第4章 更新まだ?
午前七時十二分。
Naoyaはスマートフォンを見ていた。
正確には。
同じページを何度も更新していた。
更新。
更新。
更新。
更新。
何も変わらない。
「まだか……」
呟いてから、
自分で少し笑った。
別に締切を知っているわけではない。
更新日を約束されているわけでもない。
それでも。
読者という生き物は待つ。
そして勝手に期待する。
それが悪いことだとは思わない。
Naoya自身もそうだからだ。
仕事の休憩中。
通勤中。
寝る前。
気になった作品が更新されていないか確認する。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに。
なぜか気になってしまう。
画面にはPXAの作品ページが表示されていた。
更新日時。
三日前。
「まあ、三日なら普通か」
そう言ってスマホを閉じる。
三秒後。
また開く。
「普通だよな」
閉じる。
五秒後。
また開く。
完全に怪しい人だった。
もちろん。
作者は知らない。
世界のどこかで。
こんな風に更新ボタンを連打している読者がいることを。
知るはずもない。
YLSスタジオ。
午後。
レイは頭を抱えていた。
「違う」
描き直す。
「違う」
また描き直す。
「違う」
さらに描き直す。
ページ自体はほぼ完成している。
完成しているのだ。
客観的に見れば。
しかし。
レイの中では完成していなかった。
キャラクターの表情。
背景の濃さ。
吹き出しの位置。
全部気になる。
全部修正したくなる。
気付けば二時間経っていた。
ヒヨリはそんな様子を見ながら言う。
「更新まだですか?」
レイの肩が震える。
「言わないで」
「まだですか?」
「言わないで」
「読者が待ってます」
「分かってる」
「更新まだですか?」
「分かってるって」
ヒヨリは缶コーヒーを飲んだ。
そして真顔で続ける。
「ちなみに私も待ってます」
「読んでたの?」
「読んでません」
「じゃあ何待ってるの」
「修羅場です」
「帰って」
ヒヨリは笑う。
レイはため息を吐く。
更新。
その言葉は不思議だった。
作品を出したい。
読んでもらいたい。
続きを描きたい。
そう思っているのに。
投稿ボタンが近付くほど怖くなる。
本当にこれでいいのか。
もっと直せるんじゃないか。
もっと良くできるんじゃないか。
そんな考えが次々浮かぶ。
創作を始めた頃は違った。
完成した。
投稿した。
終わり。
それだけだった。
いつからだろう。
完成より。
完成直前の方が苦しくなったのは。
レイは画面を見る。
完成率九十九パーセント。
そんな数字は存在しない。
でも気分としてはそうだった。
あと少し。
本当にあと少し。
なのに終わらない。
ヒヨリが背後から覗き込む。
「レイさん」
「なに」
「たぶん読者は」
「そこまで見てませんよ」
レイは画面を見る。
修正した線。
修正前の線。
ほとんど違いはない。
それでも。
「私が見る」
即答だった。
ヒヨリは少しだけ笑う。
「そういう病気ですよね」
「そういう病気」
外では夕方の光が傾き始めていた。
Naoyaはまた更新ボタンを押している。
レイはまだ修正している。
ヒヨリはコーヒーを飲んでいる。
何も変わらない。
けれど。
作品というものはたぶん。
こういう誰にも見えない時間の上にできている。
レイはペンを握り直した。
もう一本だけ。
本当に最後の一本だけ。
そう思いながら。
また線を引いた。
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