第5話「二人の半妖」
「ここが私のお世話になってる所」事務所の扉が開かれ楓と無門の二人が入って来た。
「お邪魔します」入口で無門が深々と頭を下げ入る。
「そんなに畏まらなくてもいいよ、座って直ぐにお茶とお菓子用意するから」無門を応接間のソファに座らせ楓が炊事場へと行く。事務所の中は外観に比べて広く、革張りの長ソファーが二つに長テーブル。そして奥の窓際には書斎机と革張りの一人用の椅子が置かれていた。
机の上には様々な本が積み重ねられていて、近くには陶器でできた丸灰皿が置かれていた。
「お待たせ珈琲で良かった?」楓がトレイの上に白いカップと洋菓子が置かれていた。
「珈琲?」無門が眉をひそめながら聴き返す。その反応を見た楓が何か思いつくと、にこやかに無門の前に珈琲の入ったカップを置く。
「西洋の飲みものでとっても芳ばしくて美味しいよ」
「そうなのか?それならせっかく出し頂こう」
無門が真っ黒い液体の入ったカップを持ち上げる、楓の説明通り芳ばしくも奥深い、嗅いだことの無い香りが鼻腔を突く。
無門が口に含んだ瞬間、無表情のまま盛大に口の中の液体を放出した。
「なんだこれは!?とても苦くて土を煎じた様な味だ!」無門がその場で口を拭うと、それを見ていた楓が笑い転げる。「ハハハ!無表情で噴き出す人なんて初めて見たよ」
「帝都の人間や異人達はこんな物を飲んでいるのか?」無門が汚物をみるかのように珈琲を睨見つける。
「お口に合わなかったようね、なら口直しにお菓子を食べてよ」楓に進められ無門が手に取る、見た目は三角の形に切られた生地であんこを挟んだ菓子だった。
一口食べてみると、とても甘く口に残った苦味が中和されてた。続けて珈琲を飲むと甘さと苦味が程よくとても美味かった。
「気に入った?それは「シベリア」と言うお菓子で、西洋のお菓子を日本風に作った物なの」
「このお菓子があって初めてこのドブ汁が美味いと思えたよ」無門の表情が子供の様に無邪気な表情になる。
「もう一つあるから食べてよ」楓が自分の分のシベリアを無門に差し出す。
「これは君のだろ?俺は食べたしいいよ」無門が突き返す。だが楓またそっと返す。
「私は何時も食べてるから良いの、それに今日私を助けてくれたでしょ?これはそのお礼と思って」
楓に言われ無門が静かに受け取る。
「ありがとう」そして無門が手に取り口に運ぼうとした時、無門の背後から白い手が伸び掻っ攫う。
「「あ!」」二人が同時に声を上げるのもそっちのけでルカが最後のシベリアを頬張る。
「とっても美味しいわねこれ、もう無いのかしら?」
「横取りなんて端ないぞルカ欲しいならそう言ってくれよ」無門が呆れた顔で呟く。
「そんな必要無いでしょ?貴方は私の物それなら貴方の所有物も全て私の物でしょ何か問題でもある?」ルカが無門の背に覆い被さり抱きしめながら言う。
「改めてだけど二人はどう言った関係で彼女は何者なの?」楓がおずおずと問う。
「話せば長い話になる、まあそれが俺達が帝都に来た理由でもあるんだがな」無門が楓に向き直り身の上話を語った。里での平和な暮らしと両親の話、そしてその全てを奪った宿敵と自らに力を与え救ってくれたルカの正体を話た。
「これが俺達の旅の目的だ、この帝都に昼膳が居る。」
全てを聞き終え楓が顔を手で覆う。深呼吸をすると目の前の無門を見る。
「最初に貴方を見た時全身から溢れる負の情念と全てを呪うかのような瞳がとても恐ろしかった。」楓の独白を聞き無門の表情が少し哀しげに写る、同情を誘った訳では無い、しかし自分と同じ半妖の彼女には何故か話を聞いて欲しかった。例えこの話を聞いて拒絶されても自分はルカと共に修羅に落ちていく無門は一人考えていた。
「俺の話を聞いてくれてありがとう、君の見た通り俺は復讐の為なら手段を厭わなかった、この10年の間に俺は物の怪や俺を追ってくる人間ですら斬って来た。もうこの手は真っ赤に染まっている今の俺も今日の化物と何ら変わらない」無門が自虐する姿を見てルカは愛しそうに頬を染め無門を抱きしめる。
「私の無門それで良いのよ、私だけは何処までも一緒に墜ちてあげる♡」
「貴方は化物何かじゃないよ!」楓が無門の手を取る、久しぶりの人の温もりに無門が顔を上げる。
「貴方の過去を聞いて全てを理解できるとは言わない、貴方の受けた痛みや怒り、そして恐怖は私には計り知れないものだと思う。」楓が真っ直ぐに無門の瞳を見つめながら言う。
「それでもあの屋敷で私を救ってくれた貴方は化物や復讐鬼何かじゃない、私と同じ一人の人間よ!」
「貴方は私の自慢な息子よ!」
「お前は俺の大事な一人息子だ!」
今はもう聞く事ができない両親の言葉を思い出す無門、何故か目の前で力強く手を握る少女が両親に重なって見える。
「気安く触らないでくれる?無門に触れて良いのは私だけよ!」ルカが楓の手を払いのける。
「次に気安く触れたらわかってるわね?」ルカが鋭い目付きで楓を睨みつけるが、楓の真っ直ぐな瞳は揺るがない。
「君の名前を教えてくれるか?」無門の問いに楓が答える。
「弧月楓」
「楓かとても良い名前だ、俺の名前は鬼沙羅無門、鬼沙羅千里と鬼沙羅亜門の子だ」今度は無門が楓の手を取る。それを見ていたルカが奥歯を噛み締め顔を歪めるが今度は咎めず静観する。
「俺を人間と呼んでくれてありがとう。良ければ君の話を聞かせてくれ」楓は頷くと席に戻る。半妖の少女と少年、お互い正反対の生き方を歩む二人は夜が更けるまでお互いの大切な思い出を語り合った。
第5話 完
第6話に続く。




