第3話 ギルド長の査問と、二体目
ギルド長室は、外から見るより広かった。
書類の山が部屋の四隅に積まれていて、執務机の上にも書類がある。その向こうに、五十代の女性が座っていた。白髪混じりの短い髪、視線が鋭い。
「レンです。呼ばれました」
「座りなさい」
椅子に座ると、女性は机の上の一枚の紙を俺に向けて滑らせた。
昨日、エリカたちに教えた「スチールアッシュの弱点と素材活用」の概要をガルダがまとめたものだった。
「ガルダから報告を受けました。あなたが昨日示した情報は、現存する文書のどこにも記載がない。そして今日、十六種類の素材を持ち込んだ」
「はい」
「出所を教えてもらえますか」
俺は少し考えた。
「本で読みました」
室内が静かになった。
ギルド長が俺をじっと見た。値踏みをする目ではない。確かめている目だ。
「本で、ね」
「はい」
「どんな本ですか」
「……古い本です。千年前の」
「千年前の本を、どこで入手しましたか」
「拾いました」
ギルド長の口元が少し動いた。笑いをこらえているのかもしれない。
「拾った」
「はい」
「では、その本を見せてもらえますか」
「今は手元にありません」
長い沈黙があった。
「……正直に言わなくてもいい」
ギルド長が立ち上がり、窓の外を見た。
「私はあなたを責めに呼んだわけではない。知識の出所がどこであれ、昨日の行動は事実として街を救いました。問題は——今後、あなたをどう扱うかです」
「どう扱う、とは」
「ギルドとしてあなたを公式に認定したい。素材と討伐の専門家として。正式な立場があれば、動きやすくなる」
俺は少し考えた。
「解体師として、認めてもらえますか」
ギルド長が振り返った。
「解体師」
「千年前の職業名です。討伐士が倒したあとの処理を担う専門家。素材の利用、弱点の分析、死体の管理——それが解体師の仕事です」
「現代にその職業カテゴリーはない」
「なければ作ってください」
また沈黙があった。
「……面白いことを言う」
ギルド長は机に戻って座った。
「試用期間を設けます。三ヶ月。その間に成果を示してください。問題なければ、ギルドが公式に解体師という職業を新設します」
「分かりました」
「一つだけ聞いていいですか」
「はい」
「本当に、本で読んだだけですか」
俺は答えなかった。
ギルド長も、それ以上聞かなかった。
* * *
廊下に出たところでガルダが待っていた。
「どうでした」
「試用期間が付きましたが、解体師として認定される方向です」
「それはよかった」ガルダが少し安堵した顔をする。「実は、私からも一つ報告があります」
ガルダが懐から紙を出した。
「今朝、北門の警備から連絡が入りました。ダルム北方の沼地で、新種と思われる魔物の目撃情報です。灰色の丸い形、動きは遅いが攻撃が通じない、と」
俺は紙を受け取った。
「形の特徴は」
「直径一メートルほど。半球形。表面が石のように硬い。剣を叩きつけると刃が折れる」
「石のように、か」
頭の中でアシッドスライムの解体図が展開される。前世で何十回と解体した、酸液を持つゼリー状のスライム。核の位置は体の中心部、やや前方。
もし変異していたら——液体から固体へ。
「ストーンスライムかもしれません」
「聞いたことのない名前ですが」
「俺がつけました。旧種のアシッドスライムが変異した可能性があります。外見は変わっても、構造の核心は同じはずです」
「核心、というのは」
「核の位置。弱点です」
ガルダが少し間を置いた。
「……確認に行きますか」
「行きます」
* * *
北方の沼地に着いたのは昼過ぎだった。
エリカと、昨日のパーティから二人追加した計四人で来た。ガルダは記録係として同行している。
沼地の入り口に、冒険者が三人座り込んでいた。剣の一本が根本から折れている。
「あれがいる」
一人が沼の奥を指差した。
灰色の半球形が、水面から少し出ていた。ほとんど動いていない。俺は距離を詰めて観察した。
直径は一メートル弱。表面の質感は石に近いが、わずかに光を反射している。石ではなく、石化した何かだ。
「アシッドスライムとの一致点」と俺は声に出した。「丸い形、ゆっくりとした動き、外皮の硬さ。変異の方向性は液体から固体への移行」
「弱点はどこですか」とエリカが聞いた。
「核の位置を探します」
「核というのは」
「スライム系の致命的な弱点です。体の中心部にある。旧種では体内を透かして位置が見えた。固体化しているので見えない——音で探します」
「音?」
俺は地面から小石を一つ拾った。
「表面を叩いてみます。核の位置だけ、響きが違う」
「危なくないですか」
「ゆっくり近づけば大丈夫です。動きが遅いので」
エリカが何か言いかけたが、俺はすでに歩き始めていた。
* * *
ストーンスライムとの距離が三メートルになった。
ぴくりとも動かない。表面が鈍く光っている。
俺は小石を投げた。
表面に当たる音——「ごん」という鈍い音。
もう一度、少し右にずらして投げる。「ごん」。
もう少し右。「ごん」。
やや前方、体の中心より少し前——「こん」。
あった。
響きが違う。少し高い。その位置だけ、密度が低い。
「エリカ」
「はい」
「あの位置」
俺は指差した。表面のひとつの点を。
「そこを、一点に全力で叩いてください。剣の腹で、叩きつけるように」
「剣の腹? 刃じゃなくて?」
「硬い表面に刃を当てると折れます。叩くだけでいい。衝撃を通せれば」
エリカがうなずいた。
「いきます」
彼女が走った。ストーンスライムが反応してわずかに動く——が、遅い。エリカはその前に回り込んで、剣の腹を俺が指差した位置に叩きつけた。
鈍い音がした。
ストーンスライムの表面にひびが入った。
「もう一度!」
エリカが続けて三回叩く。ひびが広がる。四回目に、表面が割れた。
内部から黄色い液体が流れ出し、石化した外皮が崩れた。中に直径二十センチほどの球状の核が見えた。それを剣で突くと、核が砕けて全体が崩れた。
「倒れた」と後ろの冒険者が言った。
「倒れましたね」とエリカが息を整えながら言った。
俺は崩れた残骸の前に膝をついた。
「この液体は残してください。薬学素材になります」
「触っても大丈夫ですか」
「今は核が壊れているので反応しません。手袋をすれば問題ない」
ガルダが後ろで何かを書き留めている。
俺は核の残骸の一部を別の袋に入れた。さっきの透明な結晶——スチールアッシュから採れたもの——と、この核の残骸に何か共通点がある気がした。
形が似ている。微細な文様が似ている。
「……あの、一ついいですか」
ガルダが近づいてきた。
「スチールアッシュから採れた謎の結晶と、このスライムの核——関連があると思いますか」
「考えています」
「何か仮説は」
「今はまだ、仮説にすらなっていません」
俺は袋を閉じた。
「でも、調べる価値がある。別の新種にも同じものがあるか確認したい」
「それは——大消失と関係があると思いますか」
俺は立ち上がって、ガルダを見た。
「どうしてそう思うんですか」
「千年前の記録帳に、解体師が何かを「採集」していたという記述があります。何を採集していたかは判読不能でした。ただ——あなたの動きを見ていると、その「何か」と同じものを探しているように見えます」
俺は少し黙った。
「……記録帳を、もう少し読ませてもらえますか」
「喜んで」
ガルダが小さく微笑んだ。
俺は沼地を見渡した。ストーンスライムの残骸が溶けていく。液体だったものが固体になり、固体になったものが今また崩れていく。
変異しても、構造の核心は残る。
前世の記憶を辿ると——「採集」という言葉がどこかに引っかかった。
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