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三章 魔女の城

 三章 魔女の城

 

 

 ハルはカギに抱えられ、屋根から屋根へ跳びながら街外れの城壁までたどり着いた。

 この街カステルワールは、城を中心にぐるりと城壁に囲まれていた。出入口となる4つの門は、おそらくすでに兵士達に固められていることだろう。

「この壁、どうするの?」

 すると、ハルはゆっくり降ろされた。

 久々の、地面。

「しっかり捕まって。」

 そう言われ、ハルはカギの背におぶさると、カギの首に腕をしっかり巻きつけた。

 なんと、カギはその状態で城壁を登り始めたのだった。さながら蜘蛛のように。爪を立てて、ザクザクと結構な速さで登って行く。気がつけばあっという間に地面から遠く離れていた。

 …手を放したら、落ちる。

 無論、ロッククライミングなど、未経験だ。ハルは必死でしがみついていた。すぐ下には、ロストの銀色の髪が揺れている。

 下を見ていたハルは、不意にロストと目が合った。しかし、ロストがそわそわと視線を反らせる。

 やがて、ハルは自分がまだウエディングドレスを着ている事に気付き、カッと顔が熱くなるのを感じた。

 下から丸見えではないか!

「ちょっと、見ないでよ!」

 すると、下から「ごめん!」という声が聞こえてきた。

 そうこうしているうちに、城壁の上に到達し、ハルはカギの背から降ろされた。

「すまない…」

 カギはそう言いながら、続いて壁を登り切ってきたロストをジロと一瞥したのを、ハルは目撃した。

「だから、ゴメンって!」

 カギの冷たい視線を避けるように、ロストの視線は泳いでいた。そんなロストの動揺が可笑しくて、ハルは思わず笑っていた。

「もういいよ、許してあげる!」

「ちぇ、カッコわりぃの…。あ、俺の名は…」

「ロストでしょ?カギから聞いたよ。」

 今度はロストがカギを一瞥する番だった。しかし、カギは涼しい顔でそれを受け流している。

「ちぇっ、カッコわりぃのっ!」

 ロストが小声で繰り返した。

 城壁の上から眺める街は、ひっそりと眠りについていて。とても一騒動起こっているとは思えない。闇に包まれた街の中心に尖塔の黒いシルエットが天をついている。そこから少し離れて、いまだ明かりが燈っている建物が、先程までハル達が居たザリーナ大聖堂だ。

 ハルは、その明かりを眺めながらスージーの事を思った。

 眠りにつく街の中にポツンと明かりが燈るザリーナ大聖堂が、おそらくはいまだ眠れずにいるであろうスージーの姿と重なる。とても優しくしてくれたのに、何も言えなかった事が悔やまれる。きっと、とても心配している事だろう…。

 「さて、と!」

 ロストが服を掃うと、取り直して口を開いた。

「安心してよね。俺達ハルの味方だからさ。今からリーチェアっていう魔女の屋敷にハルを連れていく。あの海岸の辺りに在るんだ。」

 ロストが指差すその先には、闇が広がっているばかりで、陸と海と空の堺がすっかり同化していた。闇を辿ると、いつの間にか空に到達している。あと数日もすれば満たされるであろう月がみなもに映り、まるで月が二つ浮かんでいるように見えた。

「さて、急がねば。陽が昇る・・・。」

 そう言われて再びカギに抱き抱えられたハルだったが、あることに気付いた時にはもう遅かった。

「あっ、ちょ…まっ―!」

 ハルが声を上げるより早く、カギの足は壁を放れていた―。

 絶句!!

 数秒後には地上に降り立っていたものの、その数秒間はハルにとって途方もなく長かった。

 カギは着地を失敗する事さえ無かったが。ハルの心臓は耳元で、早鐘の如く、いつまでも鳴り続けていた…。

 首に巻かれた腕に力が入っているのを感じたらしい。「そういえば…」とでも言うようにチラリとこちらを見つめている。ハルは、そんなカギの目とかち合った。

「姫、お怪我は…?」

「…、心臓が、止まるかと、思ったわ!」

「それはそれは…お赦しを―。」

 今度は、丁重に地面に降ろされたハル。足の裏に感じる土の感触がとても愛しく思えた。

 さて、これからどうやってあんな遠くまで行くのだろう?

 周囲を見渡すと、ハル達の位置からほど近い場所に2頭の獣の姿が目についた。

 ハルがぼうっとしている間に、二人はその獣に近づいていく。

「えーっと、この怪獣は…?」

「あぁ、こやつらはクルットといって。よく走ってくれる。」

 カギが、ほとんど闇に溶け込んでしまうほどの黒毛のクルットの頭を「あー。こらこら!」と、あたかも乗馬用の馬でもあやすかのような手つきで撫でている。はたまたロストの方を見やると、カギのとは対象的にぼんやり浮いて見えるほどだから、おそらく純白のクルットか。ロスとはすでに跨がっていて、こちらに歩いてきた。

 どうやら、ハルもこの獣に跨がる事になるらしい。カギやロストが扱っているのを見る限り、そんなに危ない生き物には見えないけれど。少なくとも見えないだけで、想像以上に凶暴で危険な生物であろうことはその口元からのぞく大きな牙から容易に想像ができた。

 そんな事を察しているそばで、カギが黒クルットに跨がった。

 「さぁ」と、手を指しのベられる。

 握り返したものの躊躇していると、カギがそれを察してその手をそっと引いた。

「初めて、のようだが。怖がる事はない。しっかり捕まっていて。」

 ハルはクルットの上に引っ張り上げられると、カギの前に跨がり、鞍にしっかり捕まった。

 

 三人はカステルワールの街を後にした。

 西の空が明るみ始めた頃、ハル達一行は海岸沿いを走っていた。前方は切り立った崖の先端に、魔女の城が尖塔の黒いシルエットを月明りに浮かべている。まるで、ホラー映画の中にでも入り込んでしまったような心持ち。

 

 ほとんど明け方近く。ハル達はその岬にたどり着き、いよいよ城門を潜った。昼の城があのウィンディア城なら、このリーチェアという魔女の城はまさしく夜の城といえるだろう。明け方近くの薄暗い岬にたたずむその城は、不気味なものだった。

 門の裏手にクルットを繋ぎ、いよいよ城内へ。両開きの大きな扉を、カギはいとも容易く開いてしまった。

 シャンデリアの暗い明かりが揺れる玄関ホールの赤黒い絨毯の上を横切って。連れて行かれたのは西の塔。ハルは最上階に位置する部屋を一つ与えられることになった。

 岩肌のブロック壁に囲まれた円形の空間に、大きめの四角い窓からは朝日が差している。高価そうな円形の絨毯は、落ち着いた色合いの真紅。部屋の隅にはハンモックが。そして、小さな木製のテーブルと、椅子が一つずつ部屋の隅に置かれている。

「ま、しばらくゆっくりしていると良いよ。おなかも空いただろ?」

 そして、新たにロストの手によって、小ぶりの白いパンが詰まったバスケットと、木苺のジャム、湯気の立ち上る暖かいミルクのポットとマグカップがテーブルの上に加わった。

「朝ごはんだ」

 ハルの緊張は、それで一気にほぐれたようで。思わず笑みがこぼれた。

「・・・さて、わたしも地下に戻って眠りに着くとしようか・・・。」

 やがてカギが姿を消し。ロストもハルに女物の部屋着を手渡すと「お休みなさい」を言って部屋を出て行った。

 部屋に一人取り残されたハルは、まず窮屈なドレスを脱ぎ、部屋着に着替えた。それからやっと落ち着いて暖かいミルクを口にすると、急に強烈な眠気が襲ってきた。体が疲れている。一度にたくさんのことが起こりすぎたのだ。ハルの頭は今だに混乱をきたしていたのだが、ここは安全な場所であるという何の根拠も無い確信だけはあった。今は、まずゆっくり休むことが先決だ。

 食事を済ませると、ハルはハンモックの上に横たわり、窓の外を眺めた。

 金色の光が、荒野を満たしてゆく。東の空はまだ薄暗いが、広大な荒野のはるか向こうに見えるウィンディアはカステルワールの町や城は、新しい光の中で朝を迎えていた。

 自分は何処に居るべきなのだろう?ここまできてしまったが、果たしてカギやロスト、リーチェアという魔女のことを鵜呑みに信じても良かったのだろうか?まあ、今更そんなことを考えたところで、すでに巣の中。どうにもならないのだが。

 ハルは、この先何が自分を待ち受けているのかと思うと、途方も無く真っ暗な気持ちになった。希望はまず抱けるような状態ではない。どうすれば元の世界に帰る事が出来るかという、ハルにとって最大の問題も当分解決しそうには無かった。考えれば考えるほど、考えるべきことが増えていくような気がした。少なくとも、リーチェアという魔女は何かを知っている。

 ハルは盛大な溜息をつくと、それっきり考えることを放棄した。今は、とりあえずぐっすり眠りたい。知らない世界に突然紛れ込んで、こんな騒動に巻き込まれながらも、今夜の宿と食べるものにありつけるという奇跡に感謝しようではないか。それに、もしかしたら自分の家で目覚められるかもしれない。

 そんな期待を胸に、ハルの意識は深い深い闇の中に沈んでいった。

 

 翌朝、ハルは目覚めた。しかし、そこは塔の上にある円形の部屋のハンモックの上だった。そして、ハルは窓の外を見て初めて今は夜である事に気がついた。此処に時計は無かったが、おそらくは眠りに着いたのが朝としても、有に十時間以上は眠っていたことになる。

 ハルはとりあえず塔を降りて大広間に出た。しかし、誰も居ない。そういえば、カギが地下室にいるといっていたはず。ハルは広間をぐるりと見渡すと、下に伸びる階段を見つけ、降りていった。

 狭くて暗い廊下。明かりは、一つだけ在る松明。天井で何かが蠢いているものがある。おそるおそる眼を凝らすと、それが無数のコウモリであることが解った。先ほどから何かを踏んでいるような感触がするのは、おそらくこのコウモリたちのフンや死骸なのだろう。

 思わず、足が止まる。気味が悪い。

 しかし、こんな所で立ち止まって居たくは無い。そして、一人で居るのも嫌だった。

 廊下の突き当たりに鉄の扉が一つある。カギはきっとここに居るのだろう。

 ハルはカギの名を呼びながら、扉を開けた。扉に鍵はかかっていなかった。中は真っ暗で、何も見えない。が、開いた扉から廊下の松明の明かりが差し込んで、その長方形の明るい部分に在るモノが横たわっている。

 それは、黒い木製の棺だった。

 その上に、ハルの長く伸びたシルエットが重なっている。

「カギ・・・、居るの?」

 此処は死体の保管庫なのだろうか?どうやら部屋を間違えたらしい。こんな大きな城なのだから、地下室が一つしかないはずは無いではないか・・・。

「・・・カギ?」

 とにかく、誰かに一緒に居てもらいたかった。

 すると、ゴト!という物音と共に棺の蓋がずりずりと開いた。

「―ッ!きゃーっ!」

 ハルは踵を返して一目散に走った。何を踏もうがお構いなしに、暗い廊下を、コウモリの群れの下を駆け抜けた。ハルの頭の中では、あの棺の中からぐちゃぐちゃのゾンビが這い出て、今にもハルの後を追いかけてくる。あるいは、朽ちかけたミイラかもしれない!

 一段抜かしで階段を駆け上がる。あと少しで出口。

 広間に出られる!

 と、思ったその時。出口から差し込む四角い光の中に、何者ものかのシルエットがあった。

 ロスト?・・・いや、違う。

 近付くにつれ、それがドレスを着た女性であることがわかってきた。ハルの足は女性の前まで来るとおのずと止まり。ハルは逆光に目を細めながら彼女を見上げた。

 彼女もまた、暗がりの中に居るハルを眼を凝らしてしげしげと眺めているようだった。やがて女性がハルのことを認識すると、間もなくしてハルの頭上から少しきつい調子の声が降ってきた。

「ウィンディアのハル姫というのは、あなたのことかしら?」




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