おまけ2 プロポーズ大作戦 前編
最近、ナオの表情が沈んでいる。
リーザはそれが気になって仕方がなかった。
いつも通りの笑顔ではあるのだが、ふとした瞬間に、しゅんとしている。
ナオは目を見えないようにしているため、他の人ほど表情は分からない。
しかし、口元がきゅっと引き結ばれるのを見ると、リーザは心配になる。
そういうときも、ナオは素直に自分の悩みを語ってはくれない。
だから、リーザは考えたのだ。
こういう時は、無理やりにでも口を割らせた方がいい、と。
「そんなわけで、飲もうか!」
「え、どういうわけなの?リーザ!」
「今日は無礼講だぜー!」
ある日の午後、ナオは何も聞かされず、リーザの家に連れてこられた。
そこにはなぜか、アロムの母親であるエレンナもいる。
「ナオ、今日は女性だけでお話を楽しむ日なの」
「女性だけで・・・?タシバ村には、そんな習慣が?」
「え?習慣じゃな、ぶっ」
エレンナは笑顔をナオに向けながら、手でリーザの口を押さえている。
「そうなの、ナオ。タシバにはそういう習慣があるのよ。そしてこの会ではね、お互いの悩みを、隠すことなく言うことが義務付けられているの。それを通して、女同士きずなを深め、村のこれからを支えていく基盤を作るの」
エレンナは至極まっとうなことを言っているようだが、リーザは知っている。
そんな習慣はない。
しかし、ナオが悩みを打ち明けやすいように、わざと『決められたこと』のように言っているのだろう。
それが分かるので、話に乗る。
「他の女性の方々は・・・?」
「忙しくてね、時間が取れないんですって。だから、ちょっと寂しいけれど、まあ気にせず楽しみましょう」
「そうそう、さ、お茶飲んでー、お菓子食べてー。んで、悩みを吐き出しちゃおー!」
たくさんのお茶菓子は、トマが昨日から作っておいてくれたものだ。
「甘い物があった方が、突っ込んだ話しやすいでしょ」
なんとも気の利く弟である。
ちなみにエレンナを呼んだのは、リーザである。
ナオの悩みはおそらく、いやもう99.9%くらい、原因がはっきりしている。
それならば自分よりもエレンナの方がいいアドバイスをしてくれるのではないかと踏んだのだ。
さて、ナオに何と言って切り出そうかと考えていると、エレンナが先に口を開いた。
「じゃあ、まず一番若いリーザから、最近の悩みは何かしら?」
リーザは驚いた。
悩みを打ち明け合うというのはエレンナの作り話だ。
ナオにだけ適用すればいいのに、なぜ自分が一番手!?
(本命を落とすには、周りからじわじわ責めないといけないのよ)
エレンナの目が物語っている。
(そんなこと言われたって、悩みなんてないよー!)
(何か出しなさい!ひねり出すのよ!)
目だけで会話をしながら、リーザは頭の中でぐるぐると何かないかと考える。
その間も、ナオはリーザを見ている。気がする。
「私はー、そうだねー、どこかに素敵な人いないかなーって・・・」
(リーザ、ナイス!恋愛相談なら、この後ナオが話しやすいわ!)
エレンナがナオには見えない位置で、親指を上に立ててリーザに向けてきた。
ひねり出したにしては、良い内容だったらしい。
「うちの村だと、若者は限られるしねー」
エレンナは何事もなかったかのように、一緒になって考えているふりをする。
「リーザはどんな人が好きなの?」
ナオが話に乗ってきた。
「えー。改めて言われると・・・私より強くてー、狩りが上手でー、足が速くてー、かっこよくてー・・・」
「リーザ、そんな人いないと思うわ」
「えぇぇっいないの!?」
エレンナがばっさり切り捨てる。
それもそのはず。
リーザは幼少のころから、周りの男たちを見返すために血反吐を吐く思いで狩りの特訓をしてきたのだ。
そのため、タシバ村でも狩りの腕はザントと常に1位を争うほど。
筋力はさすがに鍛えた男には敵わないが、それでもそこら辺のやわな男よりは強い。
そして足が速い。とにかくすばしっこいのだ。
「少なくともうちの村じゃ無理ねー」
6年前まではいたのにな。そんなことをちらりと思い、懐かしい人の顔がリーザの頭をかすめるが、頭をぶんぶん振って追い出す。
今は、感傷に浸っている場合ではない。
「じゃあ次はナオだね」
2人の視線を受けて、ナオは俯く。
どのくらいそうしていただろうか、2人が辛抱強く待っていると、ようやくナオは話を始めた。
「あの・・・言ってくれないんです・・・」
「誰が?」「何を?」
2人は容赦ない。聞き出そうと躍起になっているのだ。
「ざ、ザントさんが・・・プロポーズを・・・」
恥ずかしそう言ったナオの言葉を聞いた瞬間、2人はお互いに目を合わせ、(そこまで話は進んでいたのか!)と同時に思うのだった。
詳しい話をナオに聞くと。
あの作戦の前に、ナオからザントにプロポーズみたいなものを言おうとして。
その時に「俺から言うから」みたいなことを言われて。
それからあの作戦があって、終わって、もう20日くらい経つのに。
いまだに何も言ってもらえてない、と。
「あんの、くそバカたれがぁぁぁぁ!!!」
「まあまあ、なんだかはしゃいじゃうわねー」
叫ぶリーザに対し、エレンナは楽しそうにしている。
「エレンナさん!何でそんなに楽しそうなの!?」
「だって、一生に一度のことじゃない?そりゃあ、ザント君だって慎重になるわよー。そういうこと考えると、何て言うか、ほほえましいわよねー」
エレンナは、ザントを君付けで呼ぶ唯一の村人だ。
ザント本人はやめてほしいと思っているらしいが、エレンナはいつも笑顔でかわしてしまうので結局そのままになっている。
「でもエレンナさん、ちょっと待たせすぎじゃないですか?俺から言うって言っておいて、何日経っていると・・・!」
「まあねぇ。いい言葉が浮かばないのかしらねー」
リーザとエレンナのやり取りをじっと聞いていたナオが、口を開ける。
「お2人にお話して、少し気持ちが楽になりました。ありがとうございます。私、自分のことばっかりで、ザントさんの気持ちを考えていませんでした」
「いいのよ、恋は自分勝手で」
エレンナが言うと、言葉に重みがある。
さすがは経験者だ。リーザだとこうはいかない。
「そうね、ナオは、ゆったりした気持ちで待ってるといいわ。頑張るべきは、向こうなのだから」
「考え事?ザント」
狩りの道具を手入れしていると、ひょいと顔をのぞかせたトマが声をかけてくる。
「なんだようるせぇな。手入れしてるだけだ」
「そんなこと言って、ザントがそこまで入念に手入れするときって、何か考え事してる時だけじゃん」
ザントより3つも年下のこの少年は、妙に鋭いところがある。
しかし肯定するのもしゃくなので、あえて何も言わない。
「ナオさんのこと?」
べき。
手入れしていたはずの矢を一本折ってしまった。
「ザントって分かりやすいねー」
にやにやしているトマに向かって、折れた矢を投げつける。
「おっと!あっぶないなー」
「それくらいよけられなくて狩りができるか」
「もっともらしいこと言って僕に八つ当たりしないでよね。・・・何悩んでるんだか知らないけどさ。あんまりのろのろしてたら、横からかっさらっちゃうからね」
「んだとぉ・・・!」
ザントが立ち上がった時には、「じゃあねー」と手を振って走っていくトマの後ろ姿しか見えなかった。
逃げ足もなかなか速いらしい。姉に似たか。
ザントは腰をどっかり下ろし、腕組みをして考える。
(プロポーズって・・・何て言うんだ・・・?)
ここ20日くらいずっと、ザントはそればかり考えている。
ナオを待たせていることは分かる。
そのくせ我慢できずに、ちょいちょいナオに己の欲望をぶつけてしまっている。
それなのに肝心な言葉は言っていない。
男としてかなり最低なのではないだろうかと思ってはいるのだが、ザントだって悩んでいるのだ。
改めて言うプロポーズの言葉を考えると、気恥ずかしくて口に出せそうもない。
「あぁぁーちくしょうっ!」
がん、と壁を蹴っても、足が少し痛いばかりで何も浮かばない。
一体どうしたらいいのだと、ザントは頭を抱えるばかりだった。




