじゃなかったの?」
「そ……そうよ」
「楽しくもなかったの?」
「当たり前じゃない。婚約者を殺す為の計画で我慢してたのに、誰かさんのせいでまた一からふりだしだわ」
「俺をからかっていたのも嫌々だったの?」
「だからそうだって言ってんの! しつこいわ」
「じゃあ最後に……君の笑顔も全部嘘だった?」
そう尋ねると、少しの間が空いた。
時間にするとおよそ三秒くらい。
何故だかその間が、かなり長く感じた。
「…………ええ、だからそう言ってるでしょ? で、もういいかしら?」
「……」
「じゃあね、元彼氏!」
そう言い残して、彼女は再び歩き出す。
と、その時!
角から一つの人影が現れた。
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