表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/65

33話 新人ちゃんとクッキング

 

 ――葵視点


 スーパーでの買い物を終え、自宅に帰って来た。思ったより買い込んでしまって、両手には買い物袋の重みでくっきりと跡が付いてしまった。


 地味に痛い……しかし鈴宮さんに重い物を持たせる訳にはいかない。頑張って男の子を演出した。


「大丈夫ですか? 結構な荷物でしたけど……」


「ええ、大丈夫ですよ! 昔鍛えてましたから! 遺産が残ってるんで」


 若かりし頃はファンシーショップのオーナーである和夫とボクシングジムに通って行た頃もあった。そういえばあの頃はまだ女装してなかったな。


 そのジムは1年程続けたが、その間結局一度も和夫にパンチを当てる事は適わず、仕事の忙しさに負けて退会する事になった。


 しばらくして和夫が店を開くとのことて挨拶に行ったら、まさに姿形から豹変していた事に衝撃を受け、パンチを貰っていないのに膝から崩れ落ちたのは今となっては懐かしい思い出だ。


 まあ、あの頃に比べれば格段に運動量が落ちてはいるが、それでも休みの日にはランニング程度はしているので、ぎりぎりお腹は出ていない。


 とは言うものの、初夏の陽気に重たい荷物を運んでいた事もあり、少々汗暑い。中にノースリーブを着ているので上のシャツは脱いでも構わないだろう。


 鈴宮さんが冷蔵庫へ食材を直しているタイミングでこそっとシャツを脱いでソファーに置いた……ああ、多分これがズボラと言われる所以なのかも知れない。ちゃんと汗が引いたらまた着るからさ。


「さあてと、何をお手伝いすればいいですか?」


 キッチンに戻り、鈴宮さんと並んで立った。頭一つ以上の差があり、完全に見下ろす形となる……胸も。おっと、いかんいかん、不純な目で見ては。


「は、はい! パ、パスタを茹でたいので大きめのお鍋を……あ、後、今日はカルボナーラを作ろうかと思ってまして」


 おお、カルボナーラは大好きだ! コンビニでも良く選ぶパスタだし、手作りじゃまた一味違うだろう! 楽しみだ!


 ほとんど使わない調理用具だが、一応あるのはある。ここに越して来た時に一揃えはしたものの全く料理をしなかったのでほとんど新品だ。一番使う道具は電気ケトルという悲しい事実は鈴宮さんには伏せておこう。


「実は私もそれほどお料理は得意って訳じゃ無くて。レシピ見ながら作るんですぅ……」


 いやいや、それでも作れる技量があるのは素晴らしい。俺なんかと比べると月とスッポンで――


 途中で思考が停止した。鈴宮さんがエプロンを装着したのだ。もちろん、料理をする上では必要なものだろうが、破壊力が半端じゃない。


 大きく膨れ上がった胸元に被さる可愛らしいピンク色のエプロンは丈が少し長いようだが、胸の膨らみ分のおかげでつじつまがあった長さになっている。


 スマホを操作してレシピを確認しているが、見下ろすその幼い顔立ちと初々しさから完全に新妻そのものだ……。


 架空ではあるが、俺に嫁が出来た気分だ……『桃華、今日のご飯は?』などと言って後ろからハグして『もう、お料理中はダ~メ! 後で……ね?』とか言われたい。妄想爆発だ。


「ど、どうしましたか? て、天井に何かあるんでしょうか……」


 気が付けば天を仰いでいたようだ……。ふふ、大変お見苦しい姿をお見せしてしまいました。


「い、いえ! お腹が減ってきたなぁ~って!」


 はぁ……幸せだ。



 鈴宮さんと一緒に作ったパスタはこれまた絶品であった。まあ、一緒に作ると言っても俺は鍋に水を張っただけだけど。


 コンビニで売られている味とはまた違った家庭的な味であり、数年ぶりの味わいだった。表現はしにくいが、なんかこう、暖かいものがあった。


「いやあ~! とっても美味しかったです! 我が家の調理器具が日の目を浴びる日が来て良かったです!」


「そ、そんな、大したお料理ではありませんので……でも嬉しいです! 夜ご飯も楽しみにして下さいね!」


 二人で並んで食器を洗う……うう、いつもなら面倒なので食器などただの飾りで極力使わないようにしてきたが、こんなに幸せを感じる事が出来るなんて!


 完全に舞いあがっていたが、ふと鈴宮さんの方を見るとこめかみにうっすら汗が滲み、顔色が先程とは打って変わって悪くなり、苦しそうな顔をしていた。


「す、鈴宮さん? なんか顔色が悪いですよ!? 大丈夫ですか!?」


「あ、は、はい……大丈夫です……」


 明らかに作り笑いをして答えてくれたが、お腹の下あたりを片手で押さえている。こ、これはもしや……。


 そのまま、力無くかがみ込んでしまった。間違いない、月に一度の女性のやつだ。


「ちょ、ちょっとだけ休憩すれば、収まりますから……」


「ダメです! ちょっと失礼しますね!」


 鈴宮さんを抱きかかえ、ベッドの方に寝かしてあげた。


「あ、あの! だ、大丈夫ですから!」


 そうはいうものの顔色が戻っていない。それにかなり痛そうである。だが俺が居てはなにかとやり辛い事もあるだろう。


「鈴宮さん、俺、買い忘れた物があって。ちょっと出かけて来ますね! その間はゆっくりしてて下さい。30分程で帰って来ますから。あ、家にあるものは自由に使って下さいね」


 暗にトイレなども使ってと伝えておいた。伝わればいいが……。


「すみません……折角の、折角の……私……」


「いえいえ、俺は鈴宮さんと一緒に居れる事だけで十分ですよ。それに外に出かけてたら今みたいに休憩も出来ませんでしたから。それじゃ俺、行ってきますね!」


 涙を溜めながら苦しそうに俺を見て来る。そっか……やっぱり相当痛いんだな……。男の俺には分からない領域だ。


 ソファーにかけたシャツを羽織り、手を振りながら家を後にした。




 マンション前に立ち、腕を組み今からの時間潰しを考えてみた。


「さて……何をしようか」


 喫茶店に……いや、きっと梓が居るだろうし、30分で帰ってこれない気がする。それにこの時間に和夫の店に行っても若い女の子がいっぱい居るだろうし……。


「コンビニだな」


 清音はさっきの少年君と甘酸っぱい事をしてるだろうし、確実にシフトには入っていない筈だ。



 早速コンビニに出向き、冷たい珈琲のペットボトルを持ち、レジに向かった。


「後、15番を一つ」


 たばこの銘柄を番号で言い、ライターも合わせて購入した。もう風邪は治ったのでたばこを解禁しちゃおうと思ったのだ。ふふ、俺は煙に飢えてるぜ!


 ルンルン気分で喫煙エリアに行き、封を開け、たばこを咥えた所で人生が終わった。


「葵、何をしているのかな?」


 俺の目の前にとても微笑ましい笑顔をむける買い物袋を持った女医さんが立ちはだかった。この笑顔は、マジでヤバイやつだ……。このタイミングで出会うとは、何と運が無い……。


 たばこは即座に没収され、天下の往来で説教をされた……お、俺、いい大人なのに……。


「ったく! いいか!? 次見つけたら、薫んとこで更生してもらうからな!」


「ひぃぃ! そ、それだけはどうかご容赦を!」


 同じ飲食店同士、なっちゃんには喫茶店の店長とは交流がある。多分本気で罰を受けさされる事になる。


「ところで桃華はどうした? 女の子を放っておいてたばこを吸いに来るとは……やはり薫に連絡して――」


「だああ! り、理由があるんですぅ!」


 スマホを取り出して画面をタップしようとしたので全てを吐く事にした……。



「うう、浅はかなお姉ちゃんを許しておくれ~!!」


 今、女医さんが俺にしがみついて謝罪中だ。尚、胸が当たってる上、天下の往来で強制ハグはとても恥ずかしいんですけど……。


「なっちゃん、もういいですから。たばこ吸いに来たのは事実ですし……」


「ああ……たばこは禁止だからな!」


 体から離れるとそこだけはきつく申し渡された。どうやら俺には禁煙しか道が残されていないようだ……。ふとスマホをを取りだし時間を確認するとなっちゃんと絡んでいた事もあり、良い時間になっていた。


「じゃあ、鈴宮さんが心配するから俺は戻りますね」


「ああ、分かった。ちゃんと気遣ってやれよ?」


「もちろんですよ!」


 サムズアップを送り、余裕な態度を見せた……とはいうものの気遣いか、難しいなぁ。



 コンビニから戻って来て自宅のドアの前に立ち、何故か音を立てないように慎重にドアを開けた。なんか自分の家なのに変な気分だ。


「ちょ!? 鈴宮さん!?」


 てっきりベッドで寝ていると思ったのだが、まさかのキッチンに立って洗い物の続きをしていた。


「お、お帰りなさい、葵先輩……」


 いや、その挨拶は嬉しいですが、今はそんな事をしている場合じゃないでしょ!?


「あ、洗い物は終わりましたので……い、今から何をしましょうか……えへへ」


 エプロンを脱ぎ、笑顔を向けて来た。とてもじゃないけど遊びに行ける状態では無いのは一目瞭然。まだ顔色は悪いままであり、血の気が引いている。


「……失礼な事だとは重々承知でお伺いしますが、お薬は飲まれましたか?」


 俺だって大人である。それに梓と一緒に仕事をしてるので、その辺りの扱いについては慣れている。


 鈴宮さんは小さく頷いてくれた。


「そうですか、それじゃあゆっくりしましょう。さ、ベッドに横になって――」


「い、嫌です! 今日は、今日は葵先輩と、お料理したり、お話したりする日なのに!」


 ああ、逆に気を使われちゃってるな……よし、ここは先輩らしいとこ見せないと!


「分かりました。じゃあ、服を脱いで下さい。今日の恰好も可愛らしいですが、その服では寝づらいでしょうから」


「ふ、服!? で、でも私、い、今……」


 あれ? 何か空気が……あ!? 違いますよ! そんな事をしようとしてませんよ! パジャマに着替えましょうって事ですから!


 鈴宮さんは俯きながら指をもじもじさせながら俺には聞こえない声で何かを呟いていた……。うん、セクハラを越えたな……。




 その後、しっかりと訂正した。パジャマになる事を相当嫌がっていたが……。もちろん、お着変え中は俺は家の外に出た。


「すぅ……すぅ……」


 なんとかパジャマに着替えてもらい、俺のベッドで横になり今は可愛らしい寝息を立てている姿を眺めて悦に浸っている。


 先程まで床に座り、鈴宮さんと目線を合わせてお喋りをしていたのだが返事がだんだん鈍くなり寝てしまった。頑張って目を開けようとして徐々に閉じる顔なんて最高、いや至福の瞬間だった。


「さあて、折角時間も食材もある事だし……俺も料理してみようかな?」


 十分に鈴宮さん成分を頂いたので気合いも満タンだ。スマホを手に持ち、腕まくりしながらキッチンへと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ