第十九回:暗部深夜子の脱退
「私の誘いを断る女の子なんて、そんなの、そんなの・・・」
変態ワールドカップの主催者・ヘンタインの周囲の空気が歪む。
青日下が逃げる準備をしながら言う。
「深夜子ちゃん!!
早く逃げるんだ!!
このままじゃコイツに何をされるかわからない!!」
しかし暗部深夜子は逃げなかった。
「ダメだよ。
この人が何を言うのか、最後まで聞く義務があるの。」
「ちょ、ちょっと!!
深夜子ちゃん、そんな真面目な事言っちゃダメだよ、
逃げ遅れるよ!!」
そしてヘンタインが最後の言葉を放った。
「私の誘いを断る女の子なんて、大好きだーーーーー!!!!」
その瞬間、会場が一瞬にして真っ白になった。
自らの自信満々な誘いを断るおかしな異分子、深夜子。
だが、それでもどうしても好きと言う気持ちを捨てきれずにいた。
その時ヘンタインには、様々なフェチが生まれた。
暗部に唾を吐かれたい、踏んで欲しい、罵って欲しい。
暗部の下着が欲しい、屁を嗅ぎたい。寝取られたい。
非常に多くのフェチが彼の中に芽生えた。
そうして、彼は理解した。
「そうか、変態って人が自分を嫌いにならないように
自分の心を守るために生まれるものなんだ・・・。
そう考えるとあらゆるフェチズムを人は、
心にそっと抱きしめるべきだよね・・・。
『自分の事をこんな風にして守ってくれてありがとう』って。」
その瞬間、殺風景だった会場中に色とりどりの花が咲き始めた。
村古木が狼狽える。
「こ、コレは一体!?」
青日下が答える。
「この会場はヤツの心の中を映し出しているんだ。
『フェチ』というものに自らの心が触れる事によって
ヤツの心は彩りを取り戻したんだろう。」
その後も続々とヘンタインの中には特殊性癖が芽生え続けた。
「暗部ちゃん・・・いや、深夜子ちゃんが夏に脇の下に貼ってる
汗吸収シートを一日一回貰いたい!
深夜子ちゃんが描いた文字ですらも愛おしい!!」
そして彼は最初は単なる『暗部深夜子フェチ』でしか無かったのが、
徐々にそうした各フェチが他者に対しても拡大して行き、
次第にそれら各フェチ単体でも興奮出来るようになって行った。
「あぁ、何て素晴らしきかな変態の世界・・・。
私はこんなにも素晴らしいものを持った人々を金の力で集めて
戦わせていたのか・・・私って最高、頭良すぎる!!!!」
彼はナルシシズムや自己肯定フェチも患っていた。
こうしてもはや今ではフェチの権化と化したヘンタイン。
彼は今度はその無尽蔵な金の力を使って、世界を変えると言い出した。
「全ての変態達が生き易い世界を作るぞ。
今の世の中は変態に対して厳し過ぎる。
それならば彼らが生き易い、イキ易い世界を・・・」
しかし、青日下がそれを止めた。
「いいや、ヘンタインさん。そいつは違うぜ。」
彼はほじりまくった自らの鼻くそをパクッと食べてから言った。
「変態ってのはどこまでも三下さ。
決して世界から認められたらいけない。
あくまで直視してはいけない太陽のように眩しく、
そしてどこまでも世間の闇の凝縮でなければいけない。
俺達変態がいるからこそ、ノーマル性癖が輝ける。
そしてそれらは両方無ければいけないんだ。
だから世界のバランスの為にも変態とノーマル性癖は
互いを補完しあっているんだぜ。」
彼はもはや青ヒゲと言うにはあまりに逞し過ぎる
黒く長いヒゲを生やしていた。
その姿はさながら仙人、と言いたいところだが、
毛の色が黒の為、単なる浮浪者に見えた。
「ふ、日本の変態学の講師だったか?
アンタ、結構やるねぇ。何の目的でそんな事やってるのか知らないけど、
私はもう一度、一から変態を学んでみる事にするよ。」
ヘンタインは、こう言ってカッコ良く去ろうとした。
しかしそれを青日下が、カッコ悪く止めた。
「いやいやいやいや、ちょっと待てよ、ヘンタインさんよ。
変態を学ぶだぁ?そんなの、ウチの変態学講座を受けに来なよ。」
「あ、そうか・・・。」
こうして世界を裏で操る程の莫大な富を持ったヘンタインを
自らの講座の講習生として招き入れた青日下は、受講料として
一日辺り20000円を受け取る契約を交わした。
微妙に中途半端にリアルな金額がいやらしい。
ヘンタインはとんでも無い財産を持っているため、
別に一日に受講料100万でも構わなかった。
しかし青日下は変な所で臆病な性格が災いして、それを拒んだ。
まだ自らはそんな大金を受け取れるほど大した変態じゃない、と。
リリアーヌが言う。
「もうこうなると、国からの助成金も必要無いんじゃないか?
ヘンタインの理解が得られれば変態学研究の予算なんて
国家規模を超えて容易く得られるだろう。」
しかし、青日下はどこか寂し気だった。
「うん、そうだよな。
だけどそうなるともう、深夜子ちゃんは卒業か。
だってもう予算の心配は無くなるんだもんな。」
暗部は少しだけ寂しい気持ちになりながらも、それでもいつか卒業、
それを目標にして来た身としてはまたと無いチャンス。
ここはハッキリとキッパリ主張した。
「そうですよね。私は変態学の理解が得られて、
資金調達が出来た時点で卒業と聞いていました。
そして今それは叶いつつある。
もう私は、契約終了と見て間違いないと思います。」
・・・・・・。
村古木が寂しそうに言った。
「深夜子ちゃん・・・。
本当にもう、変態学を辞めちゃうの?」
「私は元々、ただ部屋でゴシックな事を妄想したり、
そうしたサブカルチャーな事が出来れば良かったんです。
青日下さんに誘われてと言うか無理矢理な勧誘で入講して
講師なんてやっちゃって、いつか終わりが来るとは思っていました。」
青日下は泣きそうな顔をしているが、何も言えなかった。
リリアーヌが言った。
「そうだな、お前はそういう契約だったはずだ。
そして今それはヘンタインにより叶えられる状況が整った。
暗部、おめでとう。変態学、卒業だ。」
暗部はリリアーヌには比較的懐いていた為、寂しい気持ちになった。
「あの、リリアーヌさんだけなら、たまに会っても良いですよ?」
「いや、それは止めておこう。
私と会う事でまた、変態学の空気感を思い出すだろう。」
「・・・・・・・、そうですよね。
わかりました。それじゃあ皆さん、今までお世話になりました。
私、暗部深夜子はこれを持ちまして、変態学講師を卒業します。
それじゃあ、皆さん、お元気で・・・!!」
暗部は振り返る事も無く走って行った。
村古木が寂しそうにその後姿を見つめる。
リリアーヌは寂しさと今後の暗部の生活への期待を半分ずつ秘め、
少し口角を上げて姉のような振る舞いでフッと軽く笑った。
そして青日下は、両手を地面に付いてワンワン泣いた。
「深夜子・・・本当に行ってしまうなんて・・・。
俺との思い出はそんなに簡単に終わらせられるくらいのものだったのか?
もっと何かこう、悩んだり、しばらくは居残ったりしないのか?
俺が何かしたって言うのか?良い思い出しか無いだろ!!」
しかし、リリアーヌがツッコむ。
「いや、嫌な思い出しか無いだろ。
暗部はお前には嫌な思い出しか無いと思うぞ。
主にお前の新たなセクハラ被害者になっていたからな。
まぁだからと言ってこれからは、私へのセクハラは
全力で阻止するがな。」
ヘンタインは変態学を学べる期待半分、しかし自分のせいで
大切な講師を一人失ってしまったような気になり、複雑だった。
それから季節は一回り流れた。
ヘンタインは変態学講座を受けて変態に対する理解と知識を深めた。
三人の講師達は以前にも増して過激な講義を続けた。
しかしどこか空虚さがあった。
青日下と村古木が変態全開で突拍子も無い事を言う。
それに対してリリアーヌが強烈なツッコみをする。
暗部が来る以前から既に確立されていたお決まりの形。
コレで十分なはずだった。
しかし、三人は何か物足りなさの中にいた。
そんな折、変態学の準備室に国の機関から連絡があった。
「是非とも変態学を国の学問として認めたい。」
それは一体、どういう事なのだろうか。




