第10話 前世の俺へ、向かう
王都エルハイムへの道は、三日かかった。
馬車を借りた。エリカが御者を担当し、俺とガルダが荷台に乗った。素材の袋と、ガルダの書類の束が隙間を埋めている。
一日目は平野を抜けた。二日目は林道を通った。三日目の朝、丘を越えたところで王都が見えた。
「大きい」とエリカが手綱を持ったまま言った。
石造りの城壁が地平線まで続いている。塔が三本、高くそびえている。大消失以前から建っている建物も多いと聞いた。千年前から残っているものが、あの中にある。
「国立文書館はどの辺にありますか」とエリカが聞いた。
「城壁の内側、北東の一角です」とガルダが地図を広げた。「王家の管理下に置かれている施設です。一般人は入れません」
「俺たちは入れますか」
「紹介状があります。入場許可証も申請済みです。ただ——」ガルダが少し間を置いた。「閲覧できる量に制限があります。一日に閲覧できる帳面の冊数が決まっている」
「何冊ですか」
「規定では五冊です。ただし、私の名前でいくつか融通を利かせられるかもしれません」
「記録帳は二十三冊残っています」
「五冊ずつなら、五日かかります」
「急ぎましょう」
* * *
王都に入ると、ダルムとは空気が違った。
人が多い。道が広い。建物が高い。食べ物の匂いと、馬の匂いと、石の匂いが混ざっている。
エリカが首を左右に動かしている。
「初めて来ましたか」と俺は聞いた。
「はい。レンは?」
「転生後は初めてです」
「転生前は?」
「前世では来たことがありませんでした。解体師が王都に来る理由がなかった」
エリカが少し考えた。
「今はあるんですね」
「あります」
ガルダが宿を手配した。ギルドが費用を持つ。三人分の部屋が取れた。
荷物を置いてすぐに、ガルダが文書館への事前挨拶に向かった。「明日の入場許可を確認してきます」と言った。
エリカと二人で宿に残った。
「緊張していますか」とエリカが言った。
「していません」
「嘘つき」
「……していないつもりでしたが、していたかもしれません」
エリカが笑った。
「当然ですよ。前世の自分が書いた記録帳を読みに来るんだから」
「そう言われると、確かに普通ではありません」
「レンにとって、読んだらどうなると思いますか」
俺は少し考えた。
「……分かります。全部が分かると思います。前世のルドが気づいていたことの全てが」
「それが封印核の秘密ですか」
「封印核の秘密と、大消失の真実と——多分、俺がこの世界に転生した理由も」
エリカが窓の外を見た。
「重いですね」
「重いです」
「でも一人じゃないですよ」
俺はエリカを見た。
「……そうですね」
前世では、一人だった。一人で解体して、一人で記録して、一人で死んだ。
今は違う。
* * *
翌朝、国立文書館に向かった。
石造りの重い建物だ。入口に衛士が二人いる。ガルダが紹介状と入場許可証を提示した。衛士が確認して、扉が開いた。
「閲覧室はこちらです」と館員が案内した。
廊下の先に、広い部屋があった。長いテーブルが並んでいる。壁際に棚がある。
「お探しの資料は」
「解体記録帳です」とガルダが言った。「大消失以前のものが二十三冊残っているはずです」
「少々お待ちください」
館員が奥に消えた。
俺は部屋の中を見回した。棚に並んでいる帳面の背表紙を読む。日誌、地図記録、議事録——様々な記録が保管されている。
館員が戻ってきた。腕に帳面を重ねて持っている。
「解体記録帳、二十三冊確認されています。本日は五冊まで閲覧可能です」
俺は五冊を選んだ。ガルダが残りの日程の予約を申し込んだ。
テーブルに座った。一冊目を開いた。
前世の自分の筆跡が、目の前にある。
* * *
一日目は五冊を読んだ。
一冊目から三冊目は、旧種の解体記録だった。アイアンウルフ、アシッドスライム、サンダーイール——前世に自分が解体した記録が、細かく書いてある。弱点の位置、素材の種別、加工方法。今も使える知識が並んでいる。
四冊目は別の内容だった。
「採集記録」と表紙に書いてある。
ページを開いた。
核様構造の採集記録だった。日付と、採集した個体の種別と、採集した核の特徴が記してある。
百を超える個体から採集した記録が、数十ページにわたって続いていた。
「前世のルドは、ここまで体系的にやっていたのか」
声に出てしまった。エリカが隣から覗き込んだ。
「何が書いてあるんですか」
「封印核の採集記録です。百個体以上」
「百個体」とガルダが書き留めた。「それだけの量が必要だったということですか」
「分かりません。何のために集めていたかは、まだこの冊には書いていない」
最後のページに、一行だけ書いてあった。
「次の冊に続く。理由と、方法を記す」
「次の冊はどこですか」とエリカが言った。
俺は五冊目を取った。
だが——五冊目を開くと、表紙の次のページから、数ページが切り取られていた。
破られた形跡がある。丁寧に、刃物で切られている。意図的に。
「……切られている」
ガルダが俺の手元を覗き込んだ。
「故意に除去された」
「誰が」
「分かりません。ただ——」
ガルダが表情を変えた。普段の穏やかな顔ではなく、調査員の顔になっていた。
「この記録帳が残されていること自体が、誰かにとって都合が悪かったのかもしれません。完全に処分はできなかったが、核心部分だけを除去した」
「続きを持っている人間がいるということですか」
「あるいは——ここが五冊目で、六冊目以降に続きが書かれているなら、それを探せばいい」
「残りの十八冊に続きがある可能性が」
「明日確認しましょう」
俺は切り取られたページの跡を見た。
誰かが、消したかったものがある。
前世のルドが書いたもの。千年前の解体師が残した記録の、核心部分。
「明日も来ます」と俺は言った。
「もちろんです」とガルダが答えた。
エリカが俺の隣に座ったまま言った。
「故意に切ったの、最近じゃないですよね。紙が同じ色に焼けてる」
「そうです。相当古い。ここが切られたのは、大空白期の早い段階かもしれない」
「なぜそんな昔に」
「理由がある。千年前に誰かが、この知識を封じようとした」
俺は帳面を閉じた。
明日、残りの十八冊の中に答えがある。
前世の俺が書いたものを、千年越しで俺自身が読みに来た。消された部分も含めて、全部知らなければならない。
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