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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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観測外の来訪者

記録領域への未承認侵入を確認という赤色の警告ログが視界の端で激しく明滅し始める中、それまで終始無機質な応答を続けていたリル=アーカイブの表情から初めて機械的な平静さが消え去り、人間と見間違うほどはっきりとした焦燥と困惑を浮かべながら門の方向へ視線を向けていたことに気付いたサクは、反射的に振り返りながらも、先ほど耳元で聞こえた「やっと会えたね」という言葉が妙に胸の奥へ引っ掛かっていることに小さな違和感を覚えていた。


 どこかで聞いたことがある。


 そんなはずはない。


 初めて聞く声のはずだ。


 しかし、懐かしい。


 知っている。


 そんな矛盾した感覚が胸の奥で渦を巻いていた。


 そして門の前。


 確かにそこには人影が存在していた。


 だが、存在しているはずなのに認識しきれない。


 目を凝らせば男にも見える。


 次の瞬間には女性にも見える。


 若者にも老人にも見える。


 そして視線を少し逸らしただけで、背景の一部だったのではないかと錯覚してしまうほど輪郭が曖昧であり、存在感そのものが異常なほど希薄になっているため、そこに「何か」が立っているという事実だけは理解できるのに、その正体を認識することだけが何故かできなかった。


「……誰だ?」


 サクが警戒しながら問いかける。


 すると人影は困ったように小さく笑った。


「誰、か」


「そうだね」


「それは随分と難しい質問だ」


「昔なら色々な名前で呼ばれていたけれど、今となってはどれも正解じゃないから」


 不思議な声だった。


 男にも聞こえる。


 女にも聞こえる。


 老人にも子供にも聞こえる。


 そのくせ、妙に聞き取りやすい。


 そして。


 その声を聞いた瞬間。


 リル=アーカイブが大きく目を見開いた。


「認識……一致」


「あり得ません」


「存在消失を確認済み」


「機能停止を確認済み」


「観測終了を確認済み」


「何故……」


「何故、貴方が……」


 少女の震える声。


 それを見た人影は少しだけ悲しそうに笑う。


「まだ残ってたんだね」


「君も」


「よかった」


 その言葉を聞いた瞬間、リル=アーカイブの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


 サクは思わず固まる。


 泣いた。


 機械が。


 記録保存機構と名乗った存在が。


 感情を持つこと自体はおかしくない。


 高度なAIならそれくらいあるのかもしれない。


 だが。


 今流した涙は。


 あまりにも人間らしかった。


「……おかえりなさい」


 その小さな声を聞いた人影は、ほんの少し目を細めた。


「うん」


「ただいま」


 そして。


 次の瞬間。


 世界そのものが震えた。


 地震ではない。


 揺れたのは空間だった。


 視界の端へ大量のシステムログが流れ始める。


⸻


【警告】


【観測外事象の干渉を確認】


【歴史値反応異常】


【封鎖層管理権限の一部移譲】


【エラー】


【エラー】


【エラー】


⸻


「……あーあ」


 人影は頭を掻いた。


「やっぱり怒られるか」


「まあ当然か」


「でも、せっかくここまで来た子に挨拶くらいしたかったんだけどな」


 その瞬間。


 サクの視界へ、見たこともない表示が浮かぶ。


⸻


【対象を認識できません】


⸻


【情報取得失敗】


⸻


【名称:■■■■】


⸻


【危険度:測定不能】


⸻


【権限:測定不能】


⸻


【???】


⸻


「……測定不能?」


 今までどんなボスにも、どんなNPCにもステータス表示は存在した。


 少なくとも名前くらいは見えた。


 だが目の前の存在には何一つ表示されない。


 まるでシステムそのものが観測を拒絶しているかのように。


「まあそうなるよね」


「君達からすれば、僕はもう消えてる存在だから」


「正確には、消えたことになってる……かな」


 そこで人影はサクの方を見た。


 正確には。


 見たような気がした。


 輪郭が曖昧すぎて表情も見えない。


 それなのに。


 不思議と笑っているように感じる。


「初めまして、継承候補」


「いや」


「君なら、そろそろ名前で呼んだ方がいいかな」


「サク」


 その瞬間。


 サクの背筋を冷たいものが走った。


「なんで俺の名前を……」


「知ってるさ」


「ずっと見てたから」


「地下遺跡に落ちてきた時から」


「いや」


「もっと前からかもしれない」


 リル=アーカイブが叫ぶ。


「駄目です!」


「まだ早すぎます!」


「記録の開示条件を満たしていません!」


「継承段階も第一段階!」


「歴史値も不足!」


「接触許可は!」


「そんなの知ってるよ」


 優しい声だった。


「だから全部は話さない」


「それに」


「今の君達には時間もない」


 その瞬間。


 今まで静かだった巨大円環が唸るような音を立て始める。


 いや。


 円環だけではない。


 第一封鎖層全体。


 遺跡全体。


 さらにその遥か下。


 サクが一度だけ目撃した巨大な存在の眠る深淵から、今まで感じたことのない巨大な気配がゆっくりと浮上し始めていた。


 それを感じ取った人影は、小さく溜め息を吐く。


「起きちゃったか」


「いや」


「起こされちゃった、かな」


 その声には。


 ほんの少しだけ。


 焦りが混じっていた。


 そして。


 サクの視界へ、新たな通知が静かに表示される。


⸻


【世界任務発生】


《深淵より響くもの》


⸻


【条件未達成】


【詳細閲覧不可】


⸻


【???が観測を開始しました】


⸻


 その表示を見た瞬間。


 人影は。


 確かに。


 初めて表情を変えた。


「……あれ?」


「これは予想外だ」


「まさか、もう気付かれた?」


 そして。


 初めて。


 その声から笑みが消えた。


⸻


【深淵存在 覚醒率:0.01%】


⸻


 誰も知らない場所で。


 誰にも観測されていない深淵の底で。


 長い眠りについていた巨大な存在が。


 ゆっくりと。


 本当にゆっくりと。


 目を開き始めていた。

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