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誰も知らないスタート地点 ~未踏の遺跡から始まる気ままなVRMMO探索記~  作者: モーリス


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記録管理者

第一封鎖層への認証開始という通知が表示された直後から、それまで静かだった巨大空間の各所で眠っていた結晶群が一斉に光を帯び始め、まるで長い時を経てようやく来訪者を迎える準備を始めたかのように床や壁面へ刻まれていた無数の紋様が青白く浮かび上がると同時に、空中に浮遊していた巨大な円環構造物までもが低い駆動音を響かせながらゆっくりと回転を始めたことで、サクは思わず息を呑みながら周囲を見渡していた。


 先ほどまでこの場所は巨大な空洞でしかなかった。


 しかし今は違う。


 壁面の奥で何かが動いている。


 見えない場所で機構が起動している。


 空間そのものが生きている。


 そんな感覚があった。


「これ、ボス部屋っていうより研究施設とか管制室みたいだな……」


 実際、これまで探索してきた遺跡の雰囲気とは明らかに異なっていた。


 柱や壁に施された装飾は神殿や王宮のような華やかさではなく、むしろ機能性を重視したような整然とした配置になっており、円形空間の外周部には階段状の観測席らしきものまで存在しているため、誰かがここで何かを観察し、記録し、管理していた場所であることだけは素人目にも理解できる。


 そして、その予感を裏付けるように、中央の円環構造物の内側へ無数の光粒子が集まり始めると、それらは人型を形成するように収束していき、やがて一人の少女の姿を形作った。


 いや。


 正確には少女の姿をした何かだった。


 年齢にして十五、六歳ほど。


 肩まで伸びた銀色の髪。


 白を基調とした古代の祭服にも似た衣装。


 しかし、足元は床についておらず、身体の輪郭もわずかに透けていて、何よりその瞳には生物特有の感情の揺らぎが存在していなかった。


 人形のようにも見える。


 幻影のようにも見える。


 だが確かに存在している。


 その少女はゆっくりと目を開くと、初めて起動した機械が周囲を確認するかのような僅かな間を置いてから、静かにサクの方へ視線を向けた。


 その瞬間、視界の端へ見慣れない表示が現れる。


⸻


【????】


状態:起動中


⸻


 名前がない。


 いや、表示できない。


 今まで見てきたNPCなら必ず存在していた名称欄が空白になっていることに気付いたサクは、無意識のうちに警戒を強める。


 すると少女は小さく首を傾げた。


 その動作は人間と何も変わらない。


 しかし次に発せられた言葉によって、サクは自分の認識が根本から間違っていたことを理解する。


「……認識更新」


「継承候補個体を確認」


「歴史値照合」


「誤差率……許容範囲」


「個体識別……成功」


「第七千三百二十一代記録管理者補佐機構《リル=アーカイブ》、起動を確認しました」


 無機質だった。


 抑揚も少ない。


 けれど、それは間違いなく会話だった。


 しかもNPC特有の決まった台詞ではない。


 相手を認識し、その場で言葉を選び、状況を判断している。


 サクは思わず目を瞬かせる。


「えっと……よろしく?」


 考えた末に出てきたのはそんな言葉だった。


 すると少女――リル=アーカイブは数秒ほど沈黙し、その間に瞳の奥で幾つもの光が流れていくような不思議な現象を見せた後、再び口を開いた。


「……挨拶」


「記録照合」


「長期未接触により最適解を検索」


「よろしくお願いします、継承候補者」


「本機は貴方を歓迎します」


 その瞬間。


 サクは背筋に奇妙な感覚を覚えた。


 話せる。


 普通に会話できる。


 それだけならNPCと変わらない。


 だが違う。


 何かが違う。


 今まで出会った誰とも違う。


 目の前の存在には、作られた台詞を喋っているような不自然さが無かった。


 むしろ。


 人間の方が近い。


 それでいて、人間とは決定的に異なる何かを感じる。


 そんな説明できない違和感だった。


「記録管理者……ってことは、この遺跡の人?」


「質問を確認」


「回答します」


「本機は人ではありません」


「本機は記録保存機構です」


「第一封鎖層の管理、観測、継承候補者の選定を担当しています」


「なお、本来の管理者は既に機能停止しています」


 機能停止。


 死亡ではない。


 その言葉の選び方に、サクは小さな引っ掛かりを覚える。


「管理者って……」


「創始者」


「記録者」


「観測者」


「守護者」


「多くの名称が存在しました」


「ですが現在、その全ては存在しません」


 そう告げたリル=アーカイブの声は依然として無機質だったが、僅かに。


 本当に僅かに。


 寂しそうに見えた。


 そして次の瞬間。


 少女の瞳が大きく見開かれる。


 初めて感情らしきものが現れた。


「……異常」


「認識不能」


「観測外事象を確認」


「あり得ません」


「何故……」


 リル=アーカイブの視線はサクではなく、そのさらに奥。


 誰もいない空間へ向けられていた。


 いや。


 誰もいないはずだった。


 だが。


 サクの背後。


 巨大な門の前。


 そこには。


 誰かが立っていた。


 いつからいたのか。


 男なのか女なのかも分からない。


 顔も見えない。


 存在感だけが異常なほど薄く、目を離せばそのまま風景へ溶けて消えてしまいそうなほど曖昧な輪郭をした人影が、まるで最初からそこにいたかのように静かに佇んでいる。


 そして。


 その人影は。


 笑っていた。


⸻


【観測外事象を確認】


【警告】


【警告】


【記録領域への未承認侵入を確認】


⸻


 リル=アーカイブの顔から初めて無機質さが消える。


 焦り。


 動揺。


 恐怖。


 明らかな感情が浮かんでいた。


「そんな……」


「何故、貴方がまだ……」


 その言葉が終わるより早く。


 人影が一歩前へ踏み出した。


 そして。


 サクの耳元で。


 誰かの声がした。


「やっと会えたね」



 その声は。


 どこか懐かしかった。

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