第3話「鬼の子」
「楓、お前には言っておかなくてはならない事がある」
病床に伏した老人が傍らで見守る少女に話かける。
「無理に喋らないで、もうお爺さまはの身体は限界なんだからこれ以上無理をすると」楓が言い終わる前に老人が口を開く。
「お前の母親は帝都に居る」老人の話を聞き楓が黙り込む。
「私の両親は私が物心つく前に死んだはずじゃあ」楓が震えながら言う。
「生きて居る、詳しい事は言えぬがお前の母親は生きて居る。」
「急にそんな事を言われても困るよ!私にとっての家族は私を拾い育ててくれたお爺さまだけ!今更本当の親が生きて居るなんて言われても」楓が感情を露わにして言う。
「お前には申し訳ないと思っている、だが儂も長くは無い今言っておかなければならんかったのだ。」老人が呟くと楓が老人の手を握る。
「そんな事言わないでよ、嫌だ、また1人になるのは嫌だよ!」楓が大粒の涙を流し懇願する。
「すまぬ、こればかりはどうしようもできぬのだ。最後の遺言を伝える儂が死んだらお前はこの村を出て帝都へと向かえ。そこで九条阿闍梨と言う人物を探すのだ彼女ならお前を託す事が出来る。」
老人が楓の頬を優しく触りながら話す。
「楓よ儂はお前を置いて先に逝く、だが忘れるな人生と言う物は出会いと別れの繰り返し必ずお前にも大切な者達が現れる。それを忘れないでくれ」
老人はそう言い残すと力尽きた。楓はその場で大声を上げて泣いた、今から2年前楓が帝都に来る前の話である。
「何、何なのあれ」路地裏で隠れるように楓がうずくまっていた。駅で見た少年の目あれは生半可な生き方をしている人間の目では無かった。まるで地獄から這い上がって来た亡者の如く、彼の瞳と残滓は深紅の赤と深淵のドス黒さに染まっていた。
「うっ、オェ!」楓はその場で吐瀉物をぶち撒けるガタ、ガタと震える身体を必死に抱きしめ落ち着かせていた。「大丈夫、今は一刻も早く見つけなきゃ」改めて気を引き締め路地を出る。紫の残滓を追って浅草まで来ていた水道橋から浅草いずれも怪死事件の犠牲者が見つかった場所ばかりだった。
「ここにも同じ残滓が残ってる」浅草公園の凌雲閣が見える街道沿い、ここは最初の犠牲者が見つかった現場だった。犠牲者の名は工藤美鈴歳は17の女学生だった彼女も事件当時友人と餡蜜屋に寄って別れた後に行方不明になった。3日間地元の警察が必死に捜索したがなんの手がかりも得ることが出来なかった。そして行方不明になってから1週間後浅草公園の川が流れる街道沿いで水死体となって見つかった。
遺体の損傷は激しく身元が分からなかったが、背中に生まれつきあった痣を確認した事で彼女だと分かった。
彼女の遺体は死後2.3日経っており、水死体特有の紫に変色した肌と風船の様に膨らんだ身体で街道沿いの川を漂っていた。身体を魚に齧られ損壊が酷かったが一際異様だったのが腹部が破裂した状態だった所だ、通常外部から破裂した場合中の肋骨は内側に圧縮される筈なのだが、今回の遺体は外側に開いた状態つまり内部から破裂していた。その事件を境に現在に至るまで同じ状態の遺体が5体程上がっていた。いずれもうら若き乙女達で皆突然行方不明になり数日後に腹部が破裂した状態の水死体で見つかっていた。
「今回の依頼主の残滓と同じ色」楓の目には紫色の靄の様な物が川を覆っていた。楓は靄の掛かる川に直接触れた。「間違いないこのネットリと絡みつく嫌な感じ、これは物の怪の物だ」靄が楓に絡みつくと直ぐに腕を上げた、すると紫の靄が一本の糸となり楓を導く様に光出す。「これを辿れば行き着くのね」楓は光る糸が差す方向へ向かった。
糸の先を辿って行くと町外れの古い武家屋敷に辿り着く、塀は崩れ土壁は剥き出し門扉は経年劣化と白蟻に喰われ腐り落ちていた。楓は意を決して門扉から中に入る。
屋敷は所々崩れ落ち、かつての威厳と栄華の象徴であったであろう屋根の鯱鉾が不気味な雰囲気を醸し出していた。
屋敷に入ると強烈なカビ臭さと木の匂い、そして仄かに血の匂いが漂って来ていた。楓は恐る恐る紫の残滓を頼りに歩を進める、キシ、ミシ、一歩進める度に床が腐っているのか音を上げる。屋敷の中は荒らされたのか、畳が剥げた和室に刀傷が入った柱そして屋敷の至る所に古い血痕と真新しい血痕が付いていた。
「異様に蜘蛛の巣が多いなぁ」屋敷は蜘蛛の巣が張っており掌サイズの蜘蛛達が屋敷の中を覆うように巣を作っていた。蜘蛛の巣を掻き分けながら一番奥の扉へと辿り着く。「ここから紫の残滓が漏れ出してる」楓が横扉を明け放つと、「何よこれ?」扉を開けた先は大広間だった恐らく生前は宴会場として使われていたのだろう。
広間の中は真っ白な蜘蛛の巣に覆われていた、蜘蛛達が右往左往しながら糸を吐きこね回し巨大な一つの巣を作っていた。楓が足を踏み入れるとさっきまで巣作りに勤しんでいた蜘蛛達がピタリと止まる、異様な気配を感じ取ったのと同時に蜘蛛達が一斉に散って行った。
楓はそのまま広間へと入る、紫の残滓が一番濃い所を辿って行くとそこには身の丈程ある繭があった。楓は道具入れから短剣を取り出し繭に突き立てた。繭の中から生暖かい羊水の様な液体と同時に裸の少女が流れ出る。
「起きて、起きて!」少女がゆっくりと目を開ける。
「良かった、貴方が三島薫?」楓が優しく言うと少女が微かに頷く。「貴方を見つけるように妹さんに言われたの、さあ早く逃げましょう」楓が自らの着物を着せながら連れて行こうとすると、薫が必死に口を動かしているのに気付く。それを見た楓が耳元を近づける。
「わ、、わた、し、に、妹は、、い、ない」
それを聞いて楓が驚愕するのと同時だった。
「あれ?何でそんな酷い事を言うの姉さん?」
見ると広間の入口で三島由紀が待っていた。
「貴方は誰なの?」楓が薫を後ろ手にしながら問う。
「私?私は三島由紀そこの三島薫の妹よ」
「違う、あいつ、はそうやって、何人も、、殺した化物なの」
薫が震えながら由紀を見る。その姿を見ていた由紀が笑い出す。「化物、化物ねアハハハ!どうやらもう貴方も用済みのようね」そう言うと由紀の下半身が盛り上がりたちまち巨大な蜘蛛の足に変異した。
「この残滓全て貴方の物なのね」由紀の身体から溢れ出す紫の残滓、いや妖気を見て楓が身構える。
「見えてるの?流石半妖の娘只者じゃないのね」
由紀が手を叩いて褒める。
「貴方の目的は何なの」
「私の目的はあのお方の為に兵を集める事、だからそこの娘や今までの娘達に私の種を植え付けていたの」
楓が急いで薫の腹を見ると腹の内部で蠢く無数の何かが居た。
「楓、私もアイツに蜘蛛の卵を植え付けられたの」薫が痛みに耐えるような表情で楓を見つめる。
「今までの小娘達も良い苗床になってくれたわ、見なさい今じゃあこの屋敷全体に私の可愛い子供達が居るのよ」由紀が言うと無数の蜘蛛達が蜘蛛の巣から這い出てくる。「半妖の娘よ、貴方も私の可愛い子供達の苗床になりなさい!」蜘蛛達が一斉に楓達に飛び掛かっていく、「九条式結界術風刃壁」楓が唱えると、楓を中心に風の防護壁が現れ近づく蜘蛛達を斬り刻む。
「先生の教えのおかげね」
「私の子供達が、あのお方の尊い兵が!」由紀が半狂乱しながら叫ぶ。その隙に楓が短剣で自らの手をきり裂くと血が滴る手を薫に向けながら言う。「助かりたいなら私の血を飲んで!」薫は一瞬躊躇うが、楓の真剣な顔を見て直ぐに滴る血を舐め取りながら飲む。
「忌々しい半妖め、直ぐに兵を補充する!」由紀がけたたましい咆哮を上げる。
「何故だ!何故その女から私の兵が産まれない!?」見るとさっきまで薫の腹で蠢いていた何かが全て死滅していた。
「私の半妖の血には悪しき者を浄化する力があるの、私の血を飲んだ事で、薫に巣食った薄汚い化物は全て浄化した!」楓が言うと由紀が完全に狂乱する。
「殺す、お前だけは生かしてはおけない!」
楓は印を組むと薫の周りに風の結界を張る。
そして自らは由紀と相対する。
「逃げて!私は後で追いつくから!」楓が引き付けている間に薫が逃げ出す。
「あのお方の直属の兵であるこの女郎蜘蛛に本気で勝てると思うの?」女郎蜘蛛が鋭い牙と配下の蜘蛛達を引き連れて言う。「私はあの子を逃がす為に残ったの、まああんたみたいな醜い化物に殺られる義理はないけどね」
楓が不敵に笑うと女郎蜘蛛が猛然と突進する。
「九条式陰陽術剛烈刃!」楓が横に飛び退けながら光の刃を放つ。
「この程度で私の身体をきり裂けるとでも?」
女郎蜘蛛の身体に光の刃が直撃したが、硬い外骨格の前に傷一つ付かなかった。
「九条式陰陽術月火爆!」楓が続いて火炎弾を放つが。
女郎蜘蛛は構わず突進する、「風刃壁!」楓が直ぐに防御壁を展開するが。
「ぐはぁ!」防御壁の上から直撃する。
「今のは効いたでしょ?」女郎蜘蛛が顔を歪めながら勝ち誇る。
不覚を取った、骨が何本か折れた、内臓がズキズキと痛む、吐血が止まらない、息ができない。楓が倒れ込みながらも何とか立ち上がる。
「重傷の様ねお嬢ちゃん、今降参するなら産まれるまでの間なら生かしておいてあげるわよ?」女郎蜘蛛が口角を吊り上げながら言う。
こんな時先生ならどうするんだろう?楓の脳内で走馬灯の様に師匠の背中がチラつく。
「楓、君には特別な力がある。だけど今の君には力と向き合う覚悟と新しく先に踏み出す勇気が足りない」
初めて先生にあった際に言われた言葉だった。
「でも安心したまえ、君の目の前に居る私は世界一の師であり君の理解者だ、だからそんな哀しい顔をするなせっかくの可愛い顔が台無しだよ。」先生ならこんな絶対絶命の時でさえ、煙管を燻らせながら不敵に笑うのだろう。
「気でも触れたかしら?」女郎蜘蛛が憐れみを向ける。
「至って正気よ、さあ勝負はこれからだ!」楓は笑みを浮かべながら女郎蜘蛛と相対する。
「本当に勿体ないけどさようなら半妖のお嬢ちゃん」女郎蜘蛛が牙を剥き出しに迫ってくる。
例えここで死んだとしてもあの人なら、先生なら必ず私の仇を取ってくれる。楓が最後の力で術を行使する直前。
ドォン!と打ち上げ花火の様な轟音と共に、屋根が落ちてくる。
「お取り込み中だったか?」
「貴方はあの時の」楓の前にあの深紅の少年が佇む。
「あ、あれ?」途端に楓の力が抜けてへたり込む。
「話なら外の嬢ちゃんに聞いたよ、よく頑張ったな」
少年が優しく楓を労う。その言葉を聞き楓の頬に涙が伝う。
「ありがとう、来てくれて本当にありがとう、、、」あれだけの啖呵を切ったが本当は怖かった。死ぬのは怖い、それに先生に会えなくなるのは嫌だ。楓は張り詰めていた空気から解放され年相応の少女へと戻った。
「情けないわね〜結局あれだけハッタリかまして結局怖かったんじゃない。これだから半妖は中途半端な出来損ないね」女郎蜘蛛の嘲りを聞き少年が静かに刀を抜く。
「うるせえよ下郎が」
「今私に向かって何と言ったのかしら?」
「化物風情が、気安く俺達人間を下に見てんじゃねえよ!」少年が叫ぶと刀を平正眼に構える。
「今日は本当に無礼なゴミが多いわね、良いわ纏めて殺してやる!」
「化物は全て斬る」
少年が冷たく言う姿を見てその禍々しい妖気を感じた楓が呟く。「鬼の子」と、、、。
第3話完
第4話に続く。




