24 アルタイル、……ちょっと可愛い
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
日々は静かに流れていった。
ペンの走る音や、ページをめくるかすかな気配に包まれた中で、レミナも少しずつこの空気に馴染んでいく。
毎日欠かさずアルタイルとゼロスの勉強を見て、要点を噛み砕きながらゆっくり丁寧に教えるが、バスケやゲームの話にすぐ逸れてしまう二人には何度も言い直す羽目になる。
そしてもうひとつ。
夜の自習が終わったあとの、アルタイルと二人きりの時間。
いつもの小さな林は、いつしか二人だけの秘密基地のようになっていた。
人の気配はなく、ただ並んで歩く足音だけが静かに続いていく。
何度か重ねるうちに、レミナは気づく。
教室ではあんなに強気で、乱暴で、何にも動じない顔をしているのに――
二人きりになると、どこか落ち着かない。
近づけば、肩がわずかに強張る。
視線が合えば、すぐに逸らされる。
平気なふりをしてるのがむしろ分かりやすい。
なんだか触れられるのを待ってるくせに、じっとしていられない大型犬みたいだ。
その夜も、二人は並んで歩いていた。
落ち葉を踏む音だけが静かに響く。
ふいに夜風が吹き抜けた。
レミナの肩がわずかに揺れる。
無意識に、少しだけアルタイルの方へ寄った。
そのときアルタイルの耳に、何かが触れた。
「……っ」
アルタイルの体がびくっと跳ねた。
距離が近すぎる。
彼女の吐息がすぐそばにある。
首のあたりから、じわっと熱が上がってくる。
レミナはふと顔を上げた。
街灯に照らされた彼の横顔が目に入り、そしてその耳が、気づけばみるみる赤く染まっていく。
「……」
一瞬、レミナの目を奪われる。
気づけば、体が少しだけ前に出ていた。
背伸びする。
距離が縮まる。
唇でその赤く滴るような耳たぶに近づき、唇を開き、歯でごく優しく、少し试探的に、そっと噛んだ。
ほんの一瞬だけ。
やわらかな感触がかすかに伝わる。
「っ……!」
アルタイルの体が強張る。
レミナははっとして離れた。
自分が何をしたのか、遅れて理解するみたいに。
アルタイルの呼吸が乱れる。
レミナは彼の体の激しい反応をはっきりと感じ取っていた。
少しだけ目を見開いた。
――……
新しい発見をしたみたいな楽しさ。
胸の奥がふわっと弾む。
彼女はそっと歯を離し、一歩だけ下がった。
目の前には湯気でも出そうなくらい真っ赤になったアルタイル。
思わず、くすっと笑う。
「アルタイル」
声に抑えきれない笑いが混じる。
きらきらとした目で、まっすぐ見上げて。
「顔、赤い」
少しだけ首をかしげて、
「……ちょっと可愛い」
「――レミナ、黙れ!」
低く噛みつくような声で、怒りと羞恥が一気に噴き上がる。
アルタイルは強引に彼女の腕を引いた。
逃げる間もなくそのまま胸元へ引き寄せる。
片手で後頭部を押さえ、迷いなく、唇を重ねた。
荒い。
けれど、まっすぐだった。
余裕なんて欠片もない、ぶつけるようなキス。
抑えきれない熱も、どうしようもない独占欲も、からかわれて限界まで追い込まれたあとの衝動も、そのまま全部、乗っている。
レミナは完全に不意を突かれた。
体が後ろへ傾く。
「……っ」
思考が止まる。
次に感じたのは彼の唇の、はっきりした熱。
そして、近すぎる距離にある、
あの見慣れた、陽だまりみたいな匂いが彼女をしっかり包み込んだ。
彼女の頭の中が真っ白になる。
力が抜けていく。
そのまま彼に預けるしかなくなる。
長いまつ毛が細かく震えた。
緊張と自分でもよく分からない感覚に揺れてた。
どれくらい経ったのか、レミナが息苦しさを覚えたそのとき、アルタイルはようやく唇を離した。
名残を惜しむように、ゆっくりと。
かすかに息を乱したまま、額を合わせる。
目の前には、頬を赤く染めて、ぼんやりとした目をしたレミナ。少し腫れた唇がやけに色っぽい。
さっきまで胸を占めていた苛立ちも気まずさも、もうどこにもなかった。
残っているのは、妙に満たされた感覚だけだ。
アルタイルは手を伸ばし、不器用な指先で彼女の濡れた口元をそっと拭う。
そして、どこか悪びれたようでいて、やけに得意げな笑みを浮かべた。
かすれた声で、耳元に囁く。
「レミナ、お前……甘いよ」
そのまま、もう一度強く抱き寄せる。
まるで世界ごと抱きしめるみたいに。
レミナは彼の胸に顔を預けた。
重なる鼓動がはっきりと聞こえる。
けれど、自分の心臓だけは、いつまでたっても落ち着かない。
細く、抑えきれない震えが体に残っていた。
「レミナ?」
違和感を覚えたアルタイルが顔をのぞき込もうとする。
けれどレミナは、逃げるようにさらに深く胸へと顔を埋めた。
見られないように。
くぐもった声で、わざと甘えるように言う。
「あなたのせいよ……息、できなくなるかと思った」
低く笑う気配。
耳の奥がじんわり熱くなる。
――ああ、これが恋人の拗ね方か。
そう思い込んだまま、アルタイルは腕に力を込めた。
「わかった、見ない。悪かったって」
その見えないところで――
レミナはそっと左胸に手を当てる。
鈍く疼く痛みと、いつもの動悸。
それがゆっくりと引いていくのを、ただ静かに待っていた。
自習の時間。
窓から差し込む陽ざしが開いた問題集の上にまだらな光を落としていた。
「アルタイル、この問題、もう三回目よ」
レミナは一問を指で叩き、眉をひそめる。声は落ち着いているのに、どこか容赦がない。
「ああ」
気のない返事。
アルタイルは頬杖をついたまま、机に肘をついている。
けれど視線は、問題なんて見ていなかった。
レミナが説明するたび、かすかに揺れる長い睫毛。
その一振れごとに、胸の奥をくすぐられる。
まるで、蝶の羽みたいに。
「……聞いてる?」
ようやく異変に気づいたレミナが顔を上げる。じっと睨む視線。
「聞いてるぞ」
アルタイルは平然と体を起こし、いかにも真面目そうな顔で言い切った。
「“未知数をXと置く”、だろ?」
しかも口調まで真似てくる。
「……それ最初だけでしょ!」
レミナの頬がぷくっと膨らむ。
「その後! ちゃんと説明したじゃない、あんなに!」
「その後?」
アルタイルは一瞬だけ考えるふりをして――
次の瞬間、ぐっと距離を詰めた。
耳元に落ちる、低い声。
「お前見てた」
囁きは、やけに真っ直ぐで。
「レミナ、講義してるときのお前、このクソ数学の一万倍きれいだ」
息が耳にかかる。
一拍遅れて、レミナの体がびくっと固まった。
白い頬が一気に赤く染まって、耳までじんわり熱を帯びていく。
「……っ、ばか!」
とっさに掴んだ教科書で、軽くけれど遠慮なく頭を叩く。
「ちゃんと問題見て!」
少し裏返った声。
その横でゼロスはとっくに目を覆っていた。
「無理だ、見てられん……本当に無理だ……」
わざとらしいため息。
「アルタイル、お前の頭、今まともに機能してる部分あるのか? 理性とか、そういうの全部どこ行った?」
一発食らったはずのアルタイルは、むしろ楽しそうに笑う。
体を引きながら、今度はゼロスの机にもたれかかった。
「うるせえな」
肩をすくめて、にやりと笑う。
「俺がそうしたいんだよ」
窓の外から、やわらかな光。
ページの上に落ちる影がゆっくり揺れる。
インクの匂いに混じって、
少しだけ甘くて、少し青い、そんな空気が教室に満ちていた。
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