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五章 五人目の住人

 五章 五人目の住人

 

 

 果たして、ハルはロストを一人で行かせなければよかったと後悔した。あれから一週間も経過したのに、待てどくらせどカギの伝書コウモリカトリーナは戻ってこなかった。

 ロストはどうしてしまったのだろう?掴まってしまったのだろうか?

 それについてはカギも気が気でない様子で、陽もまだ堕ちきっていない時間帯から窓辺に立って、溜息をついては窓の外を。ロストが去った荒野の果てをぼんやり眺めていた。

 

 ハルは、いつものように東の塔の円形の部屋にあるハンモックの上で目覚めた。

 例の如く、カギは窓辺に座ってカトリーナの帰りを待っている。

「まだ、こないんだね?」

「・・・、ああ。」

「今夜も、帰ってこないのかな?」

「どうだろうな?」

 カギはまた、大きな溜息をついて窓の外に視線を向けた。

 その日の空は晴れ渡って、美しく満ちた満月が銀色の光を地上に降り注いでいた。

「やっぱり、人を集めるべきだよ。」

「そうだな。」

 そう答えたカギの声は、この間血を飲んできたにしては生気が無い。

「五人ぽっちで、何が出来るのやら・・・。」

 誰にともなく投げかけられた問い。物憂げなカギの呟きは、誰の返答も無いまま、虚空に消えた。

 それ以前に、ハルはいま何をすべきかすら解らなかった。それはおよそカギも同じようで。おそらくリーチェアの頭の中には、いくつかのプランが立てられているのだろう。

 全ては、ロストが帰ってきてからでなければ、何も始まらない。

 やがて、カギはリーチェアに呼ばれて部屋を出ていった。

 階段を降りてゆく二人をぼんやりと見送ったのち、再びハンモックに戻ったハルは、盛大な溜息と共にごろりと横になった。きっと、この憂鬱はカギから感染したのだと思った。気が付くと、窓の外を。もう見えないロストの背中を見つめていた。

 しかし、不意にカギの言葉が脳裏をよぎった。

「五人ぽっちー。」

 果たして、あたしたちは五人も居ただろうか・・・?

 

 やがて、ハルの足は部屋を抜け出し、広間へと向かっていた。

 どこかの怖い話や都市伝説のような話だが、この世界では何でもありえる。吸血鬼や、鬼の子を目の当たりにして、幽霊にかぎって居ないなんてことは考えにくい。フツウに考えれば、それらの存在はハルにとっての脅威に過ぎないのだが。カギやロスト、リーチェアが仲間である以上。カギが姿名前も知らぬその人物を含めハル達を5人と言った以上、その5人目は仲間であると考えていいのだろう。

 考えがそこまで及ぶ頃には、ハルの中の恐怖心はだいぶ薄れていた。やがて、恐怖は好奇心へと形を変え、ハルの足を突き動かしていた。

 しかし、いわば巨大なお化け屋敷と言っても過言ではないこの城の中で、その一人を探し出すのは至難の業だ。ハルには手当たり次第に足を運ぶことしか思い浮かばなかった。

 そして、ハルは目に付いた地下へと通じる階段を降りていくことにした。

 広間の明かりが届かなくなると、持ってきた手持ちの蝋燭に火をともした。階段は次第に暗さを増し、さらに地下へと下っていく。

 しばらく降りていくと、突き当たりに出て。そこには両開きの古い扉がハルの目前に膚かっていた。一応、ノックをしてみる。

 こんこん・・・。

 心なしか、心細い音がした。

 返事は無い。

 扉を少し、開けてみる。覗いたそこには、漆黒の闇が広がるばかり。床は真紅の地に金色の糸で刺繍が施された高価そうな絨毯が敷き詰められている。どうやらそこは地下広間のようだった。

 ハルは恐る恐る中に足を踏み入れる。

 すると、何者かがハルを四方から取り囲んだ!

 どこまで続いているのか、果てしなく遠くまで何者かの持つ明かりがずらっと並んで揺れている。

「あなた達は、何者?!」

 口をついて出た悲鳴のような問いに、答えは無かった。じっとその場に凍りつくハル。しかし、彼らは何をしてくる気配も無い。

「あなた達は、わたしたちの・・・、リーチェアの仲間なの?」

 ハルはゆっくり歩を進め、広間の中央のあたりまで歩み出ると、彼らもゆっくりと動いているようだった。前方の一人が、ハルの歩に合わせて歩みよってくる。

 そして、蝋燭の放つオレンジ色の光の輪の中に、彼らの顔がぼんやり浮かび上がり。ハルは思わずひっと息を呑んだ。

 彼らハルを取り囲んだのは、蝋燭を手に揃って恐怖に引きつった顔をしたハル自信であった。

 壁は全て鏡張りになっていた。

 高い天井には、三つのシャンデリアが、蝋燭の淡い光をおびて。無数のハル各々の世界の頭上でキラキラと輝いていた。

 今までの一人芝居に一人赤面し。どうやら、ここには何も無いようだとさとったハルは、震える溜息を一つついて。反射に反射を重ねて増量したハル達は、やはり揃って地下広間を後にした。

 そして、地下広間はまた闇一色の空間に戻った。

 それからハルは、自分の部屋がある東の塔を除く三つの塔にも登ったが、そこに異常は見られなかった。

 しかし、探す場所ならこの広い城の中、いくらでもある。先は長そうだ。そのころようやくハルは気が付いた。何も、カギはこの城の中に五人目が居るなんてことは言っていない。もしかしたら、ロストのようにどこかに出払っている可能性だってあるはず。もしかしたら、今自分がしている行為は無駄でしかないのではないか?そう思い始めたところで、ハルの探索が終わりになる事はなかった。

 好奇心の赴くままに、ハルは階段を駆け上がる。

 広間を登り、ニ階、三階とくまなく部屋を探索してまわった。やがて夜もすっかりふけた頃、ハルの探索は最上階へと達した。そして、ひと際大きな両開きの扉にたどり着いた。扉の向こうには、三つ目の広間があった。

 どうやらここは物置になっているらしい。ハルは広間に足を踏み入れるなり、一つの確信を抱いた。

 ここに、誰か居る。

 広間の奥に設えられた部屋に、明かりが灯っていた。

 部屋の中に踏み入るハル。石畳のゴツゴツした床には、他の部屋には見られなかったシミや汚れが目立った。その壁面には、客室とはまた違った鉄の扉が並んでいる。鉄格子つきの小さな覗き窓。   

 それは、さながら牢のように無機質で。

 その時、一番奥の扉から誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。まさか、ホントのほんとに幽霊出現か?不意に湧き上がった恐怖を頭の中から閉め出して。ハルは勇気を奮い立たせるように咳払いを一つついて声をだした。

「・・・誰か、居るの?」

 その声は、思いのほかはっきりとして強く、その部屋に僅かの余韻を残して消えた。

 すると、パッタリすすり泣く声がやみ、ずりずりという衣擦れの音、続いて金属の鎖がじゃらりと冷たい音を立てた。そして、小さな覗き窓の格子に傷だらけの血で汚れた両の手がかけられ、ぬっとその人物が顔を覗かせた。

「きみは、だれ?」

 震えた声。彼は何かにおびえているようだった。

 顔を出したのは、ハルより少し年上らしい青年だった。彼はいつからここに閉じ込められていたのかすっかりやつれはて、顔面にも無数の引っかき傷を作っていた。

「・・・、だれ?」

 繰り返される問いかけ。動揺に固まっていたハルは、それでようやく自分を取り戻した。

「あ・・・、あたしは、ハル。あなたが何人目にここに来たのかは解らないけれど、安心して。あたしもリーチェアの仲間よ!!」

「ウィンディアのお姫様?!あいつら、ホントに、さらってきたんだ・・・。僕はザークス。僕もカギに連れてこられたんだけど・・・。」

「まあ、カギが?!なんてコトをするのかしら?見損なったわ!!」

「いや、仕方ないことなんだよ・・・。」

 ザークスは力ない声でそういった。

 しかし、ハルの想像が及ぶには、カギがこんなことをする訳など一つしか考えられなかった。おそらく、得物が居ない時の水筒代わりといったところか?きっと、夜な夜な彼はカギに血を吸われているのだろう。それを思うと、ハルの中に言い知れない怒りがこみ上げてきた。

「吸血鬼・・・、なんて野蛮な種族!」

「いや、そういうことじゃなくって・・・。」

「あなた、何か悪いことでもしたっていうの?」

「そうでもないんだけど・・・、」

「あなたを食い物にするつもりなのよ!本当に、野蛮な種族!」

 ハルは皮肉をこめてそう言い放つと、こんどは何とかしてザークスをここから連れ出すことは出来ないものか?と考えをめぐらせ始めた。しかし、それについてはそれほど考えるまでもなく容易に見つけ出すことが出来た。

「なによ、鍵があるじゃない!もっと早く気付くべきだったわ。」

 それは、ハルが入ってきた入り口のすぐ脇の壁にぶら下がっていた。

「今すぐに、ここから出してあげるから!」

 そう言うなり、ハルは鍵の束を手に取り、一つずつ順番にザークスの牢に合う鍵を探していた。そして、鍵も14個目に達した時、カチャリという小気味よい音を立てて錠は外れた。

「開いたわよ!・・・、ザークス?」

 ハルは、重い鉄の扉を引いた。部屋の中は、粗末な椅子と机、ベッドと、ぼろぼろの毛布が一枚あるだけだった。その中で、ザークスは奥の壁にもたれて座っていた。

「ひどいところね?」

 ハルは続いてザークスの足かせを解除した。

 しかし、ザークスは壁にもたれ座り込んだまま動こうとはしなかった。

 ハルは立ち上がり、壁についた無数の爪痕を指でなぞりながら、躊躇するザークスを見やった。

「よっぽどここから出たかったんじゃなくて?」

「ありがとう、ハル。でも・・・、そんなことしたら三人に怒られちゃうよ?」

「怒るのはあたし達でしょう!」

「さあ、いくわよ!」と、ハルは半ば強引に手を引いて、ザークスを牢から連れ出したのだった。

 あらためてザークスの全体像を眺めると、奴隷のようなぼろきれ同然の服をまとい、その露出した肌には、よっぽどひどい仕打ちを受けていたのだろう生々しい傷跡が見え隠れしている。

「もう、大丈夫だからね!」

 勇気付けるハルに、ザークスは少し困ったような表情を投げかけただけだった。

 牢を出てからというもの、埃の積もった家具達の脇をすり抜けながら、ハルはなおもザークスの手を引いて歩き続けていた。

「やっぱり、戻ろうよ・・・、」

 ザークスは、先程からそれしか言わなくなっていた。

「いいから、あたしに任せて!あなたを自由にしてあげるんだから!」

 そんなやり取りの繰り返しに、少し苛立ちを覚え始めたハルだったが。カギたちに何をされるかわからないと思うと、こうなってしまうのも仕方ないことなのだろう。彼は、おびえているだけなのだ。

 それにしても、物置にしては広すぎるこの広間。やがて牢の明かりも届かなくなり、足元がおぼつかなくなってきたハルは、ポケットからマッチを取り出すと、再び蝋燭に火を灯した。

「は・・・、ハル・・・、」

「だから、大丈夫だってさっきから・・・!!」

「う、ううう・・・あああああっ!」

「?!!!」

 突如ザークスの様子が急変した。激しいうめき声を上げてじたばたと身悶え始めたのだ。

「ザークス、どうしたの?大丈夫?ねえ、ザークス!!」

 ハルの必死の呼びかけに、ザークスの応答はない。このまま死んでしまうのではないか?という勢いでもだえているザークスを前に、ハルはすっかり動揺をきたし、ただ立ち尽くしている。

「どうしよう?!」

 不意に視界に入った開けっ放しの扉から、広間へ通じる廊下。そしてようやく誰かに助けを求めようという考えに至った。

 一刻の猶予もない。ハルの足は、広間に向かってひとりでに駆けだしていた。

「待っててザークス、今誰か呼んで来るかr――!!」

 振り向きざまザークスに視線を戻したハルは、ぎょっとして思わずその場に凍りついてしまった。

 闇の中、黄色い残酷な眼光が凍りついたハルの姿を捉えている。

 今、ハルの目前。至近距離にいるのは、毛深い剛毛に身を包み、鋭い鉤爪、恐ろしい牙をむきだしにしたおぞましい獣。それは、他でもない、狼。うめき声は唸りへと変わり、今にもハルに襲い掛かろうと身構えている。

 何ということだ、ザークスは獰猛な狼男だったのだ!!





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