14+エピローグ
長いです。
2人の男がいなくなってしばらく経ってから、黒い影が、森からそっと出てきた。
影は木の陰に隠していた丈夫な縄を取り出すと、しっかりとした大木に括り付け、厳重に結ぶ。
その縄を崖に垂らし、声をかけた。
「おーいみんな、もういいよー」
すると、崖の下から声が聞こえた。
「ほら、ザントさん!もう大丈夫ですから、離してくださいっ!」
「まだだ。怪我の確認が終わってねぇ」
「だから怪我なんてしてませんってば!離してー!きゃ!ど、どこ触って・・・!」
「なあトマ・・・あれは、あれは何なんだ・・・?」
「イエゴ、ザントはね、大人気ないんだよ。ああやって、周りに『俺のもの』アピールしてるわけ」
「うぉぉぉぉぉぉん!」
「よしよし」
「あー、俺も早くエレンナに会いたくなっちゃったなー」
「ねえ、誰でもいいから、早く上がってきてくれない?」
崖の上でマントを脱ぎながら、リーザが声をかけるが、誰も上がってくる気配がない。
グエンとリーザ、トマが話し合った結果、これ以上追っ手を増やさないためにも、ナオが『死んだ』という形をとるのがいいのではないかということになった。
問題は、その方法だ。
上機嫌なザントと、リーザに慰めてもらいながら降りてきたナオが合流し、5人で知恵を出し合う。
「仮死になる薬は?ナオ、ある?」
「あるけど、それじゃあ・・・」
リーザの問いに答えるが、ナオが言いよどむ。
「死体がある状態じゃ、目玉だけ持っていくぞ、やつら」
ザントが指摘し、リーザも「そっかぁ・・・」と頭をひねる。
「死んだってはっきり分かって、死体がやつらの手に届かないような状態で、でも実際には死なないで済む方法・・・?」
うーん、と4人が考えていると、グエンがぽつりと呟いた。
「『度胸試しの崖』を使ったらどうじゃ?」
「『度胸試しの崖』?」
「あ、そうか、ナオは知らないよね。この村の子はね、みんな、小さい頃に崖で度胸試しをするの」
「その崖は底なしって呼ばれていて、底がどこまで深いか、誰も知らないんだって」
「で、その崖を少し降りたところにね、横穴が開いてるの。数人は入れるくらい、横長の結構大きな穴。縄一本で、そこに降りていくのが、『度胸試し』」
代わる代わる説明してくれる姉弟の顔を交互に見ながら、ナオは想像だけで蒼くなった。
「そ、そんな、落ちたらどうするの?」
「大丈夫だって、度胸試しの時には、命綱付けてるから。一応」
「そこを使うって・・・グエンさん、ナオさんに飛び降りさせるってこと?」
「そうじゃな。『オッディスが飛び降りた』とやつらに思わせないといかんからな」
「だめだ」
それまで黙っていたザントが声を上げる。
「危険すぎるだろ、こいつには。身代わりを立てて・・・」
「身代わりじゃ意味がない。重要なのは、『オッディスが死んだ』という事実じゃ。他の誰も代わることはできない」
珍しく、強い口調で言うグエンに、ナオは意思を決める。
「やります、私。どっちにしても、失敗して捕まったら命がないのと同じですから」
ザントの目が、不安に揺れるのが見て分かる。
「大丈夫ですザントさん。1人ではどこにも行きません。約束、しましたから」
「・・・万が一にでも落ちたら、俺も続くからな」
お互いを見つめ合う2人を見て、周りから悲鳴が上がる。
「おーい、2人の世界はやめてくれー」
「うわー、これはなかなか居たたまれないですねー」
「さて、細かい作戦でも詰めるかのう。・・・大丈夫じゃよ、ナオ。お前さんを死なせはせん」
グエンの言葉は予言のようだ。
そこにはなぜか、信じられる強さがあった。
その後、細かい作戦が練られた。
崖までに追っ手をおびき出すのは、背格好が近くて土地勘のあるリーザ。
ナオは崖のすぐそばに待機しておく。
飛び降りるとともに、ナオの体に縛ってある何本もの縄を、横穴で待機しているザント、イエゴ、オミットが引く。
縄はマントで隠してあるから、追っ手には見えない。
ナオを回収後、同じく横穴待機のトマが、ナオに似せた人形を崖の下に落とす。
追っ手はそれを見て、ナオが崖を落ちていったと勘違いする・・・という手はずだ。
問題は、ナオを横穴に引っ張り込むことだ。
早くても遅くても、ナオが崖にぶつかる。
ナオは多少の怪我が伴うのは仕方がないから気にしなくていいと言っても、ザントが良しとしなかった。
ナオと同じくらいの大きさ・重さの丸太を使って、何度も何度もタイミングの練習をした。
同時に、絶対に切れないように縄を改良していった。
ナオはマントの下に、少しでもショックを和らげるために体を布でぐるぐる巻きにした。
トマはナオやリーザが羽織るマントとナオ人形作りを急ぎ、リーザは崖までの逃げ道を何度も確認した。
そうして決行した作戦だっだのである。
「ほれザント、とっとと上がってこんか。怪我の確認なら明るいところじゃろ」
いつの間に来たのか、リーザの後ろから声が聞こえた。
「あ、グエンさん。情報流しお疲れー」
「リーザもよう頑張ったのう」
ようやく、垂らした縄を伝って、横穴待機組が上がってきた。
ナオは自力では上がれなかったので、縄をしっかり体に縛り付け、他の人たちに引っ張り上げてもらう。
「それにしてもナオ、変な奴に目をつけられたなぁ。相手、60過ぎの爺さんだろ?」
「こんなところまで追って来るなんて、元気なジジイだな。しかも粘着質」
イエゴとオミットが話しているのを、ナオは笑ってごまかす。
対外的には、ナオは両親が仕えていた貴族の主(御年63歳)に見初められたということになっている。
その主はすでに50人以上の愛人がいて、しかも女をいたぶり、ひどいときはそのまま殺す趣味があり、『顔に傷をもつ女』という珍しさからナオを追いかけまわしていた。逃げればさらに追いたくなる性格の持ち主で、捕まったらナオは酷い目に遭わされること間違いなし・・・という設定だ。
最後にザントが横穴から上ってきて、作戦を手伝ってくれたメンバーが全員そろった。
「あの、皆さん、本当に本当に、ありがとうございました。私個人のことで、皆さんにたくさんご迷惑を・・・」
べし。
頭を叩かれ、ナオの言葉が止まる。
「迷惑じゃねぇ。村人同士助け合うのは、当然だろうが」
そっぽを向いて吐き捨てるように言ったのはザント。
相変わらず言い方はきついが、言われている言葉は、温かい。
目に涙が滲む。
「えっと、皆さんのおかげで、私は安心して暮らせる場所を見つけられました。本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げると、リーザが抱きついてきた。
「ナオ、がんばったね!これでゆっくりのんびり、気兼ねなく楽しく暮らせるよ!」
「うん!リーザ、ありがとう」
「ナオさん、お疲れ様です」
「トマ君。いっぱい準備してくれてありがとう」
「どういたしまして」
ふんわりと笑うトマに、ナオも自然と笑顔になる。
「うぉぉぉん!ナオ!ザントが嫌になったらいつでも・・・」
「あぁん!?」
「・・・嘘です、ザントさん、マジ怖いっす、やめてください、さようなら」
「あ、イエゴさん行っちゃった・・・まだお礼言えてないのに・・・」
「あんな奴に礼なんていらねぇよ」
「うーわー、ザント容赦ないねー」
「イエゴも意外と頑張るね。横穴でのイチャイチャ見ておきながら・・・」
「そこの姉弟、なんか文句でもあんのか」
「「いいええ別にー」」
リーザとトマは2人そろって、手を顔の前でフルフルと振っている。
「ふふ、うちの可愛い息子は失恋かな?」
「あ。ありがとうございました、オミットさん。アロム君が何か?」
「何でもないよ。これからも仲良くしてやってくれ、ナオ」
「はい、もちろんです!」
オミットとナオの会話を聞いて、ザントは複雑な気分になる。
「うーわー、ザント苦い顔になってるー」
「さすがに4歳児相手に『仲良くするな』は言えないんじゃない?」
「あれでしょ、追っ手たちにナオの目見せたのもまだ根に持ってるんでしょ」
「ちゃんと『オッディスが飛び降りた』って分からせないといけないのに、いつまでも文句言ってたよ」
「「男の嫉妬は醜いねー」」
「うっせーっつってんだろ!ハモんなバカ姉弟!」
「トマ逃げろ!」
「了解!」
あははと笑いながら、リーザとトマも村の方へ走っていった。
オミットも「家族が待っているから先に行くよ」と森に消えていく。
残っているのは、グエン、ナオ、ザントのみ。
「グエンさん、ありがとうございました。本当に、何から何まで、ありがとうございました・・・っ!」
何度も頭を下げるナオの肩に、しわがれた手が置かれる。
「お前さんは、つらい運命を背負って、よぅく頑張ってきた。これからは、自分の幸せを願い、この村で生きていきなさい。また別の追っ手が来るようなら、タシバの全勢力をもって、お前さんを守ろう。お前さんは、タシバの仲間なのじゃから」
「はい・・・はいっ!」
「あんまり泣かせんじゃねぇよジジイ」
「ほっほ、ザントほどじゃないわい」
「なっ・・・!」
「ほれ、夜風は冷える。早く帰るとしよう」
「冷えると腰痛悪化すんぞ。・・・ほら、ナオ、帰るぞ」
ナオの肩を支えるようにして、ザントが歩き始める。
お互いを必要とする者同士が、寄り添い合っている姿を見て、グエンの口元はほころんだ。
ナオ。
その目には、悲しい歴史と、無理矢理散らされていった多くの命と、自身のつらい過去が詰まっている。
今までに命を落とした者たちの分も、どうか、どうか、これからその目に映すものが、幸せであふれていますように。
「おいジジイ!何やってんだ!置いていくぞ!」
「今、行く」
星空を仰いで、グエンもまた、森の中に消えていったのだった。
本編はこれにて終了です。
プロローグが独立しているのにエピローグが独立していないとか・・・(爆)
おまけが続く予定です。




