23 そのままアルタイルの隣に腰を下ろす
誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。
レミナは三日間、病院のベッドで過ごした。
体はまだ少し頼りないままだったけれど――
心だけは妙に静かだった。
アレルギーで死にかけたことも。
病室で聞いた言葉も。
すべてが冷たく沈んでいる。
一方でシエラは、三日間学校を休んでいた。
付き添っていた、という形を崩さないまま。
クラスのグループチャットでも、親しい友人の間でも――
「わがままな妹に振り回され、お姉ちゃん」
そんな言葉が自然と並ぶ。
そして三日ぶりの登校。
教室に足を踏み入れた瞬間――
レミナはわずかな違和感を覚えた。
誰かと視線が合う。
すぐに逸らされる。……と思ったら、また戻ってくる。
ぎこちない笑顔。
短い沈黙。
なんか、噛み合っていない。
レミナは何も言わずにが教室に入る。
そして何も考えず、いつものようにゼロスの隣――
あの「相席」の場所へ向かいかけて、
ふと、足を止めた。
「……え」
小さく息が漏れる。
席が違う。
彼女の席はいつの間にか元の場所へ。
そして――
かつてアルタイルの隣だったその席には、彼女の教科書がきちんと置かれ、机もきれいに拭かれている。
まるで最初からそこで待っていたみたいに。
視線が動く。
そこにあるはずだったシエラの荷物は――元の席へ戻されていた。
レミナの心臓がどくん、と強く跳ねる。
反射みたいに振り返ると――
アルタイルが机に突っ伏していた。
……寝ている。
ふり、かもしれないけど。
視線に気づいたのか、アルタイルがゆっくりと顔を上げた。
気だるそうに目をこすりながら、そのままレミナを見る。
特別な表情はない。
ただ、いつもの少し暗い目で、まっすぐに。
「……あの夜」
ぽつり、と言う。
少しだけ視線を逸らして、耳のあたりがわずかに赤い。
「先に来たのはお前だろ。 俺を追いかけてきたのも」
――だから。
そう言いたげに、言葉はそこで止まる。
ぶっきらぼうで、説明にもなっていない言い分。
でもそこには妙に子どもっぽい意地と、
どうしようもなく隠しきれていない本音が混じっていた。
まるで――
この席を戻したのは ただ“あの時の主導権はお前にあった”って言い張るためで、 自分の気持ちなんて関係ない、とでも言うみたいに。
レミナはその様子を見て、ほんの少しだけ目を細めた。
家で冷えきっていた心の奥がほんの少しだけ緩んだ気がした。
何も聞かず、何も返さず、鞄を下ろして――
そのまま彼の隣に腰を下ろす。
「うん。 私が先に行ったの」
淡々とそれだけを返した。
アルタイルの口元がわずかに緩む。
一瞬だけ撫でられた大型犬みたいな、分かりやすい満足顔が浮かぶ。
すぐにそれを隠すように、また机に突っ伏した。
顔は窓の方へ。
けれどまつ毛がわずかに揺れている。
しばらくして――
こっそりとほんの少しだけ、レミナの方へ向き直った。
***
シエラが教室に入ってきた。
レミナがアルタイルの隣に座っているのを見た瞬間、
彼女の足がほんの一拍だけ止まる。
けれど何も言わない。
アルタイルの方も見ない。
ただ視線を落として、そのまま歩き――
ゼロスの隣、レミナの後ろへ、座ろうとして。
だが。
その一歩手前で、ぴたりと止められた。
ゼロスの長い脚がだらりと通路に伸びている。
ゼロスはくるくるとペンを回しながら、にこりと笑った。
いかにも無害そうな顔。
「おっと、シエラさん」
軽い調子で言う。
「席、ちゃんと元に戻しておきましたよ」
顎で、後ろの方向を示す。
「どうぞ、あちらへ。足元、お気をつけてください」
仕草はやけに自然だった。
シエラの体がぴくりと固まった。
ゆっくり顔を上げる。
一瞬だけ前の席レミナの背中をかすめ、そしてその隣にいるアルタイルへと視線が流れる。
けれど、彼はまるで関係ない顔をしていた。
シエラの目の縁がじわりと赤くなる。
唇をきゅっと噛む。
それでも何も言い返さなかった。
泣いて見せることも、同情を引こうとすることもない。
ただ視線を落として。
「……ごめんなさい。 ありがとう」
かすれた声で、小さくそう言った。
誰に向けた言葉かも分からないまま。
そしてそのままゼロスの脚を避けるようにして、自分の元の席へ戻っていった。
少しだけ足早に。
ゼロスはあまりにも“聞き分けのいい”シエラの様子に、思わず眉を上げた。
足を引っ込めながら、あごに手を当て、
アルタイルとレミナの方へ無言で口を動かす。
【なんだ今の?】
アルタイルは肩をすくめて、興味なさげに視線を外した。
レミナは眉を寄せ、胸元をそっと押さえる。
教室は、何事もなかったみたいに静かだった。
でも言葉にはならない何かが引っかかる。
静かすぎる。
さっきのあれは“収まった”んじゃない。
むしろ押し込められただけ、嵐の前みたいに。
窓から差し込む陽の光が机の上にやわらかく落ちる。
レミナはふと、席に目を落とした。
この場所。
そして――隣にいる人。
ぎこちなさはまだ残っている。
それでも、確かにそこにある“守られている感じ”。
それだけで、今は十分だった。
休み時間。
「おい、急げって、レミナ!」
アルタイルが腕を引いて、パン屋さんへ向かう。
狙いは最後のメロンパン。
走り出して、すぐ。
「……っ」
レミナの足が止まった。
「は? もうバテたのかよ」
アルタイルが半分笑いながら振り返る。
レミナはその場で膝に手をつき、息を整えていた。
少しだけ、呼吸が荒い。
「……おい、大丈夫か?」
アルタイルの声が変わる。
背中に手を添えると、思ったより軽い。
――……女の子で、こんなに弱いか?
数秒後。
レミナはゆっくりと顔を上げた。
「……大丈夫。 ちょっと走りすぎただけ」
かすかに笑う。
まだ少し息が整っていない。
そしてそのまま彼の手を軽く握った。
「アルタイル」
声が少しやわらぐ。
「私、走るのはあんまり得意じゃないの」
一歩、距離を詰める。
「だから……これからはゆっくりでいい?」
視線をまっすぐ向ける。
「……その方がいいから」
空気が止まる。
アルタイルの耳がじわっと赤くなる。
「……っ」
言葉に詰まりかけて――それでも、笑った。視線を逸らしながら。
「……わかったよ。
じゃあ、ゆっくり行こうぜ」
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