第6話「静かな朝」
朝日がカーテンの隙間から漏れる中目が覚める、ソファから起き上がると昨日のささやかな宴の跡が散乱していた。向かいのソファを見ると白銀の少女がスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
「起きたばっかりなのに小娘の方を見るのね」声のする方を見ると、書斎机の上に座った漆黒の淑女の姿があった。
「悪かったよルカ、だけどお前もいい加減彼女をぞんざいに扱うのをやめろ」無門がルカの眼を真っ直ぐ見て言うがルカはそっちらけの態度を取る。その後机から降りると無門の方へと向かい押し倒す。
「いつから貴方は私に命令できる立場になったの?」
ルカが覆い被さりながら無門の包帯の巻かれた胸を触る、すると包帯越しに紅い光が漏れ出し無門が苦痛に歪む。
「分かったでしょ?この契約の紋章が刻まれた時から貴方は私だけの物、それだけは絶対に忘れさせないから」
そう言うとルカが舌を無門の首筋から口に這わせ妖しく嗤う、そのまま無門の胸に身体を預けると無門の身体と同化する様に消えていった。無門は苦痛から解放されると一人天井を眺めていた、力を欲したあの時から俺の全てはルカの物になった、だがこのまま復讐の旅が終わり目的が無くなれば俺とルカはどうなるのだろうか?その時が来るまで俺は人の身でいられるのだろうか?無門が考えに更けていると。
「う、う〜ん、無門?おはよう」楓が目を擦りながら起き上がる。
「おはよう楓、昨日は久しぶりに楽しかったよ」
昨日二人は女郎蜘蛛の巣食う屋敷で出会った、無門は絶対絶命の楓を助け、楓も能力の代償で苦しむ無門を自らの生き血で救った。その後二人は楓の師での事務所へと来てお互いの身の上話を行った。無門の壮絶な過去と復讐の旅、そして楓の出生の謎や里での暮らしと家族との別れ、師との出会い等お互いの話を通して二人の距離が縮まった。
「朝ご飯まだだよね?今から用意するからゆっくり待ってて」楓が起きて朝食の準備をするため炊事場のある部屋へと向かった。無門は1人その場に残り待つことにした。
ドスン、何かが倒れる音がして目が覚めた、寝ぼけた目で対面のソファを見ると無門がルカに押し倒されていた。楓は一瞬脳の処理が追いつかず見ていたが、直ぐに目の前で行われている情事を察し頬を染める。
二人はやはりそう言う関係なの?でも私が隣に居るのにそんな事を!?楓が年頃の少女らしく二人のやり取りを盗み見る。何を言っているのかまでは分からなかったが、とにかく二人はただならぬ関係だと言うのは理解した。最後にルカが無門の首筋から舐め回した後に無門の胸の中に身体を預ける、そして楓と目が合うと勝ち誇った様に笑みを浮かべ無門の中へと消えていった。
楓は気まずかったが意を決して起き何も見ていない事にした。朝食の準備が終わり楓がトレイに乗せて持って行く。
「俺の分何だか多くないか?」無門の席には二人分の見たことの無い珍妙な食べ物と緑茶入りの湯呑と珈琲カップがあった。
「それは貴方とルカの分よまた昨日みたいに横取りされたら嫌でしょう?」楓の気遣いに無門が礼を言う。
「これはなんて言う料理なんだい?」無門が目の前に置かれた料理を持って楓に聞く。
「それはサンドイッチって言ってね英吉利と言う国から伝わった料理で、パンで野菜と肉や卵を挟んで食べる料理なの」楓の説明を受け無門が一口食べるとパンの柔らかさ、それに包まれた野菜の瑞々しさと肉の噛み応えも相まってとても美味かった。
「美味い、帝都にはこんなに良い物が沢山あるんだな」無門が残りのサンドイッチも続けて頬張る、その姿を見て楓の表情も穏やかになる。
「楓は西洋の事に詳しいが行った事があるのかい?」無門に言われ楓が説明する。「私は全部先生の受け売りなの、先生がかなりの西洋被れでこの事務所の内装が洋風なのも、家具や洋書なんかも全部先生の趣味なんだ」
どおりで外観は普通の石造りの建物なのに内装は見たこともない調度品、本棚と書斎机に積まれた洋書の数々の合点が入った。
「昨日話していた君の師匠だろ?名前はなんて言うんだい?」無門がお茶を飲みながら聞く。
「先生の名前は九条阿闍梨この帝都一の探偵よ」その名を聞き無門が聴き返す。
「九条阿闍梨だって!?まさか君の師匠が俺を」無門が懐から血に塗れた文を出す。
「昨日の戦いで汚してしまったけど、この文を読んで俺はこの帝都に来たんだ」無門の話を聞くと今から一月程前、無門の元に文を渡すよう言われたと言う人物が現れた。その人物を問い質そうと追ったのだがその人物はまるで煙の様に消えてしまった。とりあえず渡された文を読むと帝都で宿敵である昼膳が暗躍している事と詳しい話を聞くならこの手紙の宛先である九条阿闍梨を訪ねて来いとの事だった。
「でも最初に会った時宛は無いって言って無かった?」楓に言われ無門も説明する。
「俺は昼膳が帝都に居ると言う情報だけで十分だったんだ、だから何の関わりの無い人物の事なんて気にもとめていなかった。だけど君が俺に手紙を送った九条阿闍梨の弟子と聞いて無視できない状況になったよ。」無門の説明を受け楓もある程度納得する。
「つまり貴方が帝都に来たのは先生の導きがあったからなのね、何だが私と貴方が出会うのも全部先生に仕組まれている気がしてきた」楓は何時も飄々としていて掴み所の無い師匠の姿を浮かべていた。あの人なら全て計画通りだったとしても何ら不思議では無い。そう思える程九条阿闍梨と言う人物は謎が多いのだ。
「先生なら今日帰って来る筈よ、その時に話を聞きましょう」楓が珈琲を飲もうとカップに口を付けた時だった。
「私と無門の逢瀬を盗み見ておきながらやけに平然としているのね」突然現れたルカの暴露を聞いて楓がむせて咳込む。
「ルカそれは言ってはいけないだろう!」無門がルカを咎める。だがルカはそんな事はお構い無しの如く、無門の横に座り優雅に朝食を食べる。
「知ってたの?」楓が頬を紅くしながら無門に問う。
「実は俺とルカは左目の視覚を共有できるんだ、でも俺はその事について触れてはいけないとルカに、、」言い終わる前に隣のルカが無門の顔を掴み向けさせると無門の口を自らの口で塞ぐ。楓が放心状態で見ていると、ルカが無門の膝に乗りながら高飛車な態度で言う。
「別に隠さなくても良いでしょう?そこの小娘も興味津々みたいだし今度見学させてやれば良いじゃない」
ルカがあざとく笑みを浮かべる。
「な、なんて破廉恥な悪魔なの!?貴方もしかして前に先生の洋書で見た「サキュバス」なんじゃない?」
楓が前に先生の机を掃除していた際に見つけた洋書、それは悪魔について書かれた宗教書。その際に見た悪魔の中に男を誑かす悪魔サキュバスの記述があった。
「私が「サキュバス」ですって!?あんな男の精を吸わなければ生きれない低級悪魔と一緒にしないで!」ルカが珍しくムキになる。
「それなら私に破廉恥な行為を見せつけるのはなんでよ!傍から見たら遊女の睦事となんら変わらないわ!」
楓に遊女扱いされルカが詰め寄る。
「言わせておけば生意気な小娘ね!何度も言うけど無門は私の所有物、だけど私は契約者である彼の体液を摂取しないとこの世に顕現できないの、だから定期的に無門の体液をもらっているだけよ!」ルカに言われ楓が少し小馬鹿にしながら言い返す。「やっぱり貴方サキュバス何じゃないの?男の人の体液が無いと生きられないなんてまんまそうじゃない、もしかして私に無門を取られるかもと嫉妬してわざとみせつけてるの?だとしたら案外可愛い所あるのね」
楓に100点の返しをされルカの顔も羞恥と怒りで赤くなる。
「最悪、無門以外の魔力を帯びた誰かの体液でも、、」
「二人共もうその辺で良いだろう?」無門に言われルカが引き下がる。
「覚えてなさいよ小娘!次は絶対に泣かしてあげるから!」
「望むところよ!精々無門に慰めてもらえばいいわ!」
二人が捨て台詞を残すのを見て無門が一言「二人共仲良くなれそうで良かったよ」と空気を読まず言うと。
「全く!」「全然!」「「そんな事ない!」」と息ピッタリに言うとルカが悔しげな顔で無門の影に消えて行く。
二人が言い争いを辞めたのと同時に玄関の扉がノックされる。
「誰か来たみたいだが」
「先生が帰ってきたのかな?」楓が玄関に出迎えに行く。
「弧月楓さんですか?」喪服の様な黒い着物を着た女性が立っていた。「はい、そうですが」楓が言うと女性が袖の下から文を出すと楓に渡す。
「主人からの文をお届けに参りました、それではこれで」女性が立ち去ろうとしたので楓が引き留めようと手を伸ばす。だが楓の手が触れる前に女性の体が消え白い煙だけが残った。楓は煙の匂いにこころ当たりがあったそれはよく師である九条阿闍梨が燻らせる煙管から出る煙の匂いと同じだった。
「もしかして先生の身に何かあったんじゃ」急いで文の内容を確認する。
「私の可愛い楓へ、こちらの仕事は終わったのだが休暇を取る事にしたので暫く帝都には帰らない、昨日伝え損ねたけど私の客人が来てると思うが彼にもそう伝えておくれ。それと新しい依頼を受けておいたのでそっちも頼むよ。それじゃあ休暇を楽しんできます、私が居なくて寂しい思いをさせてしまうけど任せたよ。お土産は期待して待っててね!貴方の愛しの師匠九条阿闍梨より♡」楓は文を読み上げると無言で文を破いた。
「あの馬鹿師!また私に全部ぶん投げやがった!」
驚く無門をそっちのけで楓は1人頭を抱えて愛しの?先生の恨み言を呟いていた。
第6話
第7話に続く。




