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7 「家庭」という名の戦場

誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。

レミナがようやく、十問目の答えを書き終えたとき――

とっくに、チャイムは鳴り終わっていた。

人気のない校舎、明かりがついているのはこの教室だけ。


自習二コマに、延長の五十分、全部使って、解いたのはたった十問。

しかも、ぱっと見は簡単な選択問題だ。

……なのに。

最後の「。」を書き終えた瞬間、レミナとアルタイルは、ほぼ同時に息を吐いた。

長く、細く。


レミナは、計算で埋め尽くされた計算用紙を見つめる。

どっと疲れが押し寄せてきた。

それと一緒に少しの迷いもあった。

――この人から、変えようと思ったけど……間違ってた?

まるで、穴だらけのカゴで、水面に映る月をすくおうとしてるみたいだ。

手応えなんて、どこにもない。

解けない問題より、よっぽどきつい。


一方のアルタイルは、椅子にだらりともたれかかっていた。

天井の白い蛍光灯を、ぼんやり見上げる。

頭の中が重い。

粘つく何かで詰められたみたいに、まともに回らない。

脳みそ全部が文句言ってる気がする。

――……くそ。

心の中で悪態をつく。

――こんな数学問題、人間がやるもんじゃねぇだろ。

校庭二十周走る方がよっぽどマシだ。

あんな記号と式、二度と見たくねぇ。


やがて二人は、無言で荷物をまとめた。

前後に並んで、静まり返った校舎を出る。


アルタイルは、何も言わずに前を歩く背中を見ていた。

ふと、口元が緩む。

――いったいなんなんだよ、あいつ。


初冬の夜風は、刺すように冷たい。

レミナは薄い上着の襟をきゅっと握る。

校門のところで、言葉もなく別れて、それぞれ、夜の中へ溶けていった。


夜もだいぶ更けて――

レミナが家にたどり着いたのは、もう十一時近くだった。


見慣れたはずの家だが周囲の家がすっかり寝静まっている中で、そこだけがやけに明るい。

まぶしいくらいの灯り。

暗闇の中で、じっと待ち構えているみたいで――

どこか息が詰まる。


レミナは冷えた鍵を握りしめた。

玄関の前で、数秒くらい足が止まっていた。

小さく息を吐いて、ゆっくりと、鍵穴に差し込んだ。

ドアを少しだけ開けた――


その瞬間、腕を強く引かれた!


次来るのは――

「パシンッ!」


鋭い音が玄関に響いた。

頬に焼けるような痛みが走る。

不意打ちで、耳鳴りがして、視界が揺れる。

レミナはよろめいて、背中をドアにぶつけた。


「よくも帰ってきたな!」

父――ヴェールが怒鳴る。

顔は血の気を失っていて、息が荒い。

指先を突きつけて、詰め寄る。

唾が飛ぶほどの勢いだった。


レミナは頬を押さえる。

熱くて痛い、じんじんと、指の奥まで響いてくる。


そして、継母のメイベルがすっと立ち上がった。

足早に近づき、ヴェールの腕を取る。

「ヴェール、落ち着いて。 帰ってきたばかりでしょう?」

やわらかな声で、なだめる。

「まずは、ちゃんと話を聞かないと」

言葉だけなら、もっともらしい。


「何を聞く必要がある!」

ヴェールは、その手を振り払う。

怒りはむしろ強くなった。

鋭い目がレミナを射抜く。

「最下位のやつに勉強教えて、こんな時間までだと?」

吐き捨てるように。

「あり得ると思うか?」

一歩踏み出す。

「レミナ、お前いくつだ? 夜遅くまで男とつるんで……恥を知れ!」


ほら。

これが彼女の父親だ。

話なんて聞かない。

最初から決めつけて、言葉を容赦なくぶつけてくる。

いちばん痛いところを、いちばん汚い言葉で抉る。

それがこの人の「しつけ」。


レミナはゆっくりと顔を上げた。

瞳は冷たく、薄く氷が張ったみたいに、まっすぐヴェールを見返す。


その視線に、ヴェールの怒りがまたぶり返す。

「なんだその目は!」

さっきより声が荒い。

「男とつるんでおいて、まだ言い訳する気か!?」


「……誰がつるんでるって言ったの?」

レミナは静かに返す。

頬を押さえていた手を下ろした。

赤く腫れた指の跡がそのまま露わになる。


「お前の姉は同じクラスだぞ!」

ヴェールはさらに声を張り上げる。

「彼女が見たって言ってるんだぞ! まだ嘘をつく気か!」


「……彼女の言うことは信じて」

レミナの声は不自然なくらい、静かだった。

「私が『違う』って言っても――どうして信じてくれないの?」


「彼女はお前のお姉さんなんだよ!」

怒鳴り声が空気を震わせる。

まるでその一言で、すべてが正しいとでも言うように。


レミナはふっと笑った。

冷たい笑み、年相応とは思えない、刺すような皮肉がにじむ。

「へえ……私より一か月だけ年上の、実の“お姉さん”ね」

わざとゆっくり、一言ずつ、確かめるみたいに。

そのまま――

「奥さんが妊娠してるときにも浮気した人が、よく私のこと責められるね」


火に油を注ぐどころじゃない、完全に火薬庫に火をつけた。


「パシンッ!!」

さっきより、ずっと重い音だった。

レミナのもう片方の頬に容赦なく叩きつけられる。

視界が一瞬で白く飛ぶ。

口の中に、鉄みたいな味が広がった。


ヴェールは全身を震わせていた。

階段の方を指さして、怒鳴る。

「消えろ! 部屋に戻れ! お前の顔なんか見たくない!」


レミナはドアに手をついた。

体が少し揺れる。

それでも顔を上げる。

両頬は腫れている。

けれど、その目はさらに冷たくなっていた。

ヴェールを見据える。

そして、薄く笑う。

「親がああなら、子もこうなるよね」

淡々と。

「ほら。私、ちゃんとお前と似てるでしょ」

それだけ言うと、もう振り返らない。

ヴェールの歪んだ顔も、メイベルの作り物みたいな心配顔も見ない。

まっすぐ、階段へ向かう。


二階へ上がると、そこにシエラがいた。

手すりにもたれて、いつもの笑顔で。

「おかえり、妹ちゃん」

甘くて、やわらかい声。

「早く休んでね。 お、や、す、み~」


レミナは視線すら向けない。

無表情のまま彼女の横を通り過ぎる。

まるでそこに何もないみたいに。

背後で小さく笑う声がした。

やさしい響きのくせに、どこか勝ち誇ったような。


廊下の奥、その部屋はレミナにとっての“檻”だった。

ドアを開けて、中へ入る。

静かに背中で閉める。

外の息苦しい“家族ごっこ”を、遮断するみたいに。

冷たいドアに、体を預けた。

頬の痛みと、胸の奥の痛みが混ざり合う。

息がうまくできない。

押さえた胸の奥で、何かがほどけそうになる。

小さく震えた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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