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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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帰還、そして世界の歪み



 祖竜ヴァルガが静かに瞼を閉じると同時に、灰炎都市全域を巡っていた龍脈の鼓動はまるで役目を終えたかのように少しずつ静まり始め、それまで鮮やかな赤金色に染まっていた街並みは夕暮れにも似た柔らかな色彩へ移り変わっていく一方で、人々は誰一人としてその変化を不思議がる様子を見せず、いつも通り仕事を続け、旅人達は笑いながら酒場へ入り、子ども達は石畳の上を駆け回っていたため、サクだけが「終わり」が近付いていることを理解しているような、言いようのない孤独を胸へ抱きながらその光景を静かに眺め続けていた。


 先ほど見た巨大な樹。


 《原初樹》。


 そして七つの光。


 あれが何を意味するのかは分からない。


 しかし一つだけ確かなことがあった。


 あの光景を見た瞬間から、世界は自分を「旅人」としてではなく、「観測対象」として認識し始めている。


 そんな予感が拭えなかった。


 アカネがゆっくりとサクの隣へ並ぶ。


『……ありがとう』


「え?」


『この景色を、覚えてくれて』


 彼女は広場を見渡す。


 笑う人々。


 煙を上げる工房。


 旅人達の歌。


 石畳へ腰掛けて昼食を食べる家族。


『皆、いつか消えちゃう』


『でも、誰か一人でも覚えていてくれたら、それは”無かったこと”にはならないと思うんだ』


 その言葉は独り言にも似ていた。


 サクは静かに頷く。


「忘れないよ」


「この街も」


「皆のことも」


「だから、いつか本当にこの世界を全部歩けたら、また帰ってくる」


 アカネは少しだけ目を丸くした後、子どものように笑った。


『うん』


『約束』


 その一言が試練の終わりを告げる合図だった。


 都市全体へ風が吹く。


 暖かい。


 炎ではなく、人の営みが生み出した温もりだけを運ぶ風。


 その風に触れた建物から少しずつ光の粒子が舞い始め、工房も市場も龍脈炉も、人々の姿さえも黄金色の粒子へ変わって空へ昇っていく光景は、滅びというよりも、一つの物語が静かに幕を下ろしていくような穏やかさを宿していた。


 グレン老人は最後まで背筋を伸ばえ、ヴァルガは静かに翼を畳み、街の人々は誰一人悲しむことなく笑顔のまま空へ溶けていく。


 まるで、自分達が誰かへ託される未来を信じているかのように。


 そして。


 最後に残ったアカネが、サクへ小さな結晶を差し出した。


『これ』


「いいの?」


『旅人はね』


『何か一つ、お土産を持って帰るものだから』


 サクが受け取った瞬間、淡い炎色の結晶は粒子となって掌へ溶け込み、身体の奥深くへ吸い込まれていく。


⸻


【第二巡歴試練 完了】


歴史継承率:91.8%


文明理解度:A


守護者評価:EX


特別条件達成


《滅びを最後まで観測しました》


《約束を交わしました》


《歴史侵蝕を視認しました》


⸻


【称号獲得】


《歴史の旅人》


歴史に残された想いを継承する者。


あなたが訪れた文明は、完全には忘れ去られなくなる。


⸻


【ユニークスキルが変質しました】


《未知への探究》


 ↓


《巡歴者》


世界を巡り、その歴史を継ぐ者。


未踏地域で取得する経験値・理解度・観測精度が大幅上昇します。


特定条件下で「失われた歴史」を観測できます。


⸻


【特殊権限を獲得】


《歴史観測》


※通常プレイヤーは取得できません。


⸻


「……巡歴者」


 サクは思わずスキル名を口にする。


 今までの《未知への探究》とは違う。


 探索そのものではなく、「世界を継ぐ」という役割へ近付いたような名前だった。


 その直後、視界全体が白く染まる。


 足元の感覚が消え、風景が溶け、龍脈の光も人々の笑い声も遠ざかっていく。


 次に目を開けた時。


 サクは地下遺跡の石造りの広間へ立っていた。


 静かだった。


 さっきまで聞こえていた鍛冶場の音も、人々の話し声もない。


 聞こえるのは地下水が岩肌を伝う音と、自分の呼吸だけ。


 だが。


「……あれ?」


 目の前の景色が違う。


 試練へ入る前には存在しなかったはずの巨大な壁画が、正面の壁いっぱいへ刻まれていた。


 そこには七人の旅人らしき人物が描かれている。


 中央には巨大な樹。


 その根元から七つの光が伸び、それぞれ異なる方角へ歩いていく姿。


 そして。


 七人目だけが、顔を削り取られていた。


 まるで誰かが意図的に存在を消そうとしたように。


 サクが壁画へ近付こうとした、その瞬間だった。


 耳元で乾いた音が鳴る。


 カチッ。


 小さな。


 本当に小さな音。


 しかし、それは地下遺跡全体へ響き渡った。


 次の瞬間。


 石壁の奥で何か巨大な機構が動き始める轟音が鳴り響き、数百年、あるいは数千年もの間閉ざされていたと思われる封印がゆっくりと解放されていくような重々しい振動が足元から伝わってくると同時に、遺跡中へ設置されていた青白い結晶が一斉に黄金色へ変化し、それまで眠っていた無数の魔法陣が連鎖的に起動を始める。


 サクはまだ知らない。


 第二巡歴試練を終えたことによって変わったのは、自分だけではない。


 地下遺跡そのものもまた、長い眠りから目覚め始めていたことを。


 そして、その異変は世界中で同時に始まっていた。


⸻


World Anomaly Online 総合掲示板 Part.231


1:名無しの冒険者


おいおいおいおい


またワールドアナウンス来るぞ


2:名無しの冒険者


今度は何だよ……


3:名無しの冒険者


全地域の空が光ってるんだが


4:名無しの冒険者


火山だけじゃない


森も海も砂漠も全部だ


5:名無しの解析勢


待て


これ、おかしい


6:名無しの冒険者


何が?


7:名無しの解析勢


サーバーがアナウンスを送信してない


8:名無しの冒険者


は?


9:名無しの解析勢


誰か別の”何か”が送ろうとしてる


 その書き込みが投稿された瞬間。


 世界中のプレイヤーの視界へ、運営のものとは明らかに異なる灰色のシステムログが静かに浮かび上がる。


⸻


【WORLD RECORD UPDATED】


観測者を確認


巡歴者 確認


継承率 更新


第一封印 解除


残存封印 六


⸻


 そのログを見たプレイヤー達は、まだ誰一人として理解していなかった。


 それがイベント開始の合図ではなく。


 世界そのものが、長い眠りから目を覚ました最初の鼓動であることを。



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