第二十九話
積もった雪も溶け初め、新緑が顔を出し、春の足音が聞こえてくる、今日この頃。
「ほう、君は紅茶の入れ方も上手いのか。城の侍女に引けを取らない味だぞ。美味だ。」
「……はぁ、それは、私如きにはもったいなきお言葉にございます。」
「そう謙遜するな。君の素晴らしさはよく知っている。君の従者、ウィルと言ったな。王がよく話しているよ。あれ程優秀な人材は他にないとな。」
「国王陛下にそのような評価を頂けるなんて、光栄の限りでしょう。主として、鼻が高いです。」
「主従揃って規格外だな。ますます欲しくなるよ、レイラ。」
「はは、ご冗談を。ところで……」
「何故ここにいらっしゃるのです?王妃様。」
我が屋敷には、豪華な来客が訪れていた。
◇◆◇
それは、遡る事数時間前。
「ほらどうしたんじゃ!動きが鈍くなってきとるぞ!そんな物じゃ、攻撃を当ててくれと言っているようなもんじゃよ!」
「……っはい!」
私はいつものように、祖父様の剣の打ち合いをしている。
最近は昔よりも長い時間やっていても疲れなくなってきている。
あと、武器も刀だけでなく、通常の剣やレイピア、弓とかも使っている。段々と使う人が増えて来て、実用性も見直されてきてる刀だけど、まだマイナーだから、普及している武器も使っていた方が良いんじゃないかと。
うん。これなら、攻略対象に目をつけられても、何とか生きていける気がする。
慢心は身を滅ぼすけど、確実に成長しているのは事実だからね。まあ、祖父様には到底及ばないけど。あの人、実は人間じゃないんだろうか?昔と比べても全然弱ってない。否、寧ろ強くなってる。
「あっ!」
と、注意力が散漫になっていたのか、祖父様に剣を弾き飛ばされた。
「ほほっ。考え事しているからじゃよ。」
「す、すみません…。」
そう会話しながら、立ち上がろうとしていた時だった。
「二人共、実に見事な勝負を見せてもらったぞ!感謝する!!」
訓練場に、凛とした声が響き渡った。
何故かその声を聞いた時、私は思わず、傅きそうになった。
人々を照らし、導いて行く、上に立つ存在だと感じた。
抗えない。どうしたって、本質的な所では抗えないと、本能が告げた気がした。
まあ、その感覚は、間違ってはいなかったようだけど。
「お、王妃様ぁぁあああ!?」
後で兵の皆に聞いた話だと、その時屋敷中に、私の大絶叫が響き渡ったと言う。
◇◆◇
まあそんなこんなで、現在に至る、というわけ。
「何故ここにいるのかって、随分今更だな、レイラ。君を専属の騎士にしたいから、勧誘しにきたのだよ。」
「だからって、王妃というやんごとなき身分の貴女様が、ただの一貴族の屋敷に来ないで下さいよ……何かあったらどうするんですか?せめて護衛の一人くらい連れて来て下さい……。」
「ああ、相談したら断られたので、抜け出して来たぞ。仕事も終わらせたし、一日くらい大丈夫さ。」
「今頃皆さん泣いてますよきっと。」
今は、慌てて応接室に通して話している。城には連絡を入れてるから、多分もうすぐ迎えが来るだろう。全く…この王妃様は無駄にアグレッシブで困る。
……あれ、誰かに「ブーメラン!」って言われたような…?気のせいか。うん。
「ところで、前々から気になっていたのだが、君は何故そんなに鍛えるのだ?貴族の女性なのだから、職に就かなくても良いだろうに。まあ自分で言うのも何だが。」
王妃様にそんなこと聞かれて、ちょっとうろたえた。
まさか、死亡フラグ諸々を回避、もしくはへし折るため、なんて言えないよな。言った暁には、イッちゃってる人、という大変不名誉な称号がもれなく付くだろうし。
……まあ、この王妃様なら大丈夫な気がしなくもないけど、やめとこう。壁に耳あり障子に目ありなんて言うしね。
「そうですねぇ……まあ私の場合、必要がなくても自分で稼ぎたいので、というのが理由になるでしょうね。元々、刺繍や読書をするよりは、体を動かす方が性に合ってますし。あとは……従者に……ウィルに、追い付きたいから、です。」
「ほう?」
ポロリと、言うつもりがなかった言葉が出て来た。
これは誰にも言うつもりはなかったけど、まあ、いいか。王妃様も興味深そうな顔してるし。
「王妃様がおっしゃったように、ウィルは優秀です。いつか……いえ、ひょっとしたらすぐかもしれませんが、私を置いて、私が到底及ばないような遠い所へ行ってしまうかもしれません。」
「しかし、彼は君の従者なのだろう?」
「そんな事、ウィルにとっては縛りになりません。貴族をはるかに凌ぐ魔力の量と技術、大人顔負けの頭脳、本職に引けをとらない戦闘力。現に、ウィルに目を付けたところから、様々な手紙が来てますよ。対して私は、精々純粋な剣の腕しか勝るところがありません。それも、ウィルが得意とする戦術を取られれば、きっと敗北するでしょう。」
今まで思ってきた事が次々に言葉として紡がれる。
「劣等感なんて、感じた事なかったです。というか、感じる暇もなかった。ただ、彼の隣に立てるだけの資格が欲しいんです。彼は大切な友人であり、相棒みたいな物です。私は彼の前を行きたい訳でも、背中に隠れていたい訳でもない。隣に並んで、一緒に歩いて生きたい。同じ景色を見て、同じ敵に挑んで、同じ感情を分かち合いたいのです。そして胸を張って、ウィルの親友であり相棒だと、言ってみたいんです。」
ずっと、ウィルを見てきて、思っていた。私に、親友で相棒だと言う資格は、あるだろうかと。能力の差は開ききっている。それでもウィルは、立ち止まって私を待っていてくれた。
荷物にはなりたくないと、ウィルが背中を任せられるくらいの力を持ちたいと思うのは、ある意味必然だった。
って、随分喋りすぎたな。
「すみません。長々と。」
「いや、構わない。私としても、君の話を聞けるのは嬉しいからな。ただ……」
王妃様にしては珍しく、難しい顔をしていた。
「どうかしました?」
「いや、何と言うか……似ていないようで、似ているような、似ているようで、似ていないような…。」
「え、何がですか?」
「うーむ、いや、すまない。何でもないんだ。私も、考えるのが少々苦手でね。」
「はぁ……。」
いや、それは知ってるっていうか何となく察してたんだけど……言わなくていいか、うん。
それから、半泣きのお迎えさんが来て、無事帰られたんだけど……何だったんだろ?結局。
ウィルに並々ならぬ想いを持っているレイラですが、恋愛感情は一切持ってないです。
憧れと言うか、ライバルというか、友達というか、という感じですね。
恋愛経験ゼロは、伊達ではありませんよ。




