第4話「闇の淑女」
初めて剣を教わったのは5歳の時だった。村一番の剣才を持つ鬼沙羅亜門の息子として期待された俺は全くの凡人だった。
「亜門が初めて剣を握ったのもあのくらいの時だったよな」「その息子の無門があれじゃあな」その昔鬼沙羅一族の開祖鬼沙羅右京は怪異狩りとして多くの武功を挙げた。それから代々鬼沙羅一族は怪異狩りの名手を多く輩出してきた。その名残りから鬼沙羅一族は5歳になった男児は剣術の稽古を始める習わしとなっていた。
「やあ!」「うわ!」
「それまで!勝者蓮淳」二人の少年が竹刀を持ち剣術試合を行った。
「また無門は負けたのか」「亜門の子にしては弱いな」
負けた方の少年無門に対し周りの者達が噂する。
「おかえり無門」千里が台所で料理をしていると、傷だらけで泣き腫らした顔の無門が抱きついた。
「あら、あらどうしたんだい無門?」千里は優しく抱きしめながら抱き上げる。
「母さん、俺って本当に父さんの子なの?」無門が泣きそうな声で聞く。
「当たり前だろ?お前は私と亜門の大事な一人息子だよ、それは例え天地がひっくり返っても変わらないよ」
「それじゃあ何で俺は弱いんだよ」無門が消え入りそうな声で続ける。
「今日も試合に負けたんだ、相手の剣筋が全く見えなくて胴を打たれて避ける間もなく一撃で。何度も何度も稽古もした、だけど周りの奴等はドンドン強くなっていくのに、俺は全く強くならない。」無門が千里の着物の端を握りしめる。
「弱い俺は村一番の剣客鬼沙羅亜門の息子として恥ずかしいよ!」無門が言うと、さっきまで優しく抱きしめていた千里が急に無門を引き剥がす。
そして無言で無門の頬を叩く。初めて親に手を上げられたショックで無門の思考が停止する。
「さっきから黙って聞いていれば情けない!一度頭を冷やしてきな!」千里はそう言うと未だ動けない無門を放り出し家の戸を閉める。
母さんも俺が弱いから追い出したんだ、やっぱり弱い子供の俺は要らないんだ。無門はトボトボと歩いて行った。当てもなく彷徨っていると何時もの古いお堂の前に来ていた。ここは村の祭事以外は誰も近付かない場所なので何時も無門は何かあるとここに来ていた。
「相変わらず綺麗だな」夕飯時の時間帯と言うこともあり、大人達は酒を酌み交わし、子供達もお互い手を振りながら家路に着く。そんな何時も見ていた平和な風景を久しぶりに見ていた。最近は剣術の稽古ばかりでここに来る事は無かった。鬼沙羅亜門の息子それだけで周りの大人達、同じ子供達ですら最初は持ち上げた。
だが自分に剣術の才が無いと、知ると皆憐れみの目で見るようになった。何時しか父の子供の頃と比べられ大人達も無門と言う1人の人間ではなく、亜門の息子としか見てくれなくなって居た。いや、最初から鬼沙羅亜門の息子と言う立場でしか見ていなかったのだろう。
それからは明くる日も、明くる日も剣術の稽古に打ち込んだ。だが悲しい事に稽古をすればするほど己の限界に気付いてしまう。その間にも同期達は皆上達し自分よりも上に行ってしまう、何度も追いつこうと自分を追い込むが、その度に才ある者と持たざる者の溝に絶望する。
そして今回の試合でも負けてとうとう母さんにまで見限られてしまった。「こうして見ると、何で俺はあんなに夢中で剣を振っていたのだろう。」久しぶりに見た何時もの風景は、変わらず平和な日常を写し出していた。
一方自分の手を見ると、度重なる素振りでタコと皮が向けて厚くなった掌があった。自分が剣を振っている間もここから見える景色は何一つ変わらず流れている。
少しずつ変わっていく自分と、全く変わらず流れる人の営み、見方を変えれば、周囲の期待に応えようと身の丈に合わない無理をして潰れそうな自分と、昔と変わらず人の流れを写す景色、そう思うと無門は自然と笑い声を上げていた。いつからだろう周囲の大人に認めてほしくてただがむしゃらに剣を振るようになったのは、いつからだろう自分は鬼沙羅亜門の息子として恥じない様に生きて行こうと考える様になったのは。
何故忘れていたんだろう俺が剣術を本気でやりたい理由が、父さんの殺陣を見て、いつか自分も父さんの様な力強く美しい技を極めたいと思っていた事を。
無門の表情はさっきまで思い詰めていた顔から、スッキリとした子供らしい無邪気な表情になっていた。
「よし!今から100回だけ素振りを母さんに謝ろう!」
無門が手頃な木を拾う、そして初心に返り軽く力を込めず振り抜くと。ビュン!「え?今までで一番良いぞ!」
風を切る音ともに綺麗に両断の型ができていた。
「何にも心配なんて要らねえよ。あいつは俺の自慢の一人息子何だぜ?」
「ええ、私にとっても立派な1人息子よ」無門が心配で迎えに来ていた両親も陰ながら、息子の成長を見守っていた。
現在、無門は後ろに半妖の少女を庇いながら目の前の化物に剣を構えていた。
「絶対に殺してやるぞ小僧!貴様の腹わたをえぐり出し私の子供達の餌にしてやる!」
「そいつはおっかないな、じゃあ行くぜ?」
平正眼の構えで突撃する無門、それを迎え撃つ様に女郎蜘蛛が下半身の牙を出す。「鬼沙羅一刀流鬼連斬!」目にも留まらぬ高速の4連撃を浴びせたが、「羽虫が!私の身体に傷一つ付かぬかは!」女郎蜘蛛が身体を捻りながら回転して身体を当てる。だがそれを紙一重で避け続けて技を出す。「鬼沙羅一刀流鬼龍煉」左右袈裟斬りの2連撃を与える。
「効かぬと、、何故だ!?」袈裟斬りにされた外骨格にヒビが入っていた。
「あの刀もしかして」楓が禍々しい妖気を放つ刀を見て呟くとそれを見た女郎蜘蛛も気付く。
「貴様それは妖刀か?」女郎蜘蛛が聞くと無門が肩に置き頷く。
「ああ、鬼沙羅一族に伝わる銘刀「夜鷹」こいつは大妖怪酒吞童子の角から作られた妖刀だ」夜鷹の刀身をよく見るとさっきまで鈍い光を放っていた刀が、刀身が赤く輝き、妖艶な刃紋が浮き彫りになっていた。
「こいつはお前等物の怪共の血と妖気を吸って強くなる」そう言って無門が斬りつけると女郎蜘蛛の身体に傷が付く。
「おのれ、人間如きが調子に乗るなよ!」女郎蜘蛛が怒り狂うと、自らの人間の部分を引き千切り食い荒らす。
すると引き千切られた箇所から4本の鋭く巨大な足が生え、さっきまで赤黒かった蜘蛛の部分も光沢を増し鋼の強度に達していた。
「これは陽の型じゃ厳しいなルカ、陰の型で行くぞ?」
無門が1人呟く。
「キシャァァァ!」凄まじい雄叫びと共に大蜘蛛が向かって来る。そして大蜘蛛が背中の足で攻撃する、無門は直ぐに迎え撃ち2本止めるがもう2本が身体を貫く。
「相変わらず痛えな」無門が串刺しになりながら悪態をつく。その間にも大蜘蛛が残る足で攻撃しようと足を槍のように突き出した瞬間、「本当に私が居ないと駄目ね無門」その言葉と共に無門の背後の影から背丈を有に超える大鎌が現れた。そして大鎌で足をバターの様に切り裂いた、激痛で大蜘蛛が暴れる。
「アハハハ!下等生物如きが私の所有物に手を出すから罰が当たったのよ!」無門の影から赤いロングヘアーを靡かせながら、漆黒のゴシックロリータドレスを着た少女ルカが現れた。その間にも大蜘蛛がのたうち周りながら屋敷を破壊する。「このままじゃ屋敷が崩れて後ろの半妖の小娘が危ないわよ?」ルカが半妖の少女を見下した様な目で見ながら言う。
「ああ、この子は必ず守る鬼の目を使うぞ」
無門が左目の眼帯の封印を解く。
「この小娘を守るのね、はいはい分かったわよでも忘れないでね貴方は私の物なんだから」
無門が封印を解くと赤い獣の瞳が露わになる。
無門は暴れ狂う大蜘蛛を目前にしながら納刀し抜刀術の構えを取る。
「これを使うと代償が酷いわよ?」
「承知の上だ」ルカに言われながらも抜刀術の構えを解かない無門。
無門の左目が炎を帯びた様に赤く燃え上がった瞬間だった、世界から音が消え全ての動きがスローモーションになる。そして無門の左目が大蜘蛛の光り輝く部位を見つけ出した。
「秘奥義刹那一閃」次の瞬間、無門が目にも止まらぬ速さで神速の抜刀を行い大蜘蛛を斬り裂く、そしてルカが同時に頭上から大蜘蛛を縦に一閃寸分の狂いもなく二人は大蜘蛛の同じ箇所を切り裂いた。
何が起きたか分かったのは全て終わった後だった、大蜘蛛の身体は4つに分かれ身体から紫の血が噴き出していた。
「ぐっ、アァァァァァァ!」無門が叫び声を上げて倒れ込む。
「だから言ったじゃない代償は大きいよって」無門の身体から赤黒い血が吹き出し、あまりの激痛からのたうち周っていた。
「良い、良いわねえ無門!それでこそ私の可愛い下僕、あぁ濡れてきちゃった♡」のたうち周る無門を見ながらルカが恍惚の表情で下腹部を触っていた。
「ちょっと何をする気なの小娘?」半妖の少女が無門に近づく、「私は彼に救われました、なので今度は私が助ける番です!」少女は自らの手を切ると無門の口に押し付けた、すると苦痛でのたうち周っていた無門の痛みが和らぎ落ちついた。
「何で勝手な事をするのよ小娘!私と無門が愛し合っていたのに邪魔するなんて!」ルカが大鎌を出しルカに迫る。
「止めるんだルカ!」無門に言われ立ち止まる。
「私はこの小娘のせいでイケなかったの、どう責任を取ってくれるの?」ルカが冷たい目で無門を見る。
「あそこに転がっている化物の死骸、あれを全部食って良い」無門が絞り出す声で言う。
「フーン、それは悪くないわねそれじゃあ先にデザートから頂くわ」ルカはそう言うと無門に近付き、無門の口の血を全て舐め取りそのまま口付けをした。
「これで今日は許してあげる、それじゃあまた後でね」
ルカは口元に残った無門の血をペロリと舐め取ると、上機嫌で大蜘蛛の方へと向かった。
「君に助けられたよ」無門が少し笑みを浮かべる。
「お互い様よ、私は弧月楓貴方は?」楓が聞くと無門も改めて答える。
「俺は鬼沙羅無門よろしく」二人は握手を交わすとお互い立ち上がる。
「行く宛はあるの?」
「それが残念な事に無いんだ」無門が刀を腰に差しながら言う。
「それじゃあ良ければだけど、私のお世話になってる事、」楓が言い終わる前に二人の間に巨大な鎌が降ってきた。
「ごめんなさい手元が狂っちゃった」
「食事はすんだのかルカ?」
「ええお陰で満足よ」口元を拭いながらルカが答える。
「紹介しよう彼女はルカ俺の旅の相棒だ」無門が言うとルカが楓の前に立つ。そしてルカが楓を値踏みする様に見る。
「半妖の小娘、無門に色目を使っても無駄よ身も心も無門は私の物だから。」ルカはそう言うと無門の影の中へと消える。
「えっと、これは」
「すまない、ルカは直ぐに人間を見下すんだ、後で言って聞かせておくよ」無門が楓に頭を下げながら謝る。
「気にしなくていいよ私そう言うのには慣れてるから」
二人は少し気まずそうに屋敷をでると、外で待っていた薫と合流してその場を後にした。
西洋風の異人館、その2階のバルコニーで女が一人帝都の夜景を眺めていた。女は赤と黒を基調とした豪華な着物を花魁風に着崩し白い狐面をしていた。「女郎蜘蛛が死んだか」女の着物を見ると沢山のありとあらゆる妖怪の刺繍が施されていた。そしてその中の一つ女郎蜘蛛の刺繍が消えた。「もしやあの鬼の小僧か?」女は狐面を横にずらし黄金の獣の瞳で再び景色を見た。
「良い男になったようじゃな、いつの日か妾が直接相手をしてくれよう。」白銀の妖狐は1人帝都の闇からほくそ笑んでいた。
第4話 完
第5話に続く。




