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第六回:ネクロフィリア(死体愛好家)学

挿絵(By みてみん)

骸骨となった愛する者にキスする暗部深夜子



変態学講座の各論も第五回を迎え、あまりに一般的なフェチズムのみを扱い

講義生達からは物足りなさに関する不満が出て来るようになった。


「もっと異常な性癖を見たい。」


「尻だの胸だの、俺達でもわかる。」


「そんな事よりゴスロリちゃんとヤりたい。」


様々な貴重なご意見が聞かれた。

そこで変態学講師の一人、暗部深夜子は一気にレベルを上げる事にした。


「今回は私の独壇場よ。本当はもっと後になってからやりたかったのだけど 

 死体愛好ネクロフィリアについて、考察する講座にするわよ。」


しかしコレには、主に男性陣講師達からブーイングが飛び交った。


青髭逞しい青日下からは「全然エッチじゃない」と言われ、

オレンジ色の全身タイツと顔に狐面を被った巨躯の村古木からは

「全然エッチじゃない」との不満の声があがった。

(要するに、二人とも同じ不満を述べただけである)


しかし、暗部はこう言った。


「あのね、普通に胸だのお尻フェチだなんて、飲み会でも交わされる話よ。

 講義を聞きに来ている人達はもっとディープな非日常を知りたいの。

 あなた達おじさんの妄想に付き合うのはもうまっぴらごめんなのよ。」


急に自分のハッキリとした意見を述べた暗部に対して、

青日下と村古木は一抹の寂しさを感じた。


「俺達の深夜子ちゃんが、遠くなって行く・・・。」


「深夜子ちゃん、本物の変態になんてなったらダメだよ・・・。」


「もうダメだコイツら」と、深夜子はこの学問のゼミに入ってから

もう1000回以上は感じている絶望を改めて深く感じた。

そして当然の如く二人の意見など無視して、講義に臨んだ。


「えー、今回は少しハードルを上げて、ネクロフィリアについてです。

 当然ながら、本来人間は死体に欲情するようには出来ていません。

 それでは、何故そのような趣向が存在するのでしょうか。」


講義室はシン・・・と静まり返った。

今までの下世話な雰囲気から一変、暗部が本気で語り掛けた所、

講義生達は誰一人としてその質問に答えられなかった。


「これには様々な要因が絡んでいると思われます。

 一つに言われている可能性は、死体は拒否をしない相手だという事です。

 つまり、愛好家は極端に現実の人間を恐れている場合が考えられます。」


二人の男性講師達は壇上の隅っこの方で暇そうにしていたが、

リリアーヌだけは暗部の側でそれを聞きながら「ほぅ」と相槌を打った。


「死体は当然ながら、全く抵抗が出来ません。

 その為、完全な支配欲を満たせる対象です。

 近しい対象としては人形があります。しかし人形はあくまで玩具。

 死体はかつて人間であったもの。リアルさが違いますよね。」


講習生の女性から質問が上がった。


「死体なら、誰でも良いんですか?」


「良い質問ですね。

 死体愛好家と言われて実際にそのような行為に及んだ者の中には、

 生前その死体となった人物と非常に近しかった者もいます。

 つまりは生前の関係の延長の中に死体という状態が含まれています。」


─永遠の愛、とでも言うのだろうか。


「最も、ファンタジーの中では極端な描かれ方をする場合があります。

 単に誰のものでも良いから死体が大好きな狂人や、

 愛が故に行き過ぎて死体を愛するといったもの等、

 ただしそれらはあまり現実に即しているとは言えません。

 何故なら、物語としてそういった人物を登場させる事で

 深みのようなものを演出出来る為です。

 『コイツは狂ってる』『ヤバい奴が現れた』

 そうした安っぽい演出に消費されているのが、

 現代におけるネクロフィリアです。」


暗部の切り込み方はかなり鋭く毒舌的だった。

つまりは創作者達が変わった個性的なキャラクターを生み出す際に、

都合良く記号付けされたものが現代の多くのネクロフィリアだと言うのだ。

それならば、そうした脚色の無いネクロフィリアとはどういったものか。


「もちろん、創作を超えて現実にも精神学的な観点からも死体愛好家は

 確かに存在しています。しかしそれらはファンタジーに描かれるような

 異常性癖を気取ったようなものではありません。

 シンプルに他人と価値観が壊れる程に乖離していたり、精神病だったり

 本人が本当に世間とのズレに困っているケースもあったりします。」


あまりに通常の講義のようで、かつ自分達が興味の無い範囲である事から、

男性講師の二人は遂には居眠りを初めてしまった。


「ちなみにコレはネクロフィリアとしては微妙ですが、

 つい先ほどまで生きていた遺体の検視官等が好奇心から手を出す、

 と言ったケースもあります。」


この例示に男性講師二名は食い付いた。


「なるほど、確かについさっきまで生きていたなら、

 おま〇〇もまだ温かいかも!?」


「逆に無抵抗だし、生きていたら多少痛がるような事も出来るなら

 お得って考えられちゃうかも!?」


とことん自分達の興味のある部分にしか反応しない男達だが、

つまりは条件さえ揃えばネクロフィリアは成立し得る、とも言えた。

暗部が講義を続ける。


「まぁさすがに、肉が腐っていたり白骨化していたり、

 腐敗が進んだ場合はそれを性的対象と捉えるのは難しいかも知れません。

 あくまで生前と同じような見た目にだけ欲情するパターンも有ります。」


青日下が少し元気になって、またしょうもない事を言い始めた。


「だけどさー、どうせおま〇〇がキュウキュウ締まったりはしないんだろ?

 だったらやっぱり使えないかもなー。」


更に村古木も追撃する。


「いくら無抵抗とは言え、段々死後硬直もするだろうし、

 やっぱりあまり美味しい状態とは言えないよねー。」


「あのねぇ・・・。だから、アンタら程度に理解出来るようなら、

 変態性癖とは言えないじゃない。

 極少数派の性癖だからこそ変態度は高いの。

 靴下の匂い嗅いで興奮するだけが変態じゃないの。

 世の中には本当に、常人には理解出来ない性癖がいっぱいあるのよ。

 変態学を名乗るのなら、そうしたものにも切り込むだけの勇気と

 覚悟を持って臨まないと、結構センシティブな範囲よ?

 自分達が扱っているものの危うさを理解しているのかしら?」


しかし暗部のこうした説教には一切反応を見せず、男性講師達は

鼻をほじりながら指を口にパクッと咥えて『マズッ』とえずいた。


「だけどね、ゴスロリ愛好家として一応言わせて貰うと、

 私は少しだけわからなくは無いの。

 これは性欲とかの問題じゃなくてもっと愛に関するものかもね。

 朽ち果てて不完全になってしまった相手へも向けられる愛。

 まぁそれだけじゃなくて、退廃の美学も関係しているのかもだわ。

 永遠には保つ事が出来ないからこそ、そうした危うい状態が

 『美』として捉えられる可能性はあるわ。

 そもそも『美』とは終わりがある事を言うとも言われるわ。

 例えば永遠に生き続ける事は決して美しいとは言えないかもでしょ。

 いつか終わりがある、だからこそ生命とか恋とか美しいのよ。」


リリアーヌがそこに付け加える。


「ただし、この性癖に関しては胸フェチや尻フェチのような

 単純に個人の嗜好だからと片付けられない問題でもあるな。

 墓荒らしだったり、そこから病原菌をばら撒いたりな。

 法律的な部分や衛生に関する問題もあり、

 人に易々と言えるようなフェチ・・・愛好では無いな。」


暗部は少し得意げにフンと鼻を小さく鳴らした。

男性講師達に対して、下世話なだけの好奇心に彩られたこれまでの内容と

少し毛色を変えてやったぞ、と言う自負がそこに混じっていた。


そうして男性講師達は、次回の講義こそは下世話な好奇心に彩られた

自分達も興奮出来るようなフェチに関する講義を行いたい、と思った。


本当に世の中には多種多様の性癖が存在する。

その中には今回紹介したような一般には理解されないものも多数存在する。

しかしただ愛好するだけで法律にも触れず、他者に殊更にひけらかして

自慢したりするので無ければ、妄想の世界は自由だ。


学問の現場ではそのサンプル数の少なさや社会に与えるインパクト、

様々な要素から真剣に議論される事は無いこうした性癖達。


答えが見つからないからこそ、現実の現象を見てそこに仮説を立てる。

こうした学問的取り組みの中から、今後またこうしたマイナーフェチも

少しずつその仕組みが解き明かされて行くのかも知れない。

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