観測される者
目が合った。
そう認識した瞬間には既に視界は元へ戻っており、先ほどまで確かに存在していた巨大な影も、光の届かない深層の闇へ完全に溶け込んでしまっていたのだが、それでもサクの背中を流れる嫌な汗だけは消えてくれず、むしろ時間が経つほどに「あれは本当に見間違いだったのだろうか」という疑問よりも、「いや、絶対に何かいた」という確信の方が強くなっていった。
怖かった。
普通に怖い。
今までこのゲームで見たどんなものよりも怖かった。
レベル差がある相手を見た時の恐怖ではない。
巨大なモンスターを見た時の恐怖でもない。
もっと別の。
自分が理解できない何かと遭遇した時に感じる、本能的な警戒感に近いものだった。
だが、それと同時に。
サクの胸の奥では別の感情も膨れ上がっていた。
知りたい。
あれは何だったのか。
どうしてここにいるのか。
何故こんな場所が存在しているのか。
そして。
どうすれば会えるのか。
「……いや、普通逆だろ」
思わず自分で突っ込む。
怖いなら逃げろ。
危険なら近付くな。
それが普通の人間の考え方だ。
しかしサクは昔からそうではなかった。
危険な場所ほど気になる。
誰も行かない場所ほど見てみたくなる。
知らないものほど知りたくなる。
その結果として、この地下遺跡にいるのだから今さらだった。
螺旋階段を降り続ける。
しかし先ほどまで感じていた探索の高揚感とは少し違う。
今はどちらかと言えば確かめたいという気持ちが強かった。
あの存在は本当にいたのか。
それとも称号の影響で見えた幻覚だったのか。
境界観測者。
最近取得したこの称号は明らかに普通ではない。
未登録領域を見ることが出来る。
本来存在しない何かを観測できる。
そんな能力を持っている可能性が高い。
だとすれば。
あれは本来見えてはいけない存在だったのかもしれない。
「だとしたら余計に気になるんだけど」
サクは苦笑した。
知らない方が良かった。
そう思うべきなのだろう。
だが知ってしまった以上、見なかったことには出来ない。
しばらく進んだところで異変に気付く。
「ん?」
壁だ。
階段の外側ではなく内側。
巨大な縦穴に面した壁面へ、無数の文字らしきものが刻まれている。
今まで気付かなかった。
いや。
正確には見えていなかった。
結晶の光が弱すぎたのだ。
サクは近寄る。
指でなぞる。
古代文字だろうか。
しかし違う。
文字にも見える。
図形にも見える。
傷跡にも見える。
統一性がない。
まるで複数の言語が無理矢理混ざっているようだった。
「何だこれ……」
鑑定を使う。
⸻
【断章の記録】
解読率:0.3%
⸻
「お?」
初めてだった。
情報不足ではない。
ちゃんと反応した。
しかも。
断章。
また知らない単語だ。
最近のサクは知らない単語ばかり増えている気がする。
いや実際増えている。
「歴史値とか観測とか断章とか……このゲーム途中からジャンル変わってないか?」
普通のVRMMOだと思っていた。
だが最近は古代文明考察ゲームになっている気がする。
そして嫌なことに。
かなり楽しい。
その時だった。
壁面の文字が一瞬だけ光った。
青白い光。
ほんの一瞬。
だが確かに。
そして。
サクの視界へ新しい通知が現れる。
⸻
【歴史値を獲得しました】
+1
⸻
【歴史値:7】
⸻
「増えた」
思わず呟く。
何をした。
壁を触っただけだ。
戦闘もしていない。
アイテムも拾っていない。
それなのに数値だけが増えた。
「いや、これ絶対レベルより大事なやつだろ……」
そんな予感がした。
ゲーム慣れしているから分かる。
説明されない数値ほど危険で重要だ。
一方その頃。
⸻
【World Anomaly Online 総合掲示板 Part.130】
1:名無しの冒険者
また来た
2:名無しの冒険者
何が
3:名無しの冒険者
観測施設
4:名無しの冒険者
もう日課になってるな
5:名無しの冒険者
慣れって怖い
6:名無しの解析勢
いや今回はヤバい
7:名無しの冒険者
毎回言ってる
8:名無しの解析勢
今回はマジ
9:名無しの冒険者
聞こうじゃないか
10:名無しの解析勢
未登録反応が増えてる
11:名無しの冒険者
は?
12:名無しの解析勢
普通は減る
13:名無しの解析勢
見つかったら登録されるから
14:名無しの冒険者
確かに
15:名無しの解析勢
でも今回は増えてる
16:名無しの冒険者
意味分からん
17:名無しの解析勢
つまり
18:名無しの解析勢
誰かが世界に存在しない何かを発見してる
19:名無しの冒険者
怖いこと言うな
20:名無しの冒険者
地下遺跡勢だろどうせ
21:名無しの冒険者
もうあいつら隔離しろ
22:名無しの冒険者
理不尽で草
23:名無しの解析勢
あともう一つ
24:名無しの冒険者
まだあるの?
25:名無しの解析勢
歴史値ランキングが出来た
26:名無しの冒険者
?????
27:名無しの冒険者
そんなランキング存在したの?
28:名無しの解析勢
今日追加された
29:名無しの冒険者
追加!?
30:名無しの解析勢
一位
31:名無しの解析勢
歴史値7
32:名無しの冒険者
誰?
33:名無しの解析勢
名前非公開
34:名無しの冒険者
余計怖いわ
⸻
その頃。
当の本人は。
「ランキングなんてあったのか」
知らない。
当然知らない。
サクは掲示板を見ていない。
歴史値ランキングが世界中で話題になっていることも知らない。
ただ。
目の前の壁を見ていた。
そして。
壁の奥から。
誰かの声が聞こえた気がした。
『――継承者』
男とも女とも分からない声。
遠い。
あまりにも遠い。
だが確かに聞こえた。
サクは反射的に振り向く。
誰もいない。
当然だ。
ここは地下遺跡の深層。
他のプレイヤーなどいるはずがない。
しかし。
今の声は幻聴ではなかった。
そう思った瞬間。
⸻
【歴史値が一定値へ到達しました】
【新機能解放条件を確認】
⸻
【???】
⸻
通知はそこで途切れた。
表示されない。
まるで誰かが途中で遮断したかのように。
「……何だよそれ」
思わず苦笑する。
最近のこのゲーム。
本当に説明する気がない。
だが。
サクは気付いていなかった。
深層で眠る存在。
壁の向こうから聞こえた声。
歴史値。
断章。
その全てが。
少しずつ一つの場所へ繋がり始めていることに。
そしてその中心に。
自分自身がいることに。




