32話 気遣いの出来る社畜さん
――桃華視点
いろんな事があったけど、清音ちゃんの後押しのおかげもあり、今日は葵先輩とお泊りする事になった……。
事件だ……。人生最大の事件だ……。私、今日大人になるかも知れない……。
心の中は尋常では無い感情が渦巻いていたけどなんとか平静を取り繕い、とりあえず本来の目的である一緒にお料理を作る為に、みんなでスーパーに行く事になった。
トートバックの中からお財布の入った小さなカバンを取り出し、葵先輩の後について行くと玄関先で私がプレゼントしたアザラシちゃんの付いた鍵が置かれているのが見えた。
来た時は清音ちゃんが抱きついたり、いろいろな事があったから見逃してたけど、そこに付けてくれてたんだ……。
その目線に葵先輩も気付いてくれたようで鍵を私に見せてくれた。
「ああ、これ、大事な物なので家の鍵に付けたんですよ。鈴宮さんはスマホに付けてましたね」
「は、はい! 大事にしてくれてありがとうございます! 私、嬉しいです!」
大事……大事にしてくれてるんですね……。それを聞けただけでもう天にも上る気持ちですぅ…。
良かった……自分で思うぐらい面倒でややこしい女の子なのに葵先輩は優しくしてくれる……こんないい人、本当に居るんだぁ……。
「ねえ~、早く玄関から出ようよ~なんでこんな所で二人して固まるかな……」
「ああ、すまない……じゃあ行きましょうか」
「は、はい……」
腕を組んでちょっとご立腹モードの清音ちゃんが居た。ご、ごめんね、さっきから取り乱してばっかりで。よし、しっかりしなきゃ! まずはお料理をしっかり作らないと!
「あれ? 長谷川……?」
食材を買うとなればこの前に行ったスーパーかと思いながら歩いていると、ひょんな所から声が上がった。その声の主は歩いて行く先に居て見た目は高校生っぽい。何かスポーツでもしてるのかな? この季節だけどうっすら日焼けしてる。
春の紫外線は結構侮れないからね……高校生の時は気にもしなかったけど、流石にこの歳になると私でも多少は気を使う。
それにしても……長谷川って誰だろう? 私は鈴宮ですが……。
「翔真……君」
あ、清音ちゃんって長谷川て苗字なんだ……そう言えば知らなかったな……。それにしてもなんか甘酸っぱい雰囲気が……まあ、葵先輩には分からないだろうけど――
「清音、友達か? なかなかに爽やかな少年じゃないか。気にしてるぞ?」
分かってるぅ!? ど、どうしてそんな所は敏感なんですか!?
「も、もう! 葵ちゃん! そ、そんなじゃ無いよ! 翔真君、こ、こんにちは……」
清音ちゃんの態度が……そ、そっか。この子がこの前に言ってたちょっと気になる子なんだ! うん、とても爽やかだし、相手も満更じゃ無い感じ! あ、折角の出会いが私達と一緒に居たら……よし、ここは私が気を利かせてあげなきゃ!
「そこの少年君! 実はさっきから清音に付きまとわれて困ってたんだ。出来れば引きとってくれないか? 若い子は若い子同士で遊んだ方がいいだろうしさ」
葵先輩、的確です……。
「気になる子なんだろ? 折角のチャンスだ。頑張れよ」
しかもアシストだけでなく清音ちゃんの応援まで……。
「じゃあな、おっと、少年、暗くなる前に送ってやれよ! 女の子には優しくだぞ~!」
なんだろう……私の出番は無かった……。二人は仲良くそのまま行ってしまったけど、最後に清音ちゃんが私に向かってウインクを一つくれた。『お互い頑張ろうね!』そう受け止められた。
でも……おかしく無いですか!? どうしてそこまで気を使えるんですか!? 恋愛の達人みたくなってますよ!? さっきの男の子と初対面ですよね? 清音ちゃんとの関係を一瞬で見破りましたよね? そんな観察眼持ってるのにどうして私の時は全然……もう! 分かりました! まだ私は葵先輩に気にかけてもらえる程の親密度じゃないって事ですね!
いいですよ……今日、一気に上げて見せますから!
ふくれっ面をしていると葵先輩が気になった様子で心配してくれた。
な、何でも無いですぅ! あ、危ない、危ない、つい気持ちが出ちゃってた。最近どうも葵先輩の事になると……梓先輩にも言われたし、注意しないと。嫌われないように……。
清音ちゃんが離脱したので改めて二人でスーパーに向かう事になったんだけど、これがまた悪影響を及ぼした……男の人と二人で食材を買う……完全に周りには同居してると思われる状況……。
こ、これは……胸の高鳴りが抑えきれません……。
「えっと、何を買いますかね?」
よ、よし、落ち着こう……この日の為にちゃんとプランは練って来たんだし。まずはお昼は……。
「は、はい、えっと、お昼はパスタにしようかと。夜は――」
言葉の途中で顔見知りの方が声をかけて来た。モデルさんのようなスタイルで笑顔が眩しい店員さん、中沢さんだ。
それに音楽も止まった……相変わらずの美声だ……。まるでミュージシャンみたい。
「やあ、葵、いらっしゃい! 風邪は治ったみたいだね。彼女の手料理のおかげかな?」
な、中沢さんまで彼女って!? な、なんかどんどん言われもない事実が広がって……。こ、これはちゃんと訂正しておかないと後で取り返しがつかなくなっちゃう。
でも中沢さんは私が言葉を出すよりも少し早く今日のお勧め食材を教えてくれた……そっか、今日はお肉が……ってそうじゃなくて! 早く訂正しないと! 今は葵先輩とお話してるから次のタイミングを見計らって……。
この前の案内をしてくれた事に対してお礼を述べ、葵先輩も続けてお礼を言おうとしてる。よし、このタイミングで会話が途切れる!
「おっ、そこに居るのは我が弟と妹よ! 珍しいな! こんな所で会うなんて!」
お姉ちゃぁん……どうしてそんなタイミングで……。
話に割って入って来たのはラーメン屋さんの店長さんで見た目は女医さんのなっちゃんだった。この前からお姉ちゃんと呼ばないと機嫌が悪くなるので声に出す時には極力お姉ちゃんと呼ぶようにしているんだけど……そんな女性が今日も露出の高い服に白衣をまとって悠々とこっちに向かって来た。
「弟じゃありませ――」
「な、中沢さ、さん!?」
「いらっしゃいませ、なっちゃん」
葵先輩の言葉を遮りお姉ちゃんが慌てて白衣で体を隠した……やっぱり、お姉ちゃん、中沢さんの事……そっか、そうなんだぁ。後、誤解を解くタイミングを失った事も分かった。
「お、音楽が鳴ってなかったから、てっきり今日はや、休みかとととと」
うわあ……私みたいになってる……。顔が真っ赤だし。やっぱりなっちゃんて中沢さんの事が――
「ああ、じゃあ俺達買い物があるから。それじゃ!」
え? また空気を読んで……。そのままその場から葵先輩が離れたので急いで後を追うと、小さな声でにっこりしながら伝えてくれた。
「それにしても中沢となっちゃんもあんなに露骨だと見ている方も照れちゃいますね!」
葵先輩……やっぱりちょっとおかしいと思います。不公平だと思います……。
思わず目を座らせて葵先輩を見た……。




