第三十八話 親友
貴族にとって、紅茶は日常的に飲む物だ。
まあ日本でもそういう人は普通にいるだろうけど、少なくとも私はそうじゃなかったから初めて知った時はちょっと驚いた。
ティータイムは勿論の事、朝起きて紅茶、食後に紅茶、仕事の合間に紅茶、何か飲みたくなったら取り合えず紅茶。私は前から珈琲より紅茶の方が好きだったから別に構わないんだけど、紅茶が嫌いな人はどうなるんだろう。まあ日本で言う緑茶みたいなものなのだろうな。ん?緑茶嫌いな日本人もいるよね多分……うむ、深くは考えるまい。
まあそんな訳で紅茶というものは断トツで身近な飲み物であり、種類やメーカーにこだわる人が多い。
私は割と気にしない方なんだけど、ストレート派である私の好みを考慮してウィルは色々取り揃えてくれている。
おかげで好きな種類も把握出来、定期的に開催されるカミラとのお茶会の際には大海を跨ぎ展開する巨大商会のツテで様々なメーカーの物を取り寄せてくれる。しかもあまり味に頓着しない私でも唸るくらいとても美味。改めてすごい友人を持ったとつくづく思うよ。気を抜くと堕落しそうだから自重しなきゃって分かってるけどなぁ、今日の紅茶も美味しいんだよ~。持参したウィル秘伝レシピのマドレーヌによく合うなぁ。
「………で?何か、申し開きはあるかしら?」
「いいえございません!大変申し訳ありませんカミラ様っ!!」
どうも。絶賛現実逃避中でした、レイラです。
以前、イジメられてたルリを助けるべく令嬢複数人をタラシこんでしまいウィルに叱られ反省したにも関わらず、同じ様な事が起こった時またタラシこんでしまった件でカミラが怖くなってしまいました。
見た目はおっとり優しい令嬢なのに……いやそのギャップもまた魅力的なんだけどね?今は萌える暇がない。
「もう、全く……。あのね、少なくとも私は貴女の事親友だと思ってるから、貴女のその性質は理解しているつもりよ」
「私も親友だと思ってるよカミラ!」
「はいはい。で、貴女もそれを何とかしないといけないって分かってるだろうし、再発しないよう気をつけてはいるのも理解してるわ」
私の歓喜の言葉をサラっと流して言われた言葉にちょっとニヤニヤしそうになるのを堪えながら頷く。
「うん。やっちゃったって思った時はちゃんと反省してるし、その後も出ない様に気をつけてるんだけど……」
「けど?」
「………頭で考える前に身体と口が動いて、我に返った時には目の前に頬を赤らめた可愛らしい女の子が」
「でしょうね、分かってたわ」
カミラの一言にグサッと傷ついた心を癒すべく、好物のショコラマドレーヌを口に運ぶ。
……あ、いつもよりショコラの風味が強いぞ。ウィルまた改良したのかな?結構好きな味だ。
お説教中なのを忘れてついマドレーヌに夢中になった私を見てちょっと呆れた様にため息をつきながらカミラもマドレーヌを口に運ぶ。
「……まあこの問題は前々から言ってきた事だしこれからも気をつけなさいよ………あら?」
説教を締めくくろうとしたカミラが、ちょっと驚いた様子で手元にあるマドレーヌを見る。
「これ、美味しいわね」
その一言に、顔が思いっきり笑顔になった。
「でっしょー!これ、ウィルが自分でレシピから作ったんだよ!味とか私の好みに合わせて改良してくれたりして、一番好きな奴なんだ!いやぁ、本当うちの執事は何でも出来るよねっ!」
興奮してカミラに語っていると、何だか微妙そうな顔をしたカミラ。
あ、もしかしてこの話つまらなかったかな?悪い事したかも。
そう思って謝ったんだけどどうやらそうではないらしく。
「いえ、そうじゃないのよ…………随分、仲が良いのね」
確認する様な響きを持った言葉に、ちょっと首を傾げつつ頷いた。
「うん、そうだよ。あれ、知らなかったっけ?」
「執事になったってのは何となく聞いていたけれど、私達はあまり話す機会はないからてっきりそこまで尽くしてくれる執事だとは思っていなかったわ」
ああそっか、言い方は悪いけどウィル外面良くてぱっと見はクールでスマートな敏腕執事だから、普段は敬語抜いて気楽に話してるとは到底思わないよねぇ。
まあ遠慮がなさすぎてもうどっちが主人なのか分からないんだけどね!あは、笑えない!!
的な事をざっとカミラに話してみたら何やら気難しい顔。
どうしたのだろう?
「あのね、レイラ」
「うん。何?」
何やら真面目な話をする雰囲気に私も姿勢を正した。
「ちょっと大袈裟に言ってしまえば、貴女は今幸せになる為に運命と戦っている状態なのよ」
「あぁ……そう言われれば確かにそうだね」
「その戦いに勝利する為には、特定の人物らとの交流に対して慎重になるべきなのは、分かってるわよね?」
「そりゃあ、勿論。なるべく、穏やかに穏便に友好的に、を前提として接しているよ」
前二つが達成できているかはさておき。
「ええ。実際に、歩むはずだった未来は大幅に修正されて、ルリやその他の人達と敵対する事もなくむしろ仲良くはなっているし、貴女の家柄だけを目当てに集まる予定だった取り巻きは単なるレイラファンになっているし」
「………………………」
うん、真面目な話をしているのは分かっているんだけど、何故今正に気にしている事をサラッとぶっこんでくるかなカミラさんよぉ……。
「そうして、何とか不幸な未来を回避する目処が立って来たところで、少し気になる事があるという事に気がついたの」
「……?何?」
こうやって話している間もカミラは何かを考えているようで、手元の紅茶に生まれる波紋を眺めながら語っていたカミラは、一呼吸置いた後、弟に似た青い綺麗な瞳をこちらに向けた。
「………貴女の、執事。ウィルについてよ」
「え、ウィル?ウィルがどうしたの?」
どこが気になるのだろうかと見つめ返した私にカミラは頷く。
「私も親友として、私なりにレイラの未来に関わりそうな人物については一通り確認して、持ち得るツテを最大限に活用してさりげなく動向を探ってきたわ」
「へ、へぇ……そうだったんだ、ありがとう……」
うーん………カミラのネットワークって凄い気になるけど聞いたら最後取り返しのつかない所まで行きそうで怖いなぁ……。
「取り合えず最近までは、注意人物一位はまだ未接触の第二王子、エヴァン様だったの」
「うん、まあそうだよね。まだ全然関わってないし情報と言ったら流れてる噂くらいしかないもんね。まあというかこれからも関わる気はないけど情報はあってこそだし」
「ええ、私もそう思っていたわ。最近まで、もっと細かく言うと、貴女からウィルの話を聞くまでは」
………え?私の話を聞いてから考えを改めたの?それも、ウィルの話で?
「私の話にそんな危険要素なんてあったっけ?」
「いえ、そうは思わないわ。普通は。私も過干渉なのを叱ったら終わりそうになったもの」
あ、お説教あるのはぶれないんですね、さすがカミラさんです……。
「じゃあ、何に引っかかったの?」
「…………確証は、ないのだけれど」
「珍しいね、カミラがそう言うなんて」
「それはそうよ、なぜなら私はレイラとは違うから」
ちょいちょい毒を混ぜてくるなぁ。
「まあいいや、聞かせて?」
「ええ、それは………」
「レイラ様」
「……………」
「あれ、ウィル?」
聞き慣れた声が名前を呼んだからそちらを見たら、案の定対人モードのウィルが颯爽と歩いて来た。カミラに話に割り込む形になった事について謝罪をしてる。
相変わらず美形は何しても美形だと思うよ。うん。いや私もそれなりの顔面偏差値だとは思っているけどああはならないなぁ。
口を閉じてしまったカミラを気にしつつ、用事があるのであろうウィルに話しかけた。
「どうしたの、こんな所まで」
「寮母の方がお呼びですよ」
「え?寮母さんが?私何かしたっけ?」
「何でも、『一日四通も同じ人物から手紙が届く件について急遽話し合いたい』との事で」
「父様ァ……」
この前あれほど、あれっほど言ったのに………。
「ねぇウィル……」
「はい。何でしょう」
「うちの父様って、暇人なの……?」
「……そのような事実は、ない、筈です、が…………どうでしょう」
「待って不安になるような事言わないで!確信を持って言ってよ!私を不安にさせるな!」
「しかしさすがに一日四通は信じられません。当主様もよくぞ書く内容が尽きませんね」
「もう日記みたいになってる」
「……一応、私の方からも言っておきますね。効果は期待されない方がよろしいかと」
「うん。分かってる。気持ちだけで十分だよ……。教えてくれてありがとう。伝言お疲れ様」
「勿体ないお言葉でございます」
綺麗に微笑む敬語のウィルを見て外面は良いんだよなぁと思いつつ、カミラの方を向いた。
「という事で行かなくちゃならなくなったんだけど……」
「いいわ、私の事は気にしないで」
カミラ、何だかあまり元気がない気がするなぁ。
「カミラ大丈夫?何だか疲れてない?」
「……ふふ。ええ、大丈夫よ。心配ないわ」
柔らかく笑ったカミラに取り合えずその言葉を信用する事にする。具合が悪いならちゃんと言うだろうしね。
「そういえば、さっきの話の続きって………」
「ああ………」
カミラは一瞬考えるように黙った後チラッとウィルの方を見てから微笑んだ。
「やっぱり何でもないわ、私の気のせいだったみたい。だから忘れて?」
「………そう?」
絶対気のせいじゃあないっぽいけど、多分話したくなくなったんだろうから、聞かない事にする。必要なら、話してくれるだろうしね。まあ気になりはするのだけれども。
「本当にごめんね、この埋め合わせは後で必ずするから」
「期待しているわ。片付けは家の者にさせるから気にせず問題を解決してらっしゃい?」
「う、うん……頑張るよ……今度こそ分かってくれるといいけどなぁ……」
カミラの様子に後ろ髪を引かれる様な思いをしつつも、私はその場を後にした。




