第18話 ヴォンという男
オルムは、王都から馬で半日の小さな村だった。
山の裾野に張り付くように建っている。住民は二十人ほど。畑と家が混在している静かな場所だ。
「こんな場所に独立研究者が住んでいる理由がありますか」とエリカが言った。
「隠れているのかもしれません」とガルダが言った。「王都から近いが、目立たない。いざとなればすぐ逃げられる距離」
村の入口で老人が出てきた。「誰かお探しですか」
「ヴォンという人物を探しています」とガルダが答えた。
老人が少し考えた。
「東の外れに住んでいる人ですね。最近あまり外に出てこないが——」
「案内してもらえますか」
* * *
村の外れの家は、周囲の家より新しかった。石造りだが、窓が多い。
ガルダがドアをノックした。
返事がない。もう一度。
「……誰ですか」
警戒した声だった。
「ガルダといいます。王都文書館の調査員を以前務めていた者です。封印核に関する調査をしています」
長い沈黙があった。
「……本当にそれだけですか」
「一緒に来た者の中に、解体師がいます。千年前の記録を持っている人物です」
また沈黙。
やがてドアが開いた。
中からのぞいたのは、六十代と思われる男だった。白い髪、痩せた体、目が鋭い。学者か研究者の雰囲気がある。
「解体師」とヴォンが言った。その目が俺に向いた。「……あなたが」
「レンといいます」
「中に入ってください」
* * *
家の中は書類と帳面で埋まっていた。棚に、棚に収まりきらない分は床に積んである。その中央にある椅子に、ヴォンは座った。
「あなたたちに宝物庫のことを調べられた。分かっていました。そろそろ来ると思っていた」
「宝物庫の封印核結晶について調べていたんですか」とガルダが言った。
「そうです。二年かけて、ようやく確認できた——あの結晶が封印核の実物だということを」
「なぜ調べていたんですか」とエリカが言った。
ヴォンが俺を見た。
「あなたに答えを聞いた方が早い気がします」
俺はヴォンを見た。
「……何を知っていますか」
「千年前のルドという解体師のことです。封印核の採集記録が記録帳に残っている。そして——」
ヴォンが棚から一冊の帳面を取り出した。
見た瞬間、俺は分かった。
「それは」
「封印の制御方法の記録です。文書館の二十二冊目から切り取られた部分——の写本です」
写本。原本ではなく写本。
「誰が写したんですか」
「私の祖先です。百年前に、文書館に保管されていた時点で、切り取られる前に写した」
「百年前に切り取られた」
「はい。その少し前に写されていた。うちの家系は代々、この写本を守ってきました」
俺は椅子から立ち上がりかけた。落ち着け、と自分に言い聞かせた。
「見せてもらえますか」
ヴォンが帳面を差し出した。
俺は受け取った。手が少し震えた。
表紙の裏を開いた。
「素材を無駄にするな。命を無駄にするな」
前世の俺の筆跡が、そこにあった。
* * *
制御方法は、五ページに渡って書かれていた。
読みながら——記憶が戻ってきた。
「封印核の同調は、距離と個体数に依存する。大消失を引き起こした方法の逆を行う——核を集積するのではなく、拡散させながら共鳴を保てば、封印を維持できる」
「拡散しながら共鳴」とガルダが言った。
「六角形のパターンです」と俺は言った。「ダンジョンの配置——あの六角形に沿って封印核を配置し直せば、崩壊を止められる。核は各地のダンジョン跡にある。それを活性化させれば」
「活性化の方法は」
「解体師が封印核に直接触れて、共鳴の引き金を引く。解体師の技術が必要な理由は——核の状態を「解体師の眼」で読む必要があるからです。状態を読めなければ共鳴の強度が調整できない」
「それが分かるのは、あなただけです」
「今は。でも——」
俺はヴォンを見た。
「制御方法を知っている人間を、もっと増やさなければならない。俺一人では全てのダンジョン跡を回れない」
ヴォンが少し間を置いた。
「私が知っています。写本を百年間守ってきた。読み込んでもいます。実践はできませんが——理論は理解しています」
「一緒に来てもらえますか」
「それを待っていました」
ヴォンが立ち上がった。「あなたが来るまで、ずっとここで待っていた。百年前の祖先から「必要になったときに来る解体師に渡せ」と言われて、代々守ってきた」
エリカが俺を見た。
「カーラの計算ですね」と彼女は言った。「全部、つながっていた」
「……つながっていました」
俺はヴォンの写本を手の中で持った。
千年前の自分が書いたものが、百年前に写されて、今俺の手に届いた。
カーラは言っていた——「散らばることも計算のうち」。
消そうとした者がいても、守る者もいた。
全部計算の中に、あった。
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