26 断ち切られる距離と、砕けた約束
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
時間は指のあいだからこぼれ落ちる砂みたいに流れていく。
気づけば学期末はすぐそこだった。
そして最後の週の月曜日。
クロノス先生が何気なく告げた一言が何の前触れもなくアルタイルの頭を撃ち抜いた。
レミナが海外の交換留学に合格した。
学期が終わり次第、Y国へ発つ――
一瞬何を言われたのか理解できなかった。遅れてようやく意味が追いつき、アルタイルは勢いよく振り返る。
隣にいるレミナを見る。
けれど彼女はただ俯いたまま、指先で教科書の端を強くなぞっていた。紙が破れそうなほどに。
その様子で、すべてを悟った。
――ああ、そういうことか。
最近やけに静かだった理由も、未来の話をしてもはぐらかされていた理由も、全部つながる。
とっくに決めていたんだ、ここを離れるって。彼と別れるって。
知らなかったのは彼だけで、一人で勝手に、二人の未来なんてものを信じていた。
***
授業終了のチャイムが鳴った瞬間、アルタイルは立ち上がった。
ほとんど乱暴に、レミナの手首をつかむ。
「来い」
拒む間も与えず、そのまま引っ張った。
向かった先は校舎裏の小さな林で、何度も二人で来た場所だった。
冬の風が乾いた枝を鳴らしている。
冷たく、容赦なく。
「……いつだよ?」
低い声だった。
押さえているはずなのに、かすかに震えている。
握る力が強すぎて、彼女の手首に食い込む。
レミナはそっと引こうとしたが離れなく、むしろさらに強く握られる。
レミナは視線を上げないまま答える。
「……今学期が終わったら」
「あと、一週間……?」
アルタイルは呟くように繰り返す。
その短さに、今さら気づいたみたいに。
そして何かを思い出したように顔を上げた。
「待てよ。お前、受験は――」
言い切る前に。
「……推薦、決まってる」
その一言ですべてが終わった。
アルタイルの手から、力が抜ける。
思わず半歩、後ろに下がった。
そうだ、忘れてた。
こいつはそういうやつだ。
ずっと一位で、何でもできて、最初から遠くへ行く側の人間だった。
喉の奥に、苦いものがこみ上げる。
自嘲と、どうしようもない喪失感が混ざった嫌な味。
彼の気持ちなんて、こんなふうに必死になってるこの感情なんて――
彼女の描いていた未来の前じゃ、取るに足らないものだったのか。
「……つまりさ、
いつ言うつもりだった?」
一歩、詰める。
「なあ、レミナ?
飛行機乗ってからか?
上空から、“行ってきます”って一通送って終わりか?」
抑えがきかなく、言葉が荒くなる。
「それとも、最初から――
こうやって黙って消えるつもりだったのかよ。
俺をバカみたいに待たせたまま」
一気に吐き出す。
責める声は止まらない。
レミナは何も言わなかった。
さらに俯くだけ、唇を強く噛みしめて動かない。
「……」
何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
喉の奥で引っかかって、浮かんでは消えていく。
――結局、何も言えなかった。
レミナが何も言わない。
その事実を見た瞬間、アルタイルの目がすっと熱を帯びた。
「……」
何かがあふれる。
抑えきれないまま行き場を失って。
ただ彼はレミナを見た。
じっと逸らさなく、逃がさない。
「……レミナ」
歯を食いしばる。
「……やってくれたな」
それだけだった。
次の瞬間、背を向けて振り返らないまま、そのまま走る。ほとんど逃げるみたいに。
教室を抜けて廊下へ、足音だけがやけに響く。
置いていく。さっきまでそこにあった空気も温度も全部。
残ったのは、無理やり立っているみたいな歪んだ意地だけだった。
***
それからの一週間。
アルタイルは一度も学校に来なかった。
***
夜。
部屋で、レミナは机に向かっていた。
デスクライトの光だけが青白い横顔を照らしている。
白い便箋に、書き出しはたった一行。
【アルタイルへ】
――その先が続かない。
ペン先が止まり、インクがじわりと滲んで小さな染みを作った。
書こうとした。全部、伝えるつもりだった。本当のことも、怖かったことも、離れられなかった理由も――全部。
けれど名前を書いた瞬間、一気に思い出が溢れる。
不器用なキス。赤くなった耳。拗ねた声。
『冬休み、嫌いなんだけど』
胸がきつく締まる。息が浅くなる。
「……っ」
もし全部知ったら、彼はどうやって彼女のことを忘れるんだろう。
きっと消えない。傷のまま残り続ける。
ずっと。
「……だめ」
小さく首を振る。
だめだ、それは残しちゃいけない。
手が動いた。
便箋を掴み、そのまま引き裂いた。
びり、と音が走る。
もう一度、さらに何度も。気づけば形がわからなくなるまで。
やがて息だけが荒く残った。
気づけば涙が落ちていた。音もなく、ただ静かに。
「……それでいい」
ぽつりと、呟く。
――恨まれたほうがいい。そのほうがずっと楽だ。
冷たくて、勝手で、人の気持ちを踏みにじる最低なやつだと思われたほうがいい。
そのほうが――
「……忘れられるだろ」
かすれた声。
視線が机の上に落ちる。
さっきまで“手紙”だったもの。
もう、戻らない。
「……これでいい」
もう一度、言い聞かせる。強く、何度も。そうしないと揺らぐから。
――本当に想うなら、答えは一つしかない。
レミナは目を閉じた。
そして何も言わないまま、そのまますべてを手放した。
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