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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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その先へ

ちょっと文量復活!



 世界中へ表示された灰色のシステムログが何事もなかったかのように静かに消え去ると、それまで黄金色へ染まっていた地下遺跡の結晶群はゆっくりと本来の青白い輝きを取り戻し始め、耳を劈くように鳴り響いていた巨大機構の駆動音も徐々に遠ざかっていく一方で、床下深くからは依然として規則正しい振動だけが絶え間なく伝わり続けていたため、一見すれば遺跡は再び静寂を取り戻したように見えながらも、その実、数千年という時を経て停止していた何かが完全に目を覚まえたことだけは疑いようのない事実として空気の奥底へ残り続けていた。


 サクは壁画の前へ立ったまま、無意識にその中央へ刻まれた巨大な樹へ視線を向ける。


 先ほど試練の中で見た《原初樹》。


 酷似している。


 いや。


 酷似ではない。


 同じものだ。


 幹の裂け方。


 根の広がり。


 枝先へ灯る七つの光。


 その配置までもが完全に一致している。


「……偶然じゃないよな」


 誰へ向けたわけでもない独り言が石壁へ吸い込まれる。


 リルは壁画全体を高速解析しながら静かに答えた。


「一致率九十九・九九七八%」


「試練内で確認した映像との誤差は経年劣化による損傷範囲のみです」


「つまり」


「この壁画は、試練を模倣して作られたのではありません」


 一拍置き、彼女は続ける。


「試練そのものが、この壁画を基準として構築されています」


 その一言に、サクは小さく眉をひそめる。


「試練が壁画を?」


「通常であれば逆です。しかし、観測された情報から判断すると、第二巡歴試練とは過去を再現する魔法ではなく、この壁画へ記録された歴史情報を直接参照することで構築された特殊領域だった可能性があります」


 つまり。


 もし壁画が壊れれば。


 歴史そのものも変わる。


 そんな馬鹿げた可能性が頭を過る。


 その時だった。


 壁画中央へ刻まれていた巨大な樹の根元から、小さな粒子がふわりと浮き上がる。


 青白い光。


 いや。


 淡い灰色。


 試練で見たシステムログと同じ色だった。


 粒子は空中で幾何学模様を描きながらゆっくりと集束し、やがて一枚の薄い板状へ形を変えていく。


 石でもない。


 金属でもない。


 ガラスにも見える。


 しかし、そのどれとも違う未知の素材。


 サクは恐る恐る手を伸ばす。


 触れた瞬間、冷たいはずの板から鼓動が返ってきた。


 まるで生き物だ。


⸻


【遺失記録片を取得しました】


名称:《巡歴碑片 No.Ⅰ》


状態:欠損


復元率:0.8%


解読可能情報:一件


⸻


「巡歴碑片?」


 表示されたアイテム名を見て首を傾げる。


 説明欄はほとんど空白だった。


⸻


『……第一の旅人は、始まりを記録した』


⸻


 それだけ。


 たった一行。


 武器でもない。


 素材でもない。


 クエストアイテムらしい説明も存在しない。


「なんだこれ」


 サクは苦笑しながらインベントリへ放り込む。


「コレクションアイテムかな」


 リルは珍しく即答しなかった。


「……本機のデータベースへ該当項目は存在しません」


「また?」


「はい」


「取得した瞬間にデータベースへ自動登録される仕様ですが、このアイテムだけ登録自体が拒否されています」


「そんなことある?」


「ありません」


 一言。


「本来なら」


 その時、遺跡全体へ乾いた音が響いた。


 カチリ。


 先ほどよりも近い。


 そして。


 サクの立っていた床がゆっくりと沈み始める。


「うおっ!」


 咄嗟に飛び退く。


 石床は円形に開き、地下へ続く螺旋階段が姿を現した。


 だが、それだけでは終わらない。


 壁面へ埋め込まれていた無数の結晶が順番に灯り始めると同時に、誰もいなかったはずの通路の奥から、鎧を擦るような硬い音が幾重にも反響し始め、静寂しか存在しなかった遺跡へ少しずつ「生活音」にも似た気配が戻り始める。


 サクは息を潜める。


「……モンスターか?」


 耳を澄ます。


 違う。


 足音だ。


 規則正しい。


 訓練された兵士のような歩調。


 しかし、生きている気配は感じない。


 青白い通路の闇から、やがて一体の人影が姿を現す。


 全身を白銀の甲冑で覆った騎士。


 剣を携えている。


 だが兜の隙間には顔がない。


 空洞。


 いや、正確には淡い星屑だけが静かに揺れていた。


⸻


【未確認存在を確認】


個体名:解析不能


分類:???


危険度:測定中……


測定失敗


⸻


「また測定できないのか」


「違います」


 リルの声が僅かに震える。


「この個体……プレイヤーでもNPCでも魔物でもありません」


「じゃあ何なんだ?」


 返答はなかった。


 その代わり。


 白銀の騎士はゆっくりと剣を胸へ当て、まるで古代の騎士が王へ忠誠を誓うように深く片膝をつく。


 敵意はない。


 それどころか、歓迎しているようにも見える。


 そして、顔のない兜の奥から静かな声が響いた。


『――巡る者よ』


『ようやく、一人目が辿り着いたか』


 その言葉を聞いた瞬間。


 サクの視界ではなく。


 世界中の空で。


 誰にも見えない巨大な歯車が、ゆっくりと一段だけ回転した。





 顔という概念そのものを失った白銀の騎士が、長い年月を経てもなお寸分の狂いもない美しい所作で片膝をついたまま静かに頭を垂れると、その動作に呼応するように地下深くから響いていた重厚な駆動音は次第に規則正しい律動へ変化していき、壁面へ埋め込まれた青白い結晶もまた一定の周期で明滅を繰り返し始めたため、サクは先ほどまで「封印が解けた」としか思っていなかったこの現象が、実際には何らかの施設が正式な手順に従って再起動を開始した結果なのではないかという考えへ至りながらも、目の前の存在から一切の敵意を感じられないことへ僅かな安堵を覚えつつ、その場で慎重に様子を窺っていた。


 しかし、その静寂は長くは続かなかった。


 騎士が胸へ当てていた剣をゆっくりと床へ突き立てた瞬間、遺跡全体へ幾重にも重なった淡い波紋が広がり、それは目に見える衝撃波ではなく、空間そのものへ刻まれた何かを呼び覚ますための合図であるかのように石壁や天井、果ては地下を流れる龍脈にまで伝播していくと同時に、これまで単なる装飾としか思えなかった壁面の紋様が一つ、また一つと淡い黄金色を帯び始め、その全てが巨大な魔法陣の一部であったことを静かに物語っていた。


「……遺跡じゃない」


 サクは思わず呟く。


「これ、何かの施設だ」


 リルは壁面を高速で解析しながら、小さく頷いた。


「現在、構造解析を進めています……ですが、解析結果が従来の地下遺跡データと一致しません」


「一致しない?」


「はい。本施設は一般的なダンジョン構造ではなく、複数の巨大施設が後から接続され、一つの超大型構造物として再構築された痕跡があります」


 表示された立体地図が更新される。


 地下三層。


 地下五層。


 地下十層。


 いや。


 地図はさらに下へ伸びていく。


 階層という概念ではない。


 まるで地中深くへ一本の世界が存在しているかのように。


「現在確認可能階層……七十三」


「……は?」


 サクは思わず聞き返した。


「この遺跡ってそんなに深かったのか?」


「いいえ」


 リルは即答する。


「本来公開されていた地下遺跡は第六層までです」


「じゃあこれは?」


「……封印解除により、新たな構造が観測可能になったとしか説明できません」


 七十三層。


 それは、プレイヤーがこれまで攻略してきた地下遺跡とは比較にならない規模だった。


 その時、不意に白銀の騎士が顔を上げる。


 兜の奥には相変わらず何も存在しない。


 しかし、星屑のような淡い光がゆっくりと揺れ、どこか懐かしそうな空気だけが伝わってくる。


『巡る者』


『問う』


 低く響く声。


『何故、お前は歩き続ける』


 サクは少しだけ笑う。


「またその質問?」


『答えは変わる』


『旅人は巡る度に変わる』


 その言葉を聞いた瞬間、サクは少しだけ考え込む。


 始まりは好奇心だった。


 未知を見たい。


 誰も見たことのない景色を見たい。


 ただ、それだけ。


 でも。


 今は違う。


「……知りたいからかな」


 静かな声だった。


「この世界のことを」


「まだ誰も知らないことを」


「俺自身も知らないことを」


 一拍置いて続ける。


「それと」


「帰れなくなった場所があるなら」


「もう一回、帰れるようにしてやりたい」


 灰炎都市を思い出す。


 アカネを思い出す。


 笑っていた人達を思い出す。


「それだけ」


 白銀の騎士は長い間沈黙していた。


 やがて。


 ゆっくりと立ち上がる。


『……適合』


 その一言と同時に、サクの視界へ灰色ではない、見たことのない「白銀」のシステムログが浮かび上がる。


⸻


【巡歴者適性 確認】


継承資格:適合


第一巡歴管理区画への入室を許可します


管理者権限:未付与


観測権限:Lv.1


封印解除率:1.02%


⸻


「管理区画?」


 聞き慣れない単語だった。


 今までは遺跡。


 神殿。


 試練。


 そんな言葉ばかりだった。


 だが「管理区画」という響きは、まるで誰かがこの世界を維持するために造った施設のような印象を与える。


 その時だった。


 壁面全体へ描かれていた巨大な壁画が音もなく動き始める。


 七人の旅人。


 巨大な樹。


 七つの光。


 その全てがゆっくりと形を変え、一枚の巨大な世界地図へ変化していく。


 しかし。


 地図は現在知られているものとは全く違った。


 中央大陸は半分ほどしか描かれておらず、その周囲には無数の大陸や浮遊島、巨大な渦、世界樹を中心に広がる円環状の海、さらに空を流れる河川のようなものまで描かれている。


「……広すぎる」


 サクは思わず息を呑む。


 今までプレイヤー達が活動していた世界は、その地図全体から見れば、ほんの片隅に過ぎなかった。


 リルの演算が止まる。


「現在公開ワールドとの一致率……四・九%」


「たった?」


「はい」


「つまり」


「現在プレイヤー達が世界だと認識している範囲は、本来の世界の二十分の一にも満たない可能性があります」


 その瞬間。


 壁画の端へ、小さく文字が浮かぶ。


⸻


《第一管理区画》


現在稼働中


巡歴都市 1/7


封印解除 1/7


観測者 1/7


⸻


 サクは首を傾げる。


「また七か」


 軽く流す。


 だが。


 読者だけが気付く。


 七という数字は、これまでにも何度も現れていた。


 灰炎都市。


 七人の旅人。


 原初樹の七つの光。


 そして今。


 七つの巡歴都市。


 七つの封印。


 七人の観測者。


 全てが一本の線として繋がり始めている。


 その頃。


 サクの知らない場所では。


 深い海の底。


 誰も辿り着いたことのない海底神殿で、一体の青い甲冑を纏った少女が静かに目を開ける。


 空中大陸の最果てでは、翼を持つ老人が空を見上げながら小さく笑う。


 雪に閉ざされた白銀の王国では、氷の中で眠っていた巨大な鐘がひび割れ始める。


 そして。


 世界各地に存在する六つの「巡歴都市」が、地下遺跡と同じようにゆっくりと目覚め始めていた。


 まだ誰も知らない。


 サクが一つの封印を解いたことで、世界中の歯車が静かに回り始めたことを。


 そして、運営ですら存在を把握していない”本当の物語”が、ここからようやく始まろうとしていることを。


⸻


World Anomaly Online 総合掲示板 Part.232


112:名無しの冒険者


なんかさ……


最近ログインするたびに世界広くなってない?


113:名無しの探索勢


それ俺も思った


見たことない地形増えてる


114:名無しの解析勢


地形じゃない


“座標”が増えてる


115:名無しの冒険者


意味分からん


116:名無しの解析勢


もっと意味分からんこと言うぞ


ゲーム容量


昨日より増えてる


117:名無しの冒険者


は?


118:名無しの解析勢


運営はアップデートしてない


なのにワールドデータだけ増殖してる


⸻


 その書き込みを最後に、スレッドは一瞬だけ静まり返る。


 誰も冗談だと思った。


 まだ。


 世界が自ら成長を始めたという事実を、理解できる者は一人もいなかった。




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