第7話 水の底から来た蛇
正式認定の翌日、ガルダが地図を持ってきた。
「隣街セリムから使いが来ました」
ダルムから馬で半日南下した港町だ。
「川沿いに魔物が出ています。水の中から現れ、夜間に動く。電撃はない。剣が通じない、と」
「電撃はない、か」
俺は情報を整理した。水中から現れる、夜に動く、電撃なし——。
「サンダーイールの変異体かもしれません」
ガルダが紙を手元に引き寄せた。
「記録帳に記述がありますか」
「前世の記憶です。サンダーイールは大型のウナギ型の旧種で、電撃を持っていました。電撃がなくなっているとすれば——能力が別の方向に変異している。水中で夜に動くなら、暗視機能が発達したかもしれない」
「暗視特化ということですか」
「推測です。現物を見ないと確認できません」
「では行きますか」
「行きます。エリカも連れて行きます」
ガルダが少し間を置いた。
「エリカは——」
「知識を伝える相手が必要です。俺一人で全部の場所に行けるわけではない」
ガルダがうなずいた。
* * *
出発は翌朝だった。
馬二頭に、俺とエリカが一頭ずつ乗った。ガルダは馬車で後を追う。
「セリムって行ったことありますか」とエリカが馬上から言った。
「ない」
「私もないです。港町なんですよね。魚が美味しいって聞きました」
「魚か」
「食べますか、魚」
「普通に食べます」
「……レンって、普通のことを言うとき、毎回少し間があきますね」
そうかもしれない。前世では雑談をする相手がいなかった。解体作業が終わったら一人で小屋に戻るだけだった。話し方が、どこかずれているのかもしれない。
「慣れていないので」
「何に」
「雑談に」
エリカが少し笑った。
「解体師って、孤独な仕事なんですか」
「前世ではそうでした」
「前世、また言いましたよ」
「……癖です」
エリカが前を向いた。しばらく馬の蹄の音だけが続いた。
「ねえ、レン」
「何ですか」
「前世って、本当にあると思いますか」
俺は少し考えた。
「あると思います」
「信じてるんですか」
「……経験しているので」
エリカが俺を見た。何か言いかけたが、止まった。
「いつか教えてもらえますか」
「いつか」
「強制じゃないですよ。ただ、聞いてみたい」
俺は前方の道を見た。
「話せる日が来たら」
「約束ですよ」
エリカが前を向いた。
その「いつか」が、思ったより早く来るとは、このときまだ思っていなかった。
道の途中で、廃村を通った。
家屋が十棟ほど、草に埋まっている。石造りの壁だけが残り、屋根は落ちている。人の気配がない。
「何があったんですか」とエリカが言った。
「大消失の後、魔物が消えてダンジョンが閉じた。モンスター素材が取れなくなって、生活が成り立たなくなった村が各地にあります。ここもその一つかもしれません」
「……魔物がいなくなって、村が消えた」
「逆説的ですが、そういうことです」
エリカが廃村を振り返った。
「大消失って——人間にとってよかったことだったんですか、悪いことだったんですか」
「どちらとも言えません。短期的には助かった。長期的には——今、また問題が起きている」
前世のルドも、同じことを考えていただろうか。
俺は馬を進めた。
* * *
セリムに着いたのは昼過ぎだった。
港町の空気は塩の匂いがした。川沿いの家々に魚網が干してある。
街の入口に、腕に包帯を巻いた冒険者が三人座っていた。
「ダルムから来た解体師の方ですか」
一人が立ち上がった。
「そうです」
「助かります。昨夜も一人が怪我しました。あれに近づくと、声が出なくなるんです」
「声が出なくなる」
「攻撃しようとすると、突然声が消える。連携が取れなくて」
俺は状況を整理した。サンダーイールの変異体と仮定していたが——「声が消える」という症状は電撃ではない。音響吸収能力に近い。
「二種類の可能性があります。一つはサイレントバードと同じ音響吸収能力——」
「あの白い鳥と同じ?」
「確認はできていません。もう一つの可能性は、サンダーイールが変異して電撃が音響化した」
「音響化?」
「電撃の代わりに音を操る。水中で使えば、より効果的です」
冒険者が考え込んだ。
「現物を見た方が早い」と俺は言った。「案内してもらえますか」
「今は昼間なので、川底にいると思います。夜まで出てこないことが多い」
「川底を確認するだけでいいです」
* * *
川沿いの岸辺に来た。
水は濁っている。川幅は二十メートルほど。水深は深い場所で三メートルを超えると冒険者が言った。
「底に何かいます」と俺は岸から水面を見た。
「見えるんですか」とエリカが言った。
「動いているものがある。光の反射が変わっている」
前世のサンダーイールは夜行性で、日中は川底の泥に潜る。変異体も同じ習性を持っているなら、今は潜んでいるはずだ。
「長さはどのくらいに見えますか」と俺は冒険者に聞いた。
「出てきたとき、川幅の半分くらいありました。十メートルは超えてると思います」
サンダーイールは旧種の中でも大型だった。変異してもそのサイズは変わっていないか——むしろ大きくなっているかもしれない。
「昼間に岸に上がってくることはありますか」
「ありません。日が暮れると水面に出てきます」
「では今夜、観察します」俺は岸から離れた。「その間に一つ確認させてください——その魔物が出るとき、先に何かありますか。音とか、水の変化とか」
冒険者たちが顔を見合わせた。
「……そういえば」と一人が言った。「出る直前に、川の水が少し揺れます。波紋もないのに、水面が細かく震えて」
「振動ですか」
「振動というか、見えない何かが水の中を走っているような」
俺の頭の中でサンダーイールの解体図が展開された。
電撃器官の位置——首の後ろ、鱗の変色部分。
変異して電撃が音響化したなら、その器官は音波発生器官になっているはずだ。水中での音波は速く遠くまで届く。「声が消える」のは音波で周囲の音を打ち消しているからかもしれない。
「弱点が分かるかもしれません」
「本当ですか」と冒険者が立ち上がった。
「確認するのは今夜です。先に宿を取りましょう」
エリカが「魚料理、食べられますね」と言った。
「そういう話になりましたか」
「なりましたよ」
俺は川を振り返った。
水面の下に、何かがいる。サンダーイールの変異体か——電撃を失い、代わりに音を得た存在。
前世で解体したサンダーイールは、体内に膨大なエネルギーを蓄えていた。そのエネルギーが今どこへ向かっているのか、今夜確かめる。
「今夜、また名前をつけることになりそうです」
「何のですか」とエリカが聞いた。
「新種の」
「どんな名前にするつもりですか」
俺は少し考えた。
「ダスクサーペント」
「暗闇の蛇、みたいな?」
「そんな意味です」
「かっこいい」とエリカが言った。
俺はその言葉をうまく受け取る方法が分からなくて、また少し間をあけてから「そうですか」と言った。
前世では誰も俺が名付けたものを評価しなかった。解体記録帳に書いた名前は、俺しか読まなかった。
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