第8話 千年前の壁画
帰り道で、俺はエリカに全部話した。
前世のこと。ルドとして生きた二十年のこと。解体師として見下され続けたこと。死んで、女神の声を聞いて、千年後のこの世界に生まれたこと。
エリカは馬の速度を落としたまま、ずっと黙って聞いていた。
「……だから「前世」って言うんですね」
しばらく経ってから、彼女はそれだけ言った。
「信じますか」
「信じます」
間もなく言った。
「なぜ」
「レンの知識の量と、話し方と、記録帳のことと——全部合わさると、信じるしかないです」
俺は前を向いたまま言った。
「ガルダさんも、同じことを言いました」
「あの人も気づいてそうですよね」
「気づいていると思います。ただ、俺が言うまで待っていた」
エリカが少し笑った。
「私も待ちましたよ。ダスクサーペントを倒すまで」
「……そうでした」
「ルドの記録帳が王都にある。それを読みに行くんですね」
「前世の俺が書いたものを、転生した俺が読みに行く」
「変な感じですね」
「変です」
エリカが空を見上げた。
「でも、誰かに知ってもらえてよかったです」
「なぜですか」
「重くないですか。千年分の記憶を一人で抱えるのは」
俺はしばらく考えた。
「……重い、というより、当たり前になっていました。ただ、今は」
「今は?」
「少し、軽くなった気がします」
* * *
ダルムに戻ると、ガルダが調査室で待っていた。
セリムの素材を確認しながら、俺はダスクサーペントの解体結果を報告した。音響器官の構造、素材の種別、弱点の詳細。
「音響器官という素材は初めてですね」とガルダが書き留めながら言った。「楽器への応用、あるいは魔道具への転用が考えられます」
「記録帳に照合したいですが、今手元にある断片には該当がありません」
「王都の本館で確認しましょう」
エリカが脇から口を挟んだ。
「ガルダさん、レンが転生者だって知ってましたか」
ガルダが手を止めた。
「エリカさん」と俺は言った。
「いいじゃないですか、もう話したんでしょう」
ガルダがゆっくり俺を見た。
「……気づいていました」と静かに言った。「証明できませんし、レンが話すまで聞くつもりもありませんでしたが」
「やっぱり」とエリカが言った。
「確信したのは、フロストゴーレムの解体のときです。前世でも解体したことがあるのに、刃が通らなくて困っていた。それは刃物の品質の問題で——道具の差、ということに気づいていた。前世の知識と今の道具の差を明確に意識できているのは、どちらも経験している人間だけです」
「……鋭い」
「記録帳の調査員をやっていると、細かいことが気になります」
ガルダが少し笑った。
「三人で行きましょう、王都に。私の名前で文書館に入れます」
* * *
出発準備を始めた翌日の午後、ガルダが古い絵図を持ってきた。
「これを見てください」
広げると、集落の見取り図だった。古い。紙が黄ばんで、端が崩れている。
「セリムの、古い礼拝堂の絵図です。大消失以前のものとされています」
「なぜこれを」
「中に、解体師が描かれているという記録があります。実際の礼拝堂は今も残っています。王都への道中にセリムを経由できます——行ってみますか」
俺は絵図を見た。礼拝堂の内部に、小さな人影が描いてある。装備の描き方が、解体師特有のものだ。
「……行きます」
* * *
翌朝、三人でセリムに立ち寄った。
古い礼拝堂は川沿いにあった。石造りで、壁の一部が崩れている。地元の住民が「昔から誰も使わないが、壊すのも忍びなくてそのままにしている」と言った建物だ。
中に入ると、壁に絵が描いてあった。
壁画だ。大消失以前の時代の情景が描かれている。
討伐士が魔物と戦っている場面。商人が街道を行く場面。農民が畑を耕す場面。
そして——。
俺は壁の一角で、立ち止まった。
解体師が三人、描かれていた。
等身大で。討伐士の隣に。並んで。
前世の同僚の格好をしている。道具の持ち方。腰の袋の位置。前掛けの結び方。全部、俺が知っている姿だ。
「レン」とエリカが言った。「大丈夫ですか」
「……大丈夫です」
大丈夫ではないかもしれなかった。
「これが、千年前の姿ですか」とガルダが聞いた。
「前世の同僚たちです。名前は分かりません。でも、この格好を知っています」
「討伐士と並んで描かれていますね」
「当時も、そういう時代があったのかもしれません。俺がいた頃は違いましたが」
エリカが壁画の前に立った。
「かっこいいですよ」と彼女が言った。「ちゃんと、ここにいる」
俺は何も言えなかった。
壁の隅に、小さな銘文があった。
「封印核を守護する解体師」
俺はその文字を指先でなぞった。
「この銘文——」
「何ですか」とガルダが覗き込んだ。
「封印核という言葉が、ここにもあります」
ガルダが目を細めた。
「解体師が封印核を守護する——解体師が封印核の管理者だったということですか」
「分かりません。でも——」
俺は銘文を見た。
「千年前の俺たちは、何かを守っていた。それが封印核と関係している。答えは王都の記録帳にあるはずです」
エリカが俺の隣に立った。
「行きましょう」と言った。「答えを取りに」
ガルダがうなずいた。
三人で礼拝堂を出た。
川沿いの道を歩きながら、俺は壁画の解体師たちを思った。名前も知らない、前世の同僚たち。
彼らも、封印核を守っていたのか。
千年前のルドもそうだったのか。
そして今、俺は——。
ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。
楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!




