64話 今夜はお楽しみ?
――葵視点
俺は今、幸せの絶頂に君臨している。横には腕を組んで満面の笑みを向けてくれる片想いだった女性、いや実は両想いだった女性が居る。
まさか先に告白されてしまうとは、我ながら情けない。だが、これからは俺がちゃんとリードしてあげないとな。
川原を後にし、コテージへと戻る為に歩いているのだが、ひとつ問題を抱えている。
梓と店長になんて言おう……まあ、隠す必要も無いのだけど異様に照れ臭い。だが、自慢の彼女だ。報告しないという選択肢は無いな。
「俺から梓と店長に報告しますね」
「は、はい、な、なんだか恥ずかしですぅ……」
そういって組んだ腕をより強く抱きしめて来た。柔らか過ぎます……最高です。
コテージのウッドデッキには人影は無かった。どうやら中で晩ご飯の支度をしているのだろう。鈴宮さんと玄関の前に立ち、ひとつ頷いて意を決して扉を開けた。
「おめでとう~! お二人さん!」
梓の声と共にクラッカーの音が鳴り響いた……部屋には『やっと付き合えたね、お幸せに!』と書いた垂れ幕が……あの、準備良過ぎやしませんか? 分かってたの?
「やっとお前らくっついたか。随分時間がかかったものだ」
店長に恋愛の心配をされるとは……いや、あっちの方が先輩か。なんといってもあの梓を落とした人だもんな。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、仲良しになったね~」
先程のワッフルを上げた女の子が何故か居た……一人増えてる!?
「この子ね、ここのキャンプ場のオーナーのお孫さんなんだって。薫の作るスイーツが気に入って仲良くなっちゃって」
成程、でも年頃の女性に対して失礼極まりないけど、やたらと下衆い顔をしているのは何故だ梓よ……。
「あのね、お兄ちゃんとお姉ちゃんね、川のところでね、ぶちゅ~ってしてたの! 何回も!」
「ちょっ!? 見てたの!?」
「は、恥ずかしですぅ!」
さ、流石小さいとはいえこの辺りを遊び場にしてる子供だ。というより子供から情報を得るんじゃない!
「さあ、もう暗くなるから戻った方がいいわよ。はい、これ情報料の薫特製ドーナツよ」
「わ~い! ありがと~お姉ちゃん~!」
沢山のドーナツの入った袋を受け取り手を振って玄関から出ていった……買収してやがったな! 純な子供になって事を!
「あわわわわ、み、み、み、見られ……あううぅ……」
「店長! お水! 鈴宮さんが!?」
俺の可愛い彼女が顔を真っ赤にして失神寸前です!
店長が用意してくれた晩ご飯はタンドリーチキンにノーマルから揚げ、ポテト、スープにサラダ、シャンパンに極めつけはケーキまで用意されていた。しかもケーキの上には可愛らしい男の子形と女の子が並んで立っている。
真夏のクリスマスか……。
「じゃあ、いろいろ聞かせてもらおうかな? もちろん、拒否権は無いよ?」
こ、こいつ……店長もまんざらではない様子でビール飲みながらこち見てるし。ええい! この際大暴露してやるよ!
「ええっ!? 課長と良い感じじゃなかったの!? て、てっきり……」
「あ、あんなに毎日くっついてたのに……」
俺と課長の事をやたらと聞かれたのでこの際はっきりと言い渡しておいた。いや、ずっと前から言ってるんだけどね。
「で、でもそれは葵先輩がそう思ってるだけで、ひょ、ひょっとして好きな可能性も……嫌です! 渡しません! 葵先輩はもう私のものですよ!?」
再びマシュマロアタック……はい、私は貴女のものです……。
「そ、そうね、あんなに絡むようなキスしてたし、毎日体寄せあってたし、あれで何の感情も無いなんて――ちょ、ちょっと桃華ちゃん? 睨まないで?」
「うううっ!」
可愛らしい顔をして唸り声的なものを上げているが、全く怖くない。むしろ貴重なショットをありがとうと言いたいぐらいだ。
「す、鈴宮さん、落ち着いて。それに課長はちゃんと彼氏居ますから!」
『えっ!?』
梓と鈴宮さんが真顔になった。まあ、毎日俺にベタベタしてくるぐらいだからな。そういった話は出てこないもんな。
「は、初耳なんだけど……」
「か、彼氏さんが居るのに……だ、ダメな事ですよ! そんな事しちゃあ!」
「あ~、えっと、梓も俺と二人でキャンプ行ったりしましたし、店長も許してましたし……そんな感じですよ」
「そっか、そんな感じか」
「ふむ。まあ、あり得るな」
「あり得ませんよ! 普通は! どうして二人共納得してるんですか!!?」
なんか大混戦になってるな。そう、課長にちゃんと彼氏が居る。直に結婚もするんじゃないかな? 心が病んでいた時は居なかったけど、あの容姿で男が言い寄って来ない訳が無い。それに彼氏さんもすごくいい人ではあるんだけど、俺の事も特別扱いしてくれている変わった人だ。
本気で絡みつくのを止めるように言ってるのに『結城さんの心のはけ口として今後とも宜しくお願いします』と頼まれたぐらいだ。どうやら俺は課長のストレス解消アイテムらしい。
まあ、それだけ俺の事を信用してるんだろうけど……。
「うう、じゃあ私だけ空回りしてただけじゃないですかぁ……清音ちゃんも課長も梓先輩も……なっちゃんだって! ずっと葵先輩はフリーだった訳じゃないですか!」
「は、はい。そ、そうですよ?」
鈴宮さんが錯乱してる……どうしたらいいんだ? 俺が悪いのか?
「もう! 私もお酒飲みます!」
あ、それ俺のビール……うわ、この世の終わりみたいな顔してる……苦かったんですね。
楽しいお食事会も終わり、お風呂に入りまったりモードに突入している。ウッドデッキに出ると虫の音が心地良く響いて来て、山の澄んだ空気が気持ちいい。星空も都会のものとは訳が違う。
「ううぅ、ちょっと気持ち悪いですぅ……」
その横に居る鈴宮さん。どうやらさっき飲んだビールが響いているようだ。
「大丈夫ですか? 少し夜風に当たっていましょう」
可愛らしいパジャマに着替えた鈴宮さん。一度見た事はあるけどこの前はほとんど布団の中にいたのでこうまじまじと見るのは――
「あ、あまり見ないで――あ、いえ、見て下さい……だ、だってもう彼女ですもんね……」
恥ずかしがっているけど健気に胸を張ってる……俺は萌え死ぬかも知れない。
「……葵先輩、その、あの……」
何か歯切れが悪い感じだ。どうしたのろうか、気分が悪くなってきたのか?
「はい、どうしました? 大丈夫――」
近づいた所でまたキスをされた。
「えへへ、さっき課長さんの事で嫉妬しちゃったのでその分返してもらいました!」
悪戯っぽく笑う鈴宮さん。とりあえず今から夜の川に飛び込んで体を冷却してこようかな?
「だ、大胆ですね、見られたら――うわっ!」
2階のデッキから見下ろしていた梓が居た……遂に直接見られたか。
「は~い、そんなとこでイチャつかないで中にはいってらっしゃ~い!」
「こ、声!? 声大きいですよ、梓先輩!」
暗がりで良く見えないけど多分顔を真っ赤にしてるんだろな……。
「はい! と言う訳で散々イチャついたお二人は一階で寝てね! 私と薫は二階で寝るから! あ、覗いちゃダメだよ。ちょっと今晩は……ね? あんなに見せつけられたら、私だって……」
梓がくねくねすしながら店長にくっついてる。もう店長はただの茹でダコさん以外何者でもない。
「……ああ。じゃあ、寝るか」
「お姫様だっこ~!」
梓が店長に飛び込んでそのまま二階に上がって行った……大人の時間か。
「あ、あ、あ、葵先輩! お、お布団が一組しか……」
布団は一つ、枕は二つ……おい、梓! ちゃんと人数分布団あるだろう!?
「あ、そうそう、葵の布団は薫が大きいから二個分使わせてもらってるから~!」
遠隔で心を読むんじゃない! でもまあ、店長のサイズなら……仕方無いか。
「仕方ありませんね、じゃあ俺はそこらへんで雑魚寝しますんで鈴宮さんは――」
「どうしてですか……私と寝るのは嫌なんですか……彼女なのに」
袖を掴まれ不安気な表情を覗かせて来た。
「よし、寝ましょう! 一緒に寝ましょう!」
今の顔……マジで理性が飛びそうになりましたよ?
電気を消して就寝……俺の横に肌が当たる距離で鈴宮さんが居る……緊張しない訳が無い。ね、寝れませんよ、これは。
「あ、あの、葵先輩、起きてますか……」
小さい声で訊ねられた。
「は、はい。なかなか緊張しますね……」
どうやら鈴宮さんも寝付けないみたいだ。まあそれはそうだろう……付き合い立てほやほやのカップルだもんな。自ずとアレを意識してしまう。
虫の音が聞こえる……川のせせらぎが聞こえる……静かな夜だ。
うん? 何か……声? この声……あ、梓か!? おい! 淫らな声が微かに聞こえるぞ! 声を出すんじゃない!
「あ、あの……あわわわわ……」
いかん! 鈴宮さんが! 純情な子には刺激が強すぎる! 梓! 静かにしろ!
「わ、私達も……で、ですか?」
正直、俺の理性の固さは神をも凌駕していると思う。だが体は正直だ。収まれ、俺の中の悪魔よ!
「き、気にしないで寝ましょう!」
とりあえず虫の音に耳を傾けよう! ほ~ら、だんだん眠たくなって――
「私……いいですよ」
覚醒しました! 積極的過ぎ! そんな事言われたら我慢出来ませんよ!?
神をも殺す一言で遂に理性が決壊し、鈴宮さんの上にまたがりその細い腕に手をかけた。途端、邪な心は四散した。この子、震えてるじゃないか。
「あぅ……わ、私、経験無いので、その……」
違う、俺は鈴宮さんにこんな事をしたかった訳じゃない。そんな事の為に彼女になってもらった訳じゃない。何を不安にさせてしまってるんだ……。
「……じゃあ、こっちを向いて下さい」
「ひゃ、ひゃい!」
そのまま俺はそのまま寝転び、鈴宮さんの頭に腕を滑らせ、優しく包むように抱きしめた。小さな体は俺の中にすっぽりと覆われ、柔らかな感触と共に鈴宮さんの匂いがした。
腕枕だ。焦る必要は……無い。
「くっつかせてもらいますね。どうですか?」
「……すごく、心地良いです……幸せです……」
震えは収まった、しばらくすると寝息も聞こえて来た。この子は本当に良く寝る子だな。うん、これでいい。これからも宜しくお願いしますね、鈴宮さ――いや桃華……。




