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二章 花嫁の失踪

 二章 花嫁の失踪


 

 ハルは純白のドレスに身を包み、薔薇のブーケを抱いて、今まさに式場はザリーナ大聖堂へ向かっていた。大型の美しい装飾が施された馬車は、双子通りをゆっくり走る。人々が道の両端に詰め寄せている中、城の兵士達は警備に当たり、その空からは鳥使い達が花びらのシャワーを浴びせていた。

 そんな中、民衆の歓声に半場カーテンの後ろに隠れていたハルだったが。同車しているスージーに促され、やむなく窓から顔を出して笑顔で手を振りながらその祝福に答える事になった。

 夕方晩く、馬車はようやくザリーナ大聖堂に到着した。

 大聖堂は、至る所カラフルなステンドグラスに彩られ、幻想的に光り輝いていた。大聖堂前の広場には、おそらく国中の人々が詰め寄せているのだろう。それこそ、大勢の民衆がハルの婚約を祝福しに集まっていた。

 人の波が及ばない池。その中央は双子の噴水の像が、ぽつんと二人だけ孤立しているように見える。

 程なくして、馬車が停車した。

 ハルは馬車を降りるなり、民衆達の歓声に包まれた。その狂信的とも思える忠誠心に圧倒されながら、ハルは笑顔を張り付けて聖堂への階段を登る。

 堂内は外にもまして人が溢れていた。

 馬車を降りてから堂内の一室で親族と合流したハル。お妃様や国王陛下、妹に当たる姫君が、各々ハルに祝辞を述べる。それは、王族階級など無縁とも思われる。家族水入らず、最後の団欒といったところで。

 お母さんが涙を浮かべてハルを抱きしめ、頬にキスをくれる。それに対するハルの心情には温度差が生じており。本来ならば、これは本物の“姫”が受けるべき愛である。それについて少なからず後ろめたさを感じながら、彼らの娘を、あるいは姉を演じるハルだった。

 やがて使いが部屋に式の開始を告げに訪れ、ハル達は本堂へと向かった。花の冠を被った可愛らしい少女達が、ハルのドレスの端を持ってくれる。

 やがて本堂にたどり着く。

 そして、扉が開かれると共に、ファンファーレを掻き消す程の大歓声が堂内から湧き上がった。場違いだと思いつつ、さながらビックリ箱を連想しながら。ハルは一行と共に、民衆の波をかのモーゼの伝説のように、人の波を二つに隔てている道を祭壇に向かって歩いて行く。

 祭壇上にはフローリアの王子こと、間もなくハルの夫になろうとしているかのバースリッジ王子が既に登壇していた。身長は、それほど高くは無いが、少なくともハルよりは数センチありそうだ。それとも、ヒールが高めの靴を掃いているからか。あるいは彼の頭上に鎮座している王冠がそう見せているだけだろうか?顔の方はというと、けして不細工では無い。細面の輪郭に、やたら整ったパーツが所定の位置にくっついている。美男子といえば、確かにそうだが。外見に差し支えない程度につり上がった目尻と稟としたブルーの瞳は、彼の高慢さやプライドの高さを表しているようで。彼を少しばかり大きく見せる由縁はそこにあるように思われた。もしも同じクラスにこんな男子がいたら、少なくともハルからは話しかけたりしない類いのタイプだ。

 彼は、どこか近寄り難いオーラを放っていた。

 今更「嫌だ」と言っても、後戻りは出来ない。ハルには到底想像もつかない大きなものが、逃げ道さえも遮っている。

 ハルの背後で扉が閉められた。

 それはまさに、あらがい様も無い、宿命とも言えるべきものだった。

 

 ハルが登壇すると、いよいよ式が開始された。

 様々な祝辞は、卒業式やら何やら。そんな類いのものを思わせるほどに退屈なものだったが。今、ハルの気持ちは、そんな事も意に介さないほど、暗く沈んでいた。

 そして、いよいよ二人、契りを交わす時が来た。

 この場で、「夫と共にあらゆる苦難を乗り越え云々…」といった契りが交わされる事は、無い。契りは、互いの血印で行われる。王族の婚約に必要な誓約書に、薬指の先に十字の傷を付け、その血をもって印をする事によって、この婚礼の儀における誓約が完了する。その血印が押された瞬間から二人は結ばれるわけだが…。

 まるで、時間の流れが変わったようだった。この世界に着てからというもの、驚くほど時は淡々と流れていった。それが、急にゆっくりと、おそく感じられるのだった。

 祭壇の上に捧げ、聖水によって清められたナイフが法王の手からバースリッジに手渡される。そして、台の上には例の誓約書が広げられた。

 両者の間に愛情のカケラも無いことは明白。

 そんなことお構い無しに、自らの指にナイフを突き立てるバースリッジ。

 ハルは、その瞬間彼が見せた不適な笑みを見逃さなかった。この婚約の裏に在る何かを、ハルは垣間見たような気がした。

 バースリッジが誓約書にしっかりと血印を押したのを見届けると、法王によってその傷口に綿が貼られ、ナイフが消毒された。

 そして、ついにナイフはハルの手の中に渡って来た。

 ハルはその鋭い刃先を見つめると、とても自分の指を傷つける勇気が失せてしまう。現状はともあれ、仮にも絵を描き、ピアノを弾く指だ。大事にしたい。

 血印を押しかねているハルに、バースリッジの視線が注がれた。その刺さるような視線を感じながら、ハルは神様を呪った。しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 ハルは意を決して、深呼吸。

 その後、ナイフを握り直すと、いざ薬指に刃先を突き立てる…。

 ガシャーン!

 

 瞬間、青銅内は混乱と絶叫に包まれた。

 結婚式にしては場違いな大音量と共に、聖堂で一番大きな天井のステンドグラスが盛大に割られ。色とりどりに煌めく破片が堂内に詰め寄せた人々の頭上にバラバラと降って来たのだ!

 そして、壇上に二つの影が降り立ち、そのうちの一人と目がかち合う。

「白馬の王子様、只今参上っと!」

 銀の髪色をした青年が、ふざけた調子でハルに向かって言った。しかし、その青年が普通の人間でない事は、ハルの目にも一目瞭然だった。

「お…鬼だっ!」

 ハルが口にするまでもなく、民衆の中から悲鳴があがった。青年の豊かな銀の髪の間から、二本。天に向かって長い角が生えている。

 いよいよ主要人物が勢揃いした壇上。その下で、堂内は大パニックに陥っていた。中には、落ちて来た破片で怪我をした人もいる。さらには、皆が皆一つしか無い扉に殺到したために、それでまた怪我人あるいは死人を出していた。そんな事はおかまいなしに、このおめでたい喜劇は続行するらしい…。

「キサマら…!」

 バースリッジが悪態をつくのが聞こえた。

「姫、早く血印を!」

 怒気を孕んで向けられたその言葉に、ハルは圧倒されて動けなかった。状況が状況ではあるのだが…。何をこの王子は焦っているのだ?ハルにはそれが不審に思えた。

 ハルがそんな思考を巡らせたのは、ほんのつかの間の事で。しかし、気付いた時にはハルの手からナイフはもう一人の男によって奪い取られていた。

「そうはさせん…」

 この一部始終を物影から見ていた法王が、精一杯の勇気を奮い立たせてこの男に言い放つ。

「こ…、ここは、聖地ですぞ!!このような凶行、神は許されぬ!!」

「おいぼれが、いい度胸だ!」

 男の眼には、明らかな嫌悪が現れていた。それが、この一人の老人に向けられたものなのか、それとも老人の信仰の中にいる神に向けられたものなのかは定かでないが。

 男は二人を一瞥すると、祭壇に掲げられた光りのシンボルに向け、ナイフを放ったが、それが見事中心の宝石を砕いた事を男が見届ける事は無かった。

 瞬間、ハルは男に抱えられて高く跳んでいた。

 どうやら、この男も普通の人間ではないらしい。

「ハンター!」

 バースリッジの呼びかけに、城の兵士とはまた別の、ボーガンを構えた部隊が聖堂内になだれ込んでくる。

 果たしてハルの存在を意に介さぬように、銀色の矢が次々と放たれた。

 ハルは、この矢はおそらく男にはもちろん自分にも向けて放たれているのだと察した。

 しかし、その時にはすでに男と二人、二階はバルコニーの影に降りたっていた。

「ここなら、矢は届くまい。」

「あなた、だれ?…ですか…」

 おもむろに口を開いたハルに、男はチラリと視線を向ける。またしても彼の頭上に「?」マークが見えたような気がした(スージーの頭上にみえたそれと同じもの!)。

 あるいは「!」マークなのかもしれない。少し困惑したような、その視線は、やがて少し悲しげな色に変わり…。

「あなたの服従者とでも言っておこうか…」という、暗い声が続いた。

「カギだ。あやつはロスト。リーチェアの命であなたを助けに来た。」

 カギと名乗る男は、下の様子を窺うと、パチンと指を鳴らした。すると、割れたステンドグラスの穴から無数のコウモリの大群がなだれ込んできて、兵士やボーガン部隊を襲い始めた。

 つかの間、矢の雨が止む。

「カギ、行くぞ!」

 コウモリ騒動に乗じて、鬼の青年ロストがバルコニーに跳び上がってきた。

 ―行く?何処へ?

 ハルは身構え、バルコニーの端に移動する。スージーが言っていた二人組の悪党というのは、おそらくこの二人に間違いない。

「ハル姫、俺らと一緒に来るんだ!!」

「あなた達、何者なの?あたしを何処へ連れていく気?」

「あんたは姫じゃないんだろ!?」

「!」

 鬼の青年ロストが、ハルの驚いたような顔をみて、「Bingo♪」と言った。

「なぜそれを!?」

 しかし、背後から無数の足音がバタバタと近づいてくるのが聞こえてきた。

「追っ手が来る。詳しいことはリーチェアの城で話そう。今は、黙ってついて来くるんだ―。」

「ついて来るんだ!」も何も無い!!ハルはロストにそう言われるなり、強引に抱えられ。

 ぴょんとバルコニーを離れると、三人はコウモリ達のひしめく空の闇へと姿を消した。




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