22 レミナ、あなたはずっと“いらない子”のままでいてね?
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今、病室ではメイベルがベッドの傍らに立っていた。
顔にはいかにも痛ましげな後悔の色。
彼女はヴェールの腕を掴み、声を震わせる。
「ヴェール……ごめんなさい、私のせいよ……!
どうしてあんなものを……ナッツ入りの料理なんて……私、本当に――」
言葉を詰まらせ、目元を赤く染める。
その姿は、どこから見ても“母親”だった。
そのときシエラがすっと隣に寄り添う。
メイベルの腕を軽く掴み、顔を見上げて――無邪気に言った。
「ママ、そんなに自分を責めないで?」
ぱちぱちと瞬く大きな瞳。
「もしかして……お腹の赤ちゃんが食べたがってたのかも?」
――空気が一瞬止まる。
言い終えたシエラははっとしたように口元を押さえた。
「……あっ」
困ったように眉を下げ、メイベルを見上げる。
「ごめんね、ママ……言っちゃった……」
メイベルの頬に、さっと紅が差す。
「もう……この子は」
困ったように笑いながら、指先で軽くシエラの額をつつく。
「パパにサプライズするつもりだったのに」
シエラはぺろっと舌を出した。
「えへへ……」
ヴェールは完全に固まっていた。
数秒後その顔に、信じられないほどの喜色が広がる。
さっきまでの後悔など、一瞬で吹き飛んだ。
「メイベル……!」
彼は勢いよく手を掴む。
「妊娠したのか!? 本当か!?
俺に……息子ができるのか!?」
メイベルは恥ずかしそうに視線を落とし、裾を指で弄る。
「ま、まだ確定じゃないの……」
小さくためらう声。
「今日、検査に行く予定だったの。驚かせたくて……でも……こんなことになるなんて……」
「何をぐずぐずしてる!」
ヴェールは一気に立ち上がる。
「今すぐ行くぞ! 検査だ、検査!」
そのままメイベルの手を引き、外へ向かおうとする。
白いシーツの上で、レミナは動かない。
「で、でも……レミナが……」
メイベルは振り返り、わずかに躊躇う素振りを見せる。
「大丈夫だ」
ヴェールはあっさり言い切った。
「医者も安定してるって言っただろ。 アレルギーなんて慣れてる。 寝てれば治る」
そして、苛立ったように手を引く。
「それより検査だ。 ほら、行くぞ!」
彼らの足音が遠ざかっていく。
病室の扉が閉まる。
静寂がゆっくりと戻る。
残されたのは規則正しく響く、機械の電子音だけだった。
チッ……チッ……チッ……
シエラは一度病室を出て、しばらくして、また戻ってきた。
静かな足取りで、ベッドへ歩み寄る。
その顔にはいつも通りの優雅な微笑み。
彼女はそっと手を伸ばし、乱れた掛け布団を整えた。
「妹ちゃん、ゆっくり休んでね」
ふわりとした、気遣うような口調。
「早く元気になってよ?」
次の瞬間、彼女はすっと身をかがめた。
唇をレミナの耳元へ近づける。
「ねえ、見てた?」
声は甘いまま。
「私のママはちゃんと私を愛してる
ずっとあなたと一緒にいたパパも――今は私のもの。
もうすぐね、弟も生まれるの。 わかるでしょ?」
わずかに笑みが深くなる。
「私たち、本当の家族になるんだよ。四人で、
きっと、すごく幸せで――満たされた毎日」
もうかつてのように、お母さんと“二人きり”じゃない。
「だから、レミナ
あなたは――」
シエラの唇がゆっくりと弧を描く。
「ずっと“いらない子”のままでいてね?」
静かに、確信を込めて。
「一生、私には勝てないよ」
言い終えると、シエラは、静かに体を起こした。
白いシーツの上、動かないままのレミナ。
それを一瞥して、背を向ける。
そのまま、何事もなかったように病室を出ていった。
静寂。
チッ……チッ……チッ……
ベッドの上で。
レミナの睫毛が、かすかに震える。
やがて。
一筋の涙が、こめかみを伝い、
髪の中へと消えていった。
***
レミナがナッツアレルギーで入院した――
その話は、教室の空気をじわじわと変えていった。
最初は、シエラの描いた通りの空気もあった。
彼女に同情する声。
「シエラちゃんは優しいだよね」
「あんな妹の面倒見てて大変そう」
けれどそれは長くは続かなかった。
やがて、ぽつりぽつりと――別の声が混じり始める。
「食物アレルギーってさ、それも重度のナッツでしょ?」
休み時間、声を潜めた女子学生が眉をひそめる。
「ゼロスくんから聞いたんだけどさ」
少し声を落とす。
「レミナのアレルギー、子どもの頃からで、命に関わるレベルらしいてさ……」
一瞬、間。
「それを家族が忘れるって、あり得なくない?」
「え、マジ? それ本当なら、普通に怖いんだけど……」
隣の学生も顔をしかめた。
「なんかさ、昔の話にあるじゃん。 “継母が来るとろくなことない”ってやつ」
「ちょっと待って」
別の学生が指を折る。
「今学期、まだ半分くらいだよね?
レミナさん、もう二回入院してるよ。前は薬のミス、今回はナッツ……どっちも“うっかり”?」
みんなの視線が交わる。一瞬、沈黙が落ちる。
「私、前にレミナさんと同じクラスだったけどさ」
別の女子学生が、ぽつりと呟く。
「昔のレミナさん、めっちゃ明るくて、よく笑ってたよ」
「確かに……今、全然違うよね」
「うん。なんか……疲れてるっていうか……ね」
そんな会話が教室のあちこちで小さく広がっていく。
誰かが大声で非難するわけじゃない。
はっきりした結論が出るわけでもない。
それでもそこに滲む疑いと、わずかな同情は
かつてレミナが一方的に責められていた頃の空気とは明らかに違っていた。
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