第19話 タイムラインの再試算
王都に戻ったのは翌日の夕方だった。
ヴォンは馬車の揺れをあまり好まない様子だったが、文句は言わなかった。道中、写本を抱えたまま目を閉じていた。眠っているのかと思ったが、「考えていました」と言った。
「何を」とガルダが聞いた。
「六角形のパターンで全国のダンジョン跡を活性化するとして、どの順番で回るかを」
「もう計画を立てているんですか」
「百年間待っていましたので。考える時間は十分にありました」
* * *
ソフィアに報告した。
「ヴォンという人物が百年前の写本を持っていた。制御方法が判明しました」と俺は言った。
「具体的には」
「全国のダンジョン跡に残っている封印核を活性化させます。六角形のパターンに従って配置されているダンジョン跡を順番に回り、各地の封印核を共鳴させる。全点が共鳴状態になれば、崩壊を止めることができます」
ソフィアが地図を広げた。ガルダが地図の上に各地のダンジョン跡の位置を書き込んだ。
六角形のパターンが浮かんだ。
「全部でいくつありますか」
「主要な拠点が九か所」とヴォンが答えた。「六角形の頂点と、中心と、補助点を合わせて九か所です」
「全部回るのにどのくらいかかりますか」
「馬で移動すれば、二か月から三か月」
「今から始めれば——」
「その前に」とガルダが言った。「封印崩壊のタイムラインを再試算する必要があります」
全員がガルダを見た。
「新種の出現頻度が上がっています。先週から今週にかけて、王都周辺だけで九件。先月は一週間で三件でした。三倍になっています」
「急加速している」と俺は言った。
「新種の出現は線形ではなく指数的に増加しています。この加速パターンが続けば、従来の百年計算は成立しません」
「このペースが続くとして逆算すると——百年ではありません」
「どのくらいですか」
ガルダが数字を書いた。
「……五年から十年」
室内が静かになった。
誰も何も言わなかった。
「百年の予測が、十年になった」とエリカがやっと言った。
「はい」とガルダが静かに答えた。
エリカがヴォンを見た。ヴォンが俺を見た。俺は、地図の上の九か所の印を見た。
「封印が加速的に崩壊しています。新種の出現が急増すると崩壊速度も上がる——そのサイクルが回り始めていると思われます」
「では九か所を三か月で回っても」
「足りるかどうか分かりません」とヴォンが言った。「活性化の効果がどの程度封印を延長するかは、実際にやってみないと分からない。理論上は百年以上の延長が見込めますが——現在の崩壊速度が速すぎれば、延長が追いつかない可能性があります」
* * *
翌朝、ヴォンと二人で王都の一角の広場に出た。
「実験します」と俺は言った。「王都から最も近いダンジョン跡はどこですか」
「西南に半日——かつてのオーバーグ・ダンジョンの跡地です。今は廃地になっています」
「そこで封印核を活性化できるか確認します」
ヴォンが写本を開いた。
「理論上は——解体師がその場に立ち、核に触れながら意識を核の共鳴に向ければ、活性化が始まります。ただし何が起きるかは実際にやってみないと」
「どんなリスクがありますか」
「過共鳴という状態が起きる可能性があります。制御できなくなれば、小規模ながらも大消失に近い現象が起きるかもしれない」
「その場の魔物だけが、ということですか」
「そう判断しています」
俺は少し考えた。
「行きましょう。確認しなければ何も始まりません」
エリカが「私も行きます」と言った。
「俺が過共鳴を起こしたときの対処要員として、離れた場所にいてください」
「……分かりました。何かあったら止めます」
* * *
オーバーグ跡地は、背の高い草が広がる荒れ地だった。
かつてのダンジョンの入口があった場所は、今は石の縁だけが残っている。
俺は石の縁に近づいた。
足の下に、何かを感じた。
微細な振動——前世のルドも、採集作業のときに感じた振動と同じだ。封印核が、今も地中で動いている。
膝をついて、石の縁に手を当てた。
記憶が動いた。
「あった」
封印核の「見え方」が分かった。前世の記憶が重なって、今見えている石の縁の下に、構造が見えた気がした。
「意識を向ける、か」
俺は目を閉じて、手の下の封印核の位置を探した。深く、地中の特定の点を意識した。
何かが——変わった。
微細な振動が、わずかに整った気がした。バラバラだったリズムが、少しだけ揃った。
「……共鳴を感じ始めた」
目を開けると、ヴォンが写本を手に立っていた。
「何が見えましたか」と彼が言った。
「核の位置と、状態が分かりました。一点だけ共鳴を試みたら——応答がありました。ただ、完全な活性化には至っていません」
「部分的な成功ですか」
「そうです。過共鳴は起きませんでした。方法は合っていると思います。完全な活性化は、次の拠点で試みます」
「でも、できると分かった」とエリカが遠くから駆けてきた。「進めましょう」
「進めます」
俺は石の縁から手を離した。
九か所。全国に散らばった九か所のダンジョン跡。
その全てを回って共鳴させれば、崩壊を止められる。
「出発の準備をします。できるだけ早く」
ヴォンがうなずいた。
「私も同行します」
「頼みます」
俺たちは王都に向かって歩いた。
前世のルドが採集した封印核が、千年後も地中で動いている。
俺の手が、その鼓動に触れた。
五年から十年という数字が、頭の中に残っていた。百年なら余裕があると思っていた。今はない。
——でも、できると分かった。
今度は、止めるのではなく——繋ぎ止めるために。
すぐに、向こうも動き始めるだろうと思った。
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