3 数学は5点
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
自習時間の教室は、蛍光灯の白い光に満たされていた。
細かな埃がきらきらと舞い、その下で「成績」という見えない緊張が静かに張り詰めている。
中間テストの答案用紙が一枚ずつ配られていく。
受け取るたびに、小さな歓声やため息があちこちでこぼれ、教室の空気を揺らした。
レミナは、自分の答案用紙を握りしめていた。
ほとんど満点。
それなのに指先には、何の温もりも感じられない。
背後から、シエラとその仲間たちの声が届く。
絡みつくみたいに、じわじわと。
「シエラちゃん、今回めっちゃ伸びてるじゃん!すご!」
「ほんと? ありがとう。これからも一緒に頑張ろうね」
「ねえシエラ、お姉ちゃんに教えてもらったの? あの伸び方ヤバくない?」
その瞬間、レミナの背中がわずかに強張った。
――教えてもらった?
続いて聞こえてきたのは、少し困ったようで。
「そんなことないよ……。お姉ちゃんさ、忙しくて……そして自分よりいい点取られるの、ちょっと嫌がるかも。
ノートも鍵かけて隠してるから、誰にも見せないんでさ」
その一言で、空気が変わる。
「え、マジで? 性格わっる」
「シエラちゃんが伸びたのは全部、自分の努力でしょ。ああいう自己中な人とは関係ないって」
「一位って言ってもさぁ……意味ある? 頭よくても、人としてどうなのって感じ」
「前に入院したとき、ちょっとは反省したのかと思ったのにね」
「無理無理。ああいうのって、結局変わんないって」
笑い混じりの声が軽く響く。
その軽さのまま、ちゃんと“聞かせたい相手”にだけ届くように、絶妙に投げられている。
レミナは、そっと目を閉じた。
濃いまつげが影を落とし、視界がゆるやかに遮られる。
あの声を全部遮りたかった。
――ノートに鍵?
胸の奥で小さく笑いそうになる。
……そんなもの、あるわけない。
あの家で、鍵なんて許されていない。
彼女の部屋のドアだって、壊れたまま放置されている。
直されることもない。
「家族で鍵なんかかけないわよ。よそよそしくなるでしょ?」
そう言って笑ったのは、メイベル(レミナの継母、シエラの実の母)。
父のヴェールは何も言わなかった。
レミナにとって、唯一“閉じられるもの”。
それは、五百円で買った、小さな鍵付きの日記帳だけ。
もっとも、その気になれば、誰にでも簡単に破られてしまう程度のものだけれど。
レミナはひとつ深く息を吸った。
気にしない、と心の中で繰り返す。
ふと、視線が横へ流れた。
相席のアルタイルくんが無造作に広げられた数学の答案用紙に。
そこに、大きく書かれた「5」という点数があった。
……
思わず、目線が止まる。
……この人、もしかして、ちょっと、頭悪い……?
一瞬だけ、思考が固まった。
――え?
視線を落として、もう一度よく見る。
唯一の点数取れた問題、最後の大問?
その途中の書き込みに、違和感があった。
乱れた数字と記号、雑で、まとまりもない。
なのに。
――変だな。
問題は、関数の偶奇性と不等式を絡めたもの。
普通なら、いくつも段階を踏んで解くタイプの問題だ。
でも、アルタイルの書き方は、まったく違う。
途中式と呼べるものはほとんどなく、飛び越えるように、いきなり答えに近づいている。
まるで必要なところだけを、直感で拾い上げたみたいに。
レミナは、わずかに息を止めた。
……これ当てずっぽうじゃない。
こんな取り方ができるなら、ただの落ちこぼれ、なはずがない。
視線をもう一度、答案へ落とす。
……基礎が抜けてるだけ?
それとも――「惜しい」思わず、そんな言葉が浮かんだ。
さっきまでの認識が少しだけ揺らぐ。
代わりに、うまく言葉にできない感情が胸の奥に残った。
人の気持ちとか、表情とか、そういうのは、どうしてもわからない。
でもこういうテストの問題は、わかる。
眠ってる知識を、起こすこと。
それは、思っていたよりずっと簡単で、もしかしたら、ずっと、意味があることなのかもしれない。
胸の奥が少しだけ軽くなる。
……変えたい。
その思いがもう一度はっきりと浮かんだ。
退院したあの日から、決めていた。
このままじゃ、だめだって。
だったらまずはこの相席から、アルタイルから、始めてみよう。
数学、教えようかな。
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