第4話 固体化した核を探せ
翌朝、ガルダが持ってきた記録帳の断片はたった十七ページだった。
「残念ながら、これが今入手できる最大量です。本館は王都の国立文書館に。こちらは写本の一部で、原本は別の場所です」
「王都」
「そうです。いずれ行く必要があります」
俺はページを一枚ずつ開いた。ルドの筆跡——自分の筆跡が、古い紙の上にある。
解体図が数枚。アシッドスライムの内部構造。腱の加工手順。素材の保存方法。
そしてページの端に、小さな字で書かれた一行があった。
「核様構造の採集を続ける。用途、調査中」
俺は手を止めた。
「核様構造の採集」——前世のルドが「採集を続ける」と書いている。「用途、調査中」ということは、当時の俺も詳しくは分かっていなかった。
だが「採集を続ける」ということは、複数の魔物から繰り返し採集していたということだ。
「ガルダさん」
「はい」
「この一行——何だと思いますか」
ガルダが覗き込んだ。
「核様構造……解体師が特定の構造を採集していた、ということですね。他のページにも似た記述がないか確認しましたが、見つかっていません。断片が少なすぎて」
「全量は王都にある」
「はい。紹介状の手配は進めています。ただ、もう少し時間がかかりそうで」
「分かりました」
俺は記録帳の断片を丁寧に畳んで返した。
ストーンスライムから採れた核の残骸と、スチールアッシュから採れた透明な結晶が、懐の袋の中にある。
「核様構造」——これが、封印核か。
前世のルドは採集していた。理由は「調査中」だった。
俺は今の自分が、千年前の自分の続きをやっていることに気がついた。
* * *
その日の午後、また報告が入った。
「北方の沼地に、もう一体ストーンスライムが確認されました」
受付の係員が言った。
「今度は沼の中央にいます。昨日と同じ対処法で——」
「一人で行けますか」とエリカが俺に聞いた。
「一人でもできますが、複数の方が安全です」
「じゃあ私が」
「お願いします」
昨日と同じメンバーで出発した。
* * *
沼の中央にいるストーンスライムは、昨日のものより一回り大きかった。
直径一・三メートルほど。半球形は同じ。だが表面の質感が昨日と少し違う——石化の程度が強い。より硬い。
「昨日より大きいですね」とエリカが言った。
「変異の個体差だと思います。旧種のアシッドスライムも大小があった」
「旧種、ってよく言いますね。どこで覚えたんですか」
「……記録帳に書いてありました」
「また記録帳」エリカが少し笑った。「レンって本読みなんですか」
「前世では」
「前世?」
言いすぎた。
「冗談です」
エリカが不思議そうな顔をしたが、俺はすでにストーンスライムに向き直っていた。
「位置の探り方、覚えましたか」
「小石を投げて、音が変わる場所を探す」
「そうです。今日はあなたが探してみてください」
「え、私が?」
「練習した方がいい。俺一人では全部の場所には行けません」
エリカが真剣な顔になった。
小石を拾い、距離を保ちながらストーンスライムに近づく。
投げた。「ごん」。少しずらして投げた。「ごん」。
三回目——「こん」。
「ここ?」とエリカが振り返った。
「そうです。正確です」
「音が高くなるんですね」
「密度が低いから。核の周囲だけ、固体化が甘い」
エリカが剣の腹を構えた。昨日の動きより無駄がない。
「いきます」
三回叩くとひびが入った。四回目で割れた。五回目で核が見えた。
剣を刃に持ち替えて、核を突く。
崩れた。
「昨日より早かった」と後ろの冒険者が言った。
「昨日経験しましたから」とエリカが言った。彼女は俺を見た。「こうやって教えることで、次の人が一人でもできるようになるんですね」
「そのつもりです」
「……解体師って」
「何ですか」
エリカが少し間を置いた。
「一人で抱え込む職業だと思ってたんですけど、そうじゃないんですね」
「俺もそう思っていました、前世では」
また言ってしまった。エリカが首を傾けた。
「今世では違う、ってこと?」
「……今は、伝えないと意味がないと思っています」
エリカがうなずいた。
「私、覚えます。全部」
「助かります」
前世では、アシッドスライムの解体は危険だと誰も引き受けなかった。俺はいつも一人でやっていた。覚えてくれる人間は、千年前にはいなかった。
俺は崩れたストーンスライムの残骸の前に膝をついた。
今日の核の残骸を採取する。透明度が昨日より低い——個体によって構造が微妙に異なるのかもしれない。
だが文様は同じだ。微細な文様が、どちらの核にも同じように刻まれている。
* * *
ギルドに戻ると、ガルダが待っていた。顔色が少し変わっている。
「何かありましたか」
「北東の集落から報告が入りました。スチールアッシュとは別の、新種の目撃情報です」
俺は立ち止まった。
「形状は?」
「丸い形、表面が灰色……」
「ストーンスライムでは?」
「違います。四足です。体長一メートル前後。表面が石のように固い、と」
四足で、表面が石のように固い——。
「色は?」
「灰色です。ただ——」ガルダが紙を見た。「目撃者が言うには、体全体が光っている、と」
光っている四足の生物。旧種で似たものは——フロストゴーレムか、あるいは——。
「もう一体、か」
俺は採取した核の残骸を袋から出して見た。スチールアッシュの結晶、ストーンスライムの核。
新種が増えるたびに、同じ構造が出てくる。
「これが全部の新種に共通しているなら——」
「何ですか?」とガルダが聞いた。
「……まだ、仮説にもなっていません。新種の数が増えるほど確信に近づいていますが」
「確信というのは」
俺はガルダを見た。
「これが何なのか、分かるかもしれません。もう少し集めれば」
ガルダが俺の手元の袋を見た。
「解体師が千年前に「採集を続ける」と書いていたものが、それですか」
俺は答えなかった。
答える代わりに、明日の出発時刻を聞いた。
「北東の集落、行きます。現物を確認しないと」
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