第6話 三体同時、俺が指揮する
王都行きの準備を始めた翌日、報告が三件同時に入った。
「スチールアッシュがダルム東方に一体」
「北方の沼地にストーンスライムがまた出た」
「西門外の林にも何か出たと目撃情報が」
受付の係員が三枚の紙を一度に持ってきた。俺は三枚を並べた。
「……同時に」
「ギルドの冒険者は今、手が空いているのが十二人です。どこから対応しますか」
十二人を三方向に分散させると、各方向が四人になる。スチールアッシュには最低でも六人以上の方がいい——弱点を知っていれば少人数でも対応できるが、知識を伝えていない冒険者が混じると危ない。
「俺が三か所を順番に回ります」
「同時には無理では」
「優先順位を決めます。西門は何の魔物か分からない。最初に確認してから判断します。東方のスチールアッシュは弱点を知っている人間を先行させてください。北方のストーンスライムはエリカが一人で対応できます」
受付が目を丸くした。
「エリカが一人で?」
「昨日、一人で倒しました。もう教えてあります」
エリカはすでに俺の後ろに立っていた。
「行けます」と彼女が言った。「ガルダさんを連れて行けばいいですよね」
「記録係として、はい」
「じゃあ私は北方に行きます。レンは西門を確認してから東方に」
「そうします」
ギルド長が執務室から顔を出した。
「何の騒ぎですか」
俺は三枚の紙を差し出した。
「三方向同時発生です。対応の指示を出してもいいですか」
ギルド長が紙を見た。少し間を置いて——。
「やってみなさい」
前世では、指揮する立場などなかった。解体師は処理担当だ。倒した冒険者がいて、俺が片付ける。指示を出す人間ではなかった。
——今は、違う。
* * *
西門外の林は、ダルムから歩いて十分だった。
目撃者の冒険者二人を連れて現場に向かうと、林の縁に魔物がいた。
サイズは小さい。体長五十センチほど。白い体に、羽根が生えている。動きは遅い。鳥に近い形状だが、嘴がない。
「……ポイズンバードではない」
前世のポイズンバードは翡翠色で、嘴が特徴的だった。変異していてもこれほど変わるか——?
「近づきます」と俺は言った。
「危なくないですか」とついてきた冒険者が言った。
「観察するだけです」
俺は十メートルの距離まで近づいた。魔物はほとんど動かない。こちらを見ているようだが、攻撃してこない。
体長五十センチほどの白い鳥に近い形状。嘴がない。羽根の付き方が旧種と一致するものが見当たらない。
「……見たことがない」
前世の記憶を全て照合しても、この生物に対応する旧種が出てこない。変異が大きすぎてシルエットが変わったのか、あるいは——俺が解体した旧種にないものか。
「危険ですか」と冒険者が言った。
「分かりません。観察します」
魔物が羽根を広げた瞬間、林の音が消えた。鳥の声、葉ずれ、全て止まった。
二十秒ほどで戻った。
「音を吸収しました」と俺は言った。「詳細は不明ですが、連携が取れなくなる前に仕留めた方がいい。翼の付け根——翼膜が薄い部分を狙ってください。構造から見て、そこが最も防御が薄い」
「確実ですか」
「確率が高い、という判断です」
冒険者が静かに動いた。翼膜の薄い部分に剣を当てると、一撃で倒れた。
「通りました」と冒険者が言った。
俺は死体を素早く確認した。内部構造が判断できない。記録帳に照合する必要がある。今日は詳細な解体まで時間が取れない。
「この個体は後で詳しく調べます。死体をギルドに持ち帰ってください。廃棄しないで」
「分かりました」
俺は走った。
* * *
東方のスチールアッシュ現場に着いたとき、冒険者六人がすでに対峙していた。
弱点情報を事前に伝えてあったが——見ると、六人が正面から囲んでいる。第三関節を狙うには側面に回る必要があるのに。
「右側面!」と俺は叫んだ。「正面からは当たらない!」
六人が一斉に振り返った。
「レン?」
「右後ろ足の第三関節! 側面に回れ!」
混乱しながら、一人が側面に回り込んだ。スチールアッシュが反応して向きを変える——その瞬間に別の一人が逆側から詰め、第三関節の継ぎ目に剣を差し込んだ。
鱗が割れる音。
スチールアッシュが膝をついた。
「……弱点の情報は聞いていたのに、実戦で頭が飛んでしまいました」と一人が言った。
「正面を見ると、正面に向かいたくなります。知識と実戦は別です」
俺は死体の前に進んだ。
「解体します。手伝える人は残ってください。他はギルドに戻っていい」
二人が残った。
三十分で主要な素材を取り出す。核様構造も採取する。
袋の中に、三つが並んだ。
スチールアッシュ、ストーンスライム、フロストゴーレム。
全て、同じ文様を持つ核様構造。
千年前の記録帳に「全種に存在を確認」と書いてある。今日の未確認の個体を含めれば、四種類になる。
「これは何のためのものだったんだ」
独り言を言いながら、俺は土を払って立ち上がった。
* * *
ギルドに戻ると、エリカとガルダが先に戻っていた。
「北方のストーンスライム、倒しました」とエリカが言った。
「問題なかったですか」
「一人でやりました。ガルダさんに記録してもらいながら」
「よかった」
ガルダが俺に近づいた。
「三か所とも終わりましたか」
「はい。それと——」
俺は袋を出した。四つの核様構造を机に並べた。
「三種類になりました。今日の未確認の個体を含めれば四種類です」
ガルダが目を細めた。
「スチールアッシュ、ストーンスライム、フロストゴーレム——全部から同じ構造が。しかも同じ文様で、同じ位置に」
「千年前の記録帳に「全種に存在を確認」と書いてあります。これがその「全種」に共通するものだと思います」
ガルダが少し間を置いた。
「……封印核、という仮説はどうですか」
「考えています。全種の体内に存在し、何らかの同調現象を引き起こす——それが大消失の正体だとしたら、今出現している新種の体内にも同じものがあるはずです。そして実際にある」
「大消失が自然現象ではなく、この構造の動作だったということですか」
「仮説です。でも王都の記録帳で確認できれば、仮説から証明に変わります」
ギルド長が執務室から顔を出した。
「三か所、全部終わりましたか」
「はい」
「それと」とギルド長が言った。「王都への紹介状が今日届きました。文書館への入場許可も付いています。準備が整い次第、出発できます」
ガルダが俺を見た。
「行けます」
「行きます」
エリカが俺の隣に来た。声を落として言った。
「ね、レン。あなた——解体師ですよ、今でも。千年前のルドと同じ」
「……そうです」
「それでいいんです。変わらなくていい」
俺は少し黙った。
変わらなくていい、と言われたのは初めてだった。前世のルドとして生きた二十年、誰かに「そのままでいい」と言われたことはなかった。
「……ありがとうございます」
エリカが前を向いた。
「じゃあ王都、行きましょう」
俺は三つの核様構造を袋に戻した。
前世のルドが書き残した記録帳の本館へ。
この手の中にある核が何なのか、千年前の自分が書いた答えを、俺自身が読みに行く。
ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。
楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!




