5 アルタイルの“武勇伝”
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
アルタイルの名前を、この学校で知らない者はいない。
成績じゃない。
“武勇伝”で有名なやつだ。
三年間ずっと、良くも悪くも話題の中心にいる。
そういうタイプの学生だ。
いちばん広まっている話は、こんな感じだ。
中学の頃から、すでに規格外で、全科目、安定して赤点だった。
それだけでも十分なのに、
バスケコートで揉めて、隣の学校の運動部のやつをぶっ倒したとかで、
相手は半月ほど入院した、なんて話までついてくる。
で、そのまま普通に進学できないかと思えば――
金持ちだって噂の父親が校舎を二棟に、やたら立派な図書館まで寄付したらしい。
おかげで、無事入学。
……したはいいが。
入学式の翌日。
アルタイルは、またやらかした。
自分の家が建てた図書館、その最上階の放送室のドアをこじ開けて、勝手にマイクを取った。
そして、全校に向けて――
「よく聞け。こんだけ本あっても、俺は一冊も読む気ねぇからな」
堂々と、そう言い切った。
――それで完全に、名が売れた。
優等生は見下す。
教師は関わろうとしない。
大半の生徒は、距離を置きつつも、どこか気になる。
怖いような、面白いような、そんな微妙な感じ。
そして今、その“問題児”が、人生でいちばん居心地の悪い時間を味わっていた。
レミナは、彼の5点の答案用紙を手に取り、いちばん基本から説明を始めた。
ゆっくりと、できるだけ、細かく。
まるで「アルタイルの基礎知識」という名の荒れた土地に、かろうじて残っている芽を探すみたいに。
アルタイルの中に、引っかかる何かを見つけようとしている。
けれど、十分もしないうちに、レミナの中に小さな焦りが生まれた。
――……ここ、わからないはず、ないのに。
彼女は心の中でつぶやいた。
――この公式は前提だ。 これがないと、先に進めない。 まさか彼はこれさえ忘れたのか?
わずかに、目を上げる。
アルタイルの様子をそっと確かめる。
彼は眉をひそめて、答案を見ていた。
けれどその視線は、どこか焦点が合っていない。
――……もしかして本当に――何もわからない?
頭の中が空っぽみたいに。
――じゃあ、あの問題の解答は……ただの、まぐれ?
アルタイルは勉強はできないけど、人の感情には妙に敏い。
今の一瞬の視線に混ざっていたものを見逃さなかった。
戸惑い、やりづらさ、そして、少しの(こいつほんとにあほだ)そんな空気。
――は?
胸の奥で、何かが弾けた。
恥ずかしさと苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざって、熱を持つ。
――俺はこの本の虫にバカにされた? バカ優等生め! ……ふざけんな。
アルタイルがこんな形で見下されるなんてなかなかない。
けど、怒鳴るわけにもいかない。
これは自分で「やらせろ」と言ったことだ。
それに目の前の彼女はやけに、真剣な顔をしている。
レミナの小さな顔は、きゅっと引き締まっていた。
まるで、世界の難問にでも挑んでいるみたいに、真剣な表情。
そして三十分。
それだけ時間が経っても、まだ最初の選択問題の周辺をぐるぐるしている。
こめかみに、うっすら汗がにじむ。
それでも止まらない。
本気で、彼を教えようとしている。
アルタイルは、最初こそついていこうとしていた。
けれど、次々と出てくる記号や公式が目の前で揺れる。
まるで意味のわからない呪文みたいに。
視線が自然と逸れた。
白い答案用紙から気づけば、彼女の口元へ。
動き続ける唇。
言葉に合わせて、わずかに形を変えていく。
色は、強い赤じゃない、少し淡くて、どこか頼りない色。
やけに、目に残る。
――なんで。
喉が妙に乾いた。
アルタイルはふいに顔をそむける。
気づかれないように、やや慌てて視線をそらした。
「プッ……」
後ろから、こらえきれなかった笑いが漏れた。
ゼロスが身を乗り出し、やたら声を潜めて囁く。
「おい、アルタイルくん、さっきからずっと、何見てんだよ?」
その目は、完全に“わかってる”って顔だった。
アルタイルの耳の奥がじわっと熱くなる。
振り向いて、睨みつける。
――殺すぞ。
その気配に気づいて、レミナがふと顔を上げる。
さっきまで意識を沈めていた説明の流れから、ようやく浮かび上がってきたみたいに。
彼女は怪訝そうにアルタイルを見た。
一瞬だけ、引ききれていないアルタイルの目を捉えた。
――……この人、聞いてないの?
さっきから、全然ついてきてないのに。
それでもここまで付き合ってる。
なのに――
「……問題、教えてあげてるのに」
思わず、言葉がこぼれた。
少しだけ、責めるような響き。
「それなのに、上の空なの? ちゃんと聞いてくれないの?」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
評価を頂けるととても嬉しいです!




