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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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観測者たち



 時計塔を覆っていた黒い紋様がまるで最初から存在しなかったかのように霧散すると、それまで一瞬だけ静まり返っていた広場には再び人々の笑い声と鍛冶場の槌音が響き始め、龍脈導管を流れる赤金色の光も規則正しい周期で脈動を繰り返していたため、もしサク一人だけがその異変を目撃していなければ、ほんの数秒前に世界そのものへ得体の知れない何かが干渉していたなどとは誰一人信じられないほど、都市は以前と変わらぬ平穏を取り戻していた。


 しかし。


 変わってしまったものが、一つだけあった。


「……あれ?」


 サクは広場中央を見渡す。


 噴水の横。


 旅人達が腰を掛けていた石造りの長椅子。


 そこに刻まれていたはずの古代文字が消えている。


「リル」


「確認しています」


 返答は早い。


「本機の記録領域では、先ほどまで長椅子へ《巡歴第五班 再会を願う》という刻印が存在していました」


「でも」


「現在は確認できません」


 グレン老人も眉を寄せる。


『……何も書いておらぬな』


 アカネが近付いて石へ触れる。


『おかしい』


『ここには昔から文字があったはずなのに』


 違和感。


 だが、その違和感は次の瞬間にはさらに大きくなる。


 市場の奥で旅人達が談笑している。


 その中の一人。


 白い外套を羽織った青年を指差し、アカネが呟いた。


『……誰?』


「知り合いじゃないのか?」


『違う』


 アカネは首を振る。


『さっきまで、あそこには女の人がいた』


 サクも覚えている。


 旅先で拾った植物を広げながら子ども達へ話をしていた女性。


 確かにいた。


 しかし今は。


 誰もその女性の存在を覚えていない。


 市場の人々へ尋ねても、全員が口を揃えて言う。


「最初から彼しかいませんでしたよ」


 リルの声が震える。


「歴史情報の再構築を確認」


「個体情報が置換されています」


「置き換え?」


「はい」


「消えたのではありません」


「別人だったことになっています」


 サクは息を呑む。


 昨日までの歴史を書き換える。


 そんな話ではない。


 今、この瞬間にも。


 目の前で。


 過去そのものが組み替えられている。


 ヴァルガが低く唸る。


『……また始まったか』


『世界は、自らの矛盾を修正し始めている』


「矛盾?」


『世界に存在してはならぬもの』


『記録されてはならぬ歴史』


『辿り着いてはならぬ結末』


『それらを”最初から無かったこと”へ戻そうとしておる』


 その時だった。


 サクの視界へ、これまで見たことのない色のシステムログが現れる。


 青でも赤でもない。


 灰色。


 まるでシステム自身が迷っているかのような色だった。


⸻


【System Error】


観測者を確認


対象:


不明


観測権限:


拒否されました


修正処理:


失敗


理由:


対象を定義できません


⸻


「……え?」


 サクが固まる。


「俺?」


「違います!」


 リルが即座に否定する。


「これは貴方へ表示されていますが、貴方に対するログではありません」


「じゃあ」


「誰かが」


 一拍。


「この試練を観測しています」


 その言葉と同時に、現実世界――《World Anomaly Online》では、誰にも予想できない異変が発生していた。


⸻


【World Anomaly Online 総合掲示板 Part.214】


1:名無しの冒険者


火山エリア行けなくなったんだけど


2:名無しの冒険者


俺も


3:名無しの冒険者


入口が消えてる


4:名無しの冒険者


は?


5:名無しの冒険者


マップにはある


でも近付くと別の場所へ出る


6:名無しの探索勢


録画した


見てくれ


7:名無しの冒険者


これバグ?


8:名無しの解析勢


違う


座標が書き換わってる


9:名無しの冒険者


また地下遺跡案件?


10:名無しの解析勢


いや……


今回は違う


11:名無しの冒険者


何が?


12:名無しの解析勢


火山地域そのものの存在情報が揺らいでる


13:名無しの冒険者


……は?


14:名無しの解析勢


こんなの解析データに存在しない


15:名無しの冒険者


運営何してんだよ


16:名無しの解析勢


違う


運営側のログにも残ってない


17:名無しの冒険者


終わっただろこのゲーム


⸻


 その頃。


 サクはまだ知らない。


 自分が歴史を見ているのではない。


 歴史の方もまた、自分を見始めていることを。


 そして、七つの始まりを巡る物語は、静かに次の段階へ進もうとしていた。

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