2 その笑顔……ブサイクだよ
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
シエラの声が割って入った。
「みんな、もうやめて……! 妹は、わざとじゃないの。
私、ほんとに平気だから……だから、もう……」
泣きそうな声なのに、必死にそれを押し殺している。
かばうようでいて、自分を差し出すような言い方。
その姿に、教室の空気が一瞬で傾いた。
十七歳の少女が目元を赤くしながら、それでも笑おうとしている。
壊れそうなくせに、ちゃんと“いい子”でいようとする笑顔。
――それだけで、十分だった。
守ってあげなきゃ。
そんな空気が何も言わずに広がっていく。
レミナは、その様子をぼんやりと眺めていた。
――……すごいな。
どうやってるんだろう。
ああいう顔、ああいう声、ちょうどいい涙。
自分には、どう頑張ってもできない。
もしできたら、
「冷たい」なんて、言われなくなるんだろうか。
「無愛想」だなんて、思われずに済むんだろうか。
もしできたなら、
みんなの彼女への印象、少しは、変われるんだろうか。
シエラの立ち位置がちょうど光を遮っていた。
差し込んでいた陽の筋が途切れて、レミナの教科書に、くっきりと影が落ちる。
レミナは小さく息を吸い込んだ。
できるだけ、平坦に。
できるだけ、いつも通りに。
「……どいてくれませんか?勉強したいから」
それだけだった。
ただ、事実を言っただけ。
――でも。
その一言で、何かのスイッチを押したかのようだった。
シエラの瞳に溜まっていた涙が堰を切ったみたいにあふれ出す。
ぽろぽろと、止まらない。
「私……もう、行くね。邪魔、したくないから……」
声を詰まらせながら、無理に笑おうとする。
教室が一瞬でざわつく。
「おい、調子乗ってんじゃねーぞ!」
誰かの怒鳴り声。
「レミナさ、無神経すぎない? シエラちゃん何も悪くないじゃん」
「親が再婚しただけだろ。向こうから来たわけでもねーのにさ。
そんな態度取るとか、マジで最低だろ」
言葉が次々に飛んでくる。
逃げ場なんてない。
刃みたいな声が四方から突き刺さってくる。
その場に縫い止められるみたいに動けない。
せっかく積み上げてきた“防御”が簡単に崩れていく。
……まただ。
どうして、毎回こうなるの。
指先に力が入る、白くなるほど、強く握っていた。
なんで抑えられないの。
捨てなきゃよかった。
わかってたのに。
それでも止められなかった。
……次は、やめよう。
震える手で机の中を探り、問題集を引き抜く。
数字と公式の世界に、逃げ込もうとする。
そこには、こんな声はないはずだから。
けれど、ペンを握る手は、言うことを聞かない。
かすかに震えて、紙の上に歪んだ線を残した。
ざわめきがじわじわと膨らんでいく。
飲み込まれる。
そう思った、そのとき――
「ガシャン!」
教室に、鈍い衝撃音が叩きつけられた。
アルタイルがいきなり立ち上がり、自分の椅子を思いきり蹴り飛ばしたのだ。
「……うるせぇんだよ。 騒ぐなら、外でやれ!」
低く吐き捨てる。
声は大きくないが空気ごと押し潰すみたいな冷たさがあった。
「うんざり! 黙れ!」
一瞬で、教室は水を打ったように静かになった。
さっきまで騒いでいた連中は、息を呑んだまま固まる。
誰ひとり、もう口を開けない。
アルタイルは不機嫌そうに舌打ちすると、足で椅子を引き戻し、どさりと座った。
まるで今の一件がただの“雑音処理”でもあったかのように。
レミナの張り詰めていた肩がわずかに落ちる。
……助けたつもりなんて、ない。
ただ、うるさかったから止めただけ。
そういう類の人間だと、冷静にわかる。
それでも、この静けさを作ったのが彼だという事実は、消えなかった。
レミナは少しだけ迷ってから、そっと横を向く。
隣には、あからさまに「近づくな」と言わんばかりの空気をまとった相席。
……ちょっと、怖い。
ぎこちなく、口元を動かした。
――笑わなきゃ。
感謝を示す、それらしい形を。
けれど、うまくいかない。
引きつる、固まる、思った形にならない。
アルタイルがちょうど振り向いた。
視線がぶつかった。
その瞬間、彼は露骨に顔をしかめて、容赦なく言った。
「その笑顔……ブサイクだよ」
「…………」
ようやく形になりかけていた笑みが風に吹き消された火みたいに、あっけなく消えた。
レミナは何も言わず、前を向く。
そのまま、さらに深くうつむいた。
残ったのは、感情の抜け落ちたような、薄い背中だけ。
そして、俯いたままの彼女は、気づかなかった。
アルタイルがわずかに顔をしかめて、後悔したように奥歯を噛みしめていたことに。
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