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四章 怪物たちの主

 四章 怪物たちの主


 

 コツ、コツ。と、リーチェアのヒールの音。

 彼らこそが、いわゆる魑魅魍魎というに相応しい存在なのだろう。ロストは傍目からして鬼の子。そして、カギは吸血鬼だったのだ。

「大丈夫、彼らは私の番犬よ。あなたに危害を加えるような事はさせないわ。」

 リーチェアはそう言って、ゆっくりと歩を進めながら広間の端に立ち尽くすカギを見やった。

「す・・・、すまない。」

 カギが視線をそらせつつ、ボソリと呟くように言ったのが聞こえた。

「そんな、あたしこそ。ごめんなさい・・・、」

 ハルの発した言葉は、消え入るように小さくなっていった。それは、少なからず抱いた吸血鬼への恐怖心から来たものだった。リーチェアはそれを察したらしく、その冷たい口元に微がうかんだ。

「・・・まあ、そういう私も貴女から見ればフツウじゃないのでしょうけれどねぇ?」

 ぎょっとしたハルの顔を見て、再び満足げな微笑を浮かべたリーチェアに、ハルはどうにも好意を持てる気がしなかった。

「まあ、仕方の無いことね。わたし達がこうして集ったのは、いわば運命的とも言える事よ。」

 リーチェアの涼しい声には、どこかハルをあざ笑うかのようなおどけた響きがあった。

「私達も、おそらくは貴女のように。あちらの世界からこちらの世界に移された身なのでしょうね?」

 ポツリと呟くような彼女の声。何時しかリーチェアの足は止まっていた。

 そして、天昇高く。月明かりをすかして幻想的な蒼に輝くステンドグラスを見上げながら、リーチェアは続けた。

「けれど、わたし達は前の世界の記憶を失ってしまったわ。そして、書き換えられた記憶と共に、いつの間にかこの世界に生きている。」

「いったい、私達はどこから来たのかしらね?」というリーチェアの問いに、ハルは答える余地も無かった。

「あ、あの。みなさんはいったい何をしようとしているんですか?」

 やっとの思いで声を発したハルの問いに、リーチェアは振り向いた。その瞳はどこか悲しみを湛えているように見えた。

「貴女には改竄されていない記憶が在るわ。」

「・・・、?」

「この世界は・・・、」

 声を発したのは、カギだった。

「この世界は、いわば人の想像が作り出した架空の現実世界。そして、その創造主がかのフローリアの王子、バースリッジなのだ。」

「なにそれ?ここはあの王子様の夢の中だってこと?」

「夢、か。それならまだマシではないか。いずれ目覚めるときが来よう?」

 カギの微笑。その口元に、おぞましい犬歯が覗いた。

 いくら現実離れした事でも、目前にした吸血鬼の口から発せられてしまうと思わず納得せざるを得ない。それだけに、ハルはよけいに恐ろしくなった。

「此処はバースリッジが創造した偽りの世界。しかし、この世界に生きる全ての者から真の記憶が失われれば、偽りも真となろう?」

 ハルは背筋がぞっとするのを感じた。

「あたし、記憶を消されちゃうところだったの?」

「それだけじゃないさ。きっと籠の鳥にされて外にも出してもらえなくなってたかもしれないね。」

 「ほんと、あぶないところだったな!」と、ロスとが笑いかけてきた。ハルとしては、まったく笑い事ではない。

「コレが何を意味しているのかお解りかしら?」

 リーチェアが探るような眼でハルをみやる。ハルはその視線にすこしどきまぎしながら、がんばって頭を働かせた。

 バースリッジがハルの記憶を削除しようと躍起になる理由として思いつくこと。おそらく、ハルの持つ元の世界の記憶がこの世界に何かしらの影響を及ぼす可能性があるからなのだろう。それは、バースリッジにとって不利益なこと。そしてその術は、ハルの手の届く範囲に在る。でなければ、わざわざ誓約結婚だなんだと面倒臭い段階を踏んでまで記憶を削除しようなんてことはしないだろう。領土を広げたいのなら、もっと他にも豪族は居るはずだ。

「・・・ようは、あたしがこの記憶で何かをすれば、この世界はバースリッジにとって不利益な方向に動く・・・ってこと、かな?」

「不利益も不利益。貴女の記憶はこの世界を元に戻すための、いわば鍵のようなものよ。」

 それが事実なら、おそらくバースリッジ本人も、ハルと同じく真の世界の記憶を持ち続けている人間の一人なのだろう。あの世界によっぽど嫌気が差していたのかもしれない。ハルの家にあったテレビは、連日朝っぱらから気のめいるようなニュースばかりを映していた。例えばなんらかの事件、事故の当事者であったり、家庭に事情があったり。あるいは心に闇を抱くような人種にとっては、お世辞にも住み心地のよい世界であったとはいえないだろう。

「・・・なるほど、よくわかったわ。」

 ハルは頭の中を整理しながら、慎重に言葉を続けた。

「要するに、えーと・・・バースリッジはこの世界を壊されたくないからあたしを狙っていて。リーチェアさんたちはこの世界を元に戻すためにあたしをさらってきた。そういうことね?」

「ご名答!!って、さらっただなんて人聞きわるいなぁ。救出したって言ってもらいたいね!」

「だってまるでアニメの一場面みたいだったじゃない!「白馬の王子、只今参上!」だったかな?」

「う、うるさいな!」

 ロストが今更恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「そ、それに。これから俺たちはバースリッジを討ち取って世界の創造権をハルのものにしなくちゃいけないんだぞ。」

「討ち取る?・・・、殺すってこと?」

「つまりは、そういうことになる。想像し創造するための脳がバースリッジの命と共にある以上、そうせざるを得ないだろう。言って考えを変えてくれるものなら、面倒は無いのだ。そんなことを実現させてしまう石の製作者、ニコル=サーダと言う錬金術師がバースリッジの背後に居る。その者も捕えて、創造権の移動の方法を聞きださねばならない。」

 打って変わって、カギの口調は重苦しかった。

 単に殺すといったところで、そこらへんのチンピラ一人殺すのとはわけが違う。相手は一王国の王子なのだ。戦うとなれば、無論軍隊が動いてくる。確かにカギもロストも強いが、王国の軍事力相手に叶うとは到底思えなかった。

「軍隊とやりあうなんて、いくらあなた達でも無理だと思うんだけど・・・。」

「そうね、無理だわ。」

 リーチェアのあまりにもあっさりとした答えに、ハルは拍子抜けしてしまった。

「え?」

「いくら無能な人間ごときが相手でもね。弱い虫けらどもは数にものを言わせてくるものよ。まさに、そのとおりだわ。おまけに、実際に相手にするのは人間そのものではなく、人間があやつる鉄のおもちゃ。厄介なことに、背後には魔術師達も控えているはず。一筋縄にはいかないでしょうね?」

「じゃあ、どうするの?」

「スパイ作戦よ!」

 リーチェアの瞳が悪戯っぽく光った。

「まずは敵の懐に潜入して情報を得ることが先決。行ってくれるかしら?ロスト?」

「え、オレが?」

 急の名指しにロスとは驚いて、リーチェアからカギに、そしてハルにと視線を走らせる。

 「わかるわね?」と念を押されて、ロストは観念したようだった。

「けど、見つかったら大変だよ?敵の巣の中に一人で乗り込むなんて・・・。」

「大丈夫だよ、ハル。オレはそんなへましないからさ!角なら、ほら。消せるんだぜ?」

 そう言って、ロスとは頭上に伸びる二本の角を消して見せた。

「髪は、適当に染めればいいだろ?」

「それじゃあ決定ね。早速、明日には決行に移しましょう。」

 何の躊躇もなく、そんな決定を下したリーチェアの無情さに、ハルは青ざめた。

 この城ではリーチェアが全ての中心だった。そして、絶対の決定権を持っているのもまた、彼女だった。


 それからロストは明日から始まる昼の生活に体内リズムを合わせるため、「もう一眠りする」と言い残し、西北の間へと行ってしまい。カギは「喉が渇いた」と言って、夜の街へと出ていった。

 吸血鬼の喉の渇きについて、カギが夜の街へ何をしに行ったのか。それは考えずとも想像のつくことだが、ハルはあえて何も干渉することは無かった。

 ここでは、少なくとも彼らにしてみれば、日常に行われている普通のことなのだ。

 しかし、しかし。そうとは解っているものの、一度湧き上がった彼らへの嫌悪感は消えることは無かった。


 翌朝。星もまだ煌く、朝焼け前の暗い空の下。ロストは城を出て行った。

 この三人の中で、人間のものではないにせよ唯一暖かい血がめぐっていると思えたロストが去ることに、ハルは少なからず心細い気持ちになった。それ以上に、ハルは、ロストに会えるのがコレで最後なのではないか?と思うと切なくなったが。ハルの心情とは裏腹に、ロストは意気揚々と城を去っていってしまった。

 城門に並んで見送っていた中から、あっさりと身を引いたのはやはりリーチェアだった。

「外は寒いわ、中に入って温まりましょう、ハル?・・・カギも、陽が登るわよ?」

「ああ。・・・、姫も、さあ戻りましょう。」

「うん・・・。」

 口を付いたのは気の無い返事。返事こそしたものの、ハルの足は一向に動くことは無かった。


「ロストにカトリーナを持たせた。じきに返事がかえってくるだろう。」

 とっくに誰もいないと思った背後から声がしたことに驚き、振り返るとそこにはカギがいた。

「あなたのゲテモノ好きもたまには役に立つじゃないの?」

 その後ろに、黒いマントを手にしたリーチェアが城からこちらに歩いてくるのが見える。

「ここに居るのもいいけれど、風邪引かないようにね?アナタも、灰に還らないように!」

 そう言って、カギにローブを纏わせ、フードをぐいと目深に引き下げた。続いてハルの肩にも毛糸のカーディガンを羽織らせてくれる。

 暖かくて、ほのかにバラの香りがする。

 結局ハルたちは、ロストが米粒ほどまで小さくなって、地平の果て、荒野を駆け抜けた砂塵にかすれて消えるまでその背中を見送ったのだった。





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