28 もしはっきり“もう好きじゃない”って言われたら……どうすりゃいいんだよ
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
新学期が始まった。
氷は解け、風はやわらぎ、景色はうっすらと緑を帯びていく。
世界は何事もなかったかのように動き出していた。
ただ一人を除いて。
アルタイルだけがあの冬に取り残されたままだった。
まるであの凍てつく季節に閉じ込められたまま、時間だけが止まっているみたいに。
彼は変わった。
「まともになった」と言えば、そう見える。
毎日きちんと登校する。
遅刻もしないし、早退もしない。
けれどそれだけだ。
授業を聞くわけでもなく、ノートを取ることもない。
ただ窓際の席に座って動かなく、一日中机に突っ伏している。
眠っているのかも、わからない。
呼びかけても、反応はない。
ただ、そこにいるだけ。
閉じている。
ときどき、眉がわずかに寄る。
以前は周りにいつも人がいた。
騒がしくて、勝手で、それでも離れない連中、けれど今は、誰も近づかない。
あの席と、その隣の空席。
そこだけがぽっかりと空いている。
教室の中で、そこだけ、触れてはいけない場所みたいに。
空気が違う。
踏み込めば、何かが壊れそうなそんな距離感。
気づけば、一ヶ月が過ぎていた。
窓の外では木々が芽吹いている。
季節だけが先に進む。
それでもアルタイルは変わらない。
今日もまた、同じ姿で眠り続けている。
まるでそれ以外の生き方を忘れてしまったみたいに。
そして、ついに。
ゼロスが動いた。
ある日の放課後、教室にはほとんど学生が残っていなかった。
夕陽が差し込む。
机に伏したアルタイルの影が長く伸びる。
動かない影。
意地みたいなものだけがそこに残っていた。
ゼロスはアルタイルの前まで歩み寄る。
無言で椅子を蹴った。
ガシャン、と鈍い音。
「おい!」
声に苛立ちと焦りが混じる。
「お前とレミナ、どうなってんだよ?」
返事はない。
「前はあんなにベタベタしてたくせに、いきなり消えて、連絡もなし? 何があったんだよ?」
机に伏したままの影がわずかに動く。
けれど顔は上がらない。
しばらくして、腕に埋もれたまま、掠れた声が落ちた。
「ああ……」
間。
「なんで、いなくなったんだろうな?」
ゼロスに聞いているようで、ただ自分に問い続けているだけみたいだった。
あの別れのあとからずっと、同じ問いを何度も何度も繰り返している。
「……チッ」
ゼロスは舌打ちした。
見ていられない。
今度は強くもう一度、蹴る。
ガンッ。
「いい加減にしろよ!
いつまで死んでんだ!」
声が跳ねる。
「Y国だろ! 行ける距離だろうが!
そんなに気になるなら行けよ!
会って、直接聞け!」
机を叩きつける。
「ここで寝てて、何か変わるのか?
夢の中で、都合よく戻ってくるとでも思ってんのかよ!」
教室に、ゼロスの声が響く。
そのあとようやく、アルタイルが動いた。
ゆっくりと顔を上げる。
「……」
久しぶりに見るその顔は別人みたいだった。
青白くて無精髭が伸びて、目の下には濃い影が落ちている。
あの、どこか偉そうで、強気だった目はもうない。
代わりにあるのは底の抜けたみたいな、空っぽと。
そしてはっきりとした、恐怖。
すぐに視線を落とす。
焦点の合わない目で、空の机を見つめたまま。
「……でもさ」
声はかすれている。
「もし行って、
……あいつに、はっきり“もう好きじゃない”って言われたら」
止まる。
「……どうすりゃいいんだよ」
ゼロスは言葉を失う。
十八歳。
本来なら、怖いものなんてないはずの年頃だ。
欲しいものは取りに行って、嫌なことは力でねじ伏せてきた。
そうやって生きてきたはずなのに、たった一人の前でだけ全部折られた。
追いかける勇気すら出ない。
だって聞いてしまったら、終わるから。
ゼロスは目の前の親友を見て――
一瞬、触れたら、そのまま崩れてしまいそう。
鼻の奥がつんとする。
視界が滲みかける。
思わず顔を背けた。
「……」
深く息を吸って、喉まで込み上げたものを押し込む。
それから、もう一度振り返る。
今度は無理やりでも前を向く。
「……それでもな、
今みたいに、ここで止まってるよりマシだろうが!」
声は荒い。
一歩、詰める。
「チケットくらい、俺がもう買ったよ
だから行け!
自分の耳で、聞いてこい」
教室に言葉が落ちる。
重く、逃げ場を塞ぐみたいにアルタイルの中へ沈む。
***
翌朝。
いつも通り、学生たちが教室に入ってくる。
けれど、どこか違った。
理由はすぐにわかる。
窓から差し込む朝の光、それは変わらず、あの席に落ちている。
――ただ。
「……あれ」
誰かが小さく呟く。
影がない。
そこにあるはずのものがない。
一ヶ月。
ほとんど動かなかったあの姿が消えていた。
机の上は何もない。
きれいに片付いている。
触れればもう戻らないとわかるくらいに。
ざわめきが広がる。
けれど大きな声にはならない。
どこかで止まっている。
少し離れた席のシエラがふと視線を向けた。
指先がわずかに強張る。
「……」
何かを飲み込むように、目に浮かんだのは複雑な色だった。
悔しさか、それとも、ほんの少しの後悔か?
アルタイルがどこへ行ったのか。
教室の知らない者が多いはず、でもみんな何となくわかっていた。
あいつは行ったんだ。
あの冬を終わらせるための答えを自分の足で取りに行った。
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